【サンプル】『平岡手帖2024年5月号』
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「真似をするうちに、自分の言葉になってゆく。」という一節は、5月2日、保坂和志さんの公式SNSに投稿されたものだが、その5日前には山下澄人さんとの対談があった。その時、私の左前に座った人がおもむろに手を挙げて、どうやら小説家志望の学生さんだったらしい。もちろん、保坂さんと山下さんはその場でも回答していたが、冒頭の言葉は、その質問に対するより本質的な応答で、保坂さんの文章に出会ったからこそ自由を感じられたところが、私にも多分にある。
…という話を、5月10日、『パレスチナ あたたかい家』で在廊中の寺本愛さんに聞いてもらったのは、100名以上の作家がパレスチナのことを思いながら絵を描いたり、ステッカーを作ったり、ライブを行ったりしている姿が、私を含め、自分ひとりでは腰の重い人たちを勇気づけていると感じたからだ。文学でも美術でも、出会ったことで自分も動きたくなる、そんな作品がたしかにあって、まずは同じように声を上げてみることで、だんだんと自分の“語彙”が増えていくのだろう。ピンク色の、両開きの扉は開け放たれており、右手の壁一面に、小ぶりな作品たちが肩を寄せ合っている姿は『スイミー』みたいだ。右上あたりには奥誠之さんの油彩画《人(わたしたちはどんな存在なんだろう)》もあって、やわらかな面立ちのその人物とは、昨年11月23日にも会っている、場所は墨田区京島のgallery TOWED二階だった。
5月17日。以前、奥さんの絵があった同じあたりには、川本渓太さんによって描かれた、赤と緑のタータンチェックマフラーを巻いた子ども?の油彩が掛けられているけれど、確信が持てないのは、つるりととぼけた鉄仮面みたいなものを着けているからだ。ぐるりと掛けられた絵の中にも、あどけない雰囲気の人物たちが佇んでいて、デザインこそ違えど、みんなしてお面を着けてこちらを茫洋と見ている。
幅の狭い、急な階段をそろそろと下りて1階の3人展を見直す。ギャラリーの出入口と、奥の壁に掛けられた新井五差路さんの作品では、写真と、その写真をトレースしたドローイングとがそれぞれ上下に対比されていて、水流に磨きあげられた川べりのなめらかな斜面や、そのところどころを翡翠色に染める背の低い植物…といったものを輪郭線で掬い取ろうとする営みが、作家の目から私の目へ、そして人間全体の知覚、その限界へと波及していくようだ。
京成曳舟駅から、押上線で人形町駅へ向かう。JINEN GALLERYは手前と奥の2部屋になっていて、まずは奥の、入口可奈子さんの個展から見ていく。四方の壁には、立方体の空間にリボンを掛けるみたいに大小の作品が一列に並んでおり、古地図の一部分を切り取ったような、栞大のパネルの上には10個以上の「を」が散らし書きされている。左上の、ひときわ大きな「を」を間近で見れば、カーボン用紙で新聞から写し取ったもののようだ。傍らの、黒いキャンパスノートには制作過程が詳細に記録されていて、作品が、むしろこのノートの“写し”のようですらある。
前室では、櫻井美由紀さんの個展も開催されていて、青や、黒の背景の下3分の一あたりには、水平線のように黄色い、というより金色がかった線が走っているが、それは、(続く。)
※書籍版では縦書きです。横書きに変更するにあたって、細部を調整しています。
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2024年5月 展示リスト(抜粋)
〇「小説的思考塾 vol.16 with 山下澄人」_保坂和志、山下澄人_2024年4月27日_RYOZAN PARK 巣鴨_東京都豊島区巣鴨 1-9-1 グランド東邦ビル
〇「パレスチナ あたたかい家」_AibaAoi、Aya Celosia、fumika hasegawa、Hana Onishi、Icco Nakama、Kanicco Ceramics、KIE、Kotsu、Loving、MARIA SAKURAI、marini*monteany、mei ehara、Momoe Narazaki、Motoki WATANABE、NIKO、piñata、rekko、rino.、Rio、saquochang、sawanoenami、TAKORA、tomohiro yamatsuki、WAN_TAN、yoda、YUKA(MAKE LOVE, NOT WAR)、Zac、青木萌絵、あけたらしろめ、阿児つばさ、有吉玲、石山さやか、うつゆみこ、うらあやか、江川仮名子、大木花帆、大関愛、大津萌乃、岡田将充(OMD)、奥誠之、奥村海斗、長田結花、おざわさよこ、小山維子、架け箸、加藤豊、川又明日香、木内ひとみ、北村花、木村りべか、櫛田康子、小泉さよ、後藤瑞穂、戸山恢、小指、齋藤レイ、さこももみ、島つくえ、しみずゆうこ、しょこ、新地健郎、須藤裕太郎、砂守かずら、住吉あゆみ(ものつく)、惣田紗希、そぼろ、高田満帆、伊達努、田中健一、谷澤紗和子、玉井夕海、出路優亮、寺田燿児、寺本愛、中島りか、中村一般、西ウチ子、ネコダ珈琲、はしもとゆか、ハスダユイ、八ハル子、春ねむり、はるまき、パレスチナとつながる写真展PROJECT マクルーバ、一橋匠蔵、藤岡拓太郎、ブブ・ド・ラ・マドレーヌ、細井耕平、まいにちレコード、まるゐ、南阿沙美、宮川知宙、都、ミョン|樺|ファ、山口法子、山畑俊樹、夕暮宇宙船、横澤タクロウ、横山寛多、吉岡ゆうこ、吉田尚令、若杉智也、渡邉早貴、渡邉葉月_2024年5月2~12日_NAMNAM SPACE_神奈川県登戸新町244-1
〇「松本竣介トリビュート」_石山さやか、小川哲、奥誠之、片桐水面、つちやじぇりこ、綱田康平、船戸厚士、松岡日菜子_2023年11月10~25日_gallery TOWED_東京都墨田区京島2-24-8
〇「面と向かう」_川本渓太_2024年5月10〜26日_gallery TOWED 2階_「私から生まれたともしびを見つめる」_新井五差路、竹浪音羽、竹下昇平_2階と同会期_gallery TOWED 1階_東京都墨田区京島2-24-8
〇「RANDBETWEEN」_入口可奈子_2024年5月14~19日_JINEN GALLERY A室_「光で継ぐ」_櫻井美由紀_A室と同会期_JINEN GALLERY B室_東京都中央区日本橋堀留町1-8-9 6階
※巻末には、本文の全ての展覧会・イベント情報を、登場順で掲載しています。
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