【サンプル】『平岡手帖2024年7月号』
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24日 “新ナミイタ” を訪れる日は、しかし意外と早くやって来た。鶴川駅近くのカフェ、キッチンカーとウッドデッキが目印のそこに到着すると既に朝田さんがいて、栗原さんもすぐに車で向かいに来てくれる。15~20分くらいだったろうか、蛇行した急な坂道を登り切った先は、それでもまだ裾野といった雰囲気で、別のアトリエ、作業場なんかも二軒ほど立っている。「このあたりは涼しいね」と車から下りた栗原さんが言う。斜面を回り込むように奥の建物へ向かうと東間さんが作業を始めていて、「元々は焼肉屋だったんですよ」と案内してくれる。斜面の階段を十五段ほど上がった先もアトリエで、さらに、木と木の合間を縫うように斜面を登れば、ひときわ大きなあばら屋がある。「床腐ってるんで気を付けて…」と言われながら建物の奥に入ると、鬱蒼とした斜面を見おろせて、やっぱりここは “大磯のおじいちゃん” の家に似ている。木々が庇のようになった、長く急な坂を登った先、斜面の縁にへばりつくように建ったその広い家に祖父は管理のため住んでいて、さらに坂を上がれば三岸節子さんのアトリエもあったらしいが、その頃の私には関係なかった。
斜面を下りて、改装作業を手伝う。ここは厨房棟だったらしく、木製の立派な棚を、次いで冷蔵庫を運び、分厚く重いフロアシートをめくると床には大きな貯金箱みたいな穴が空いていて、「深いっすね~!」と覗き込んだ東間さんが言う。
18日 オンゴーイング2階の床、階段上がって斜め左へ3歩くらい進んだところに空いた穴は綺麗な円形で、ここには、人差し指ほどの節抜けがあった気がする。今回の穴は拳が入ってしまいそうなほどで、壁の絵を見ている時にも、背後にはその存在感がある。高石さんは今回、歪なキャンバス、その上に歪んだ遠近法で部屋を描いているけれど、足元の穴は見る者の足取りにも影響を及ぼしていて、それは空間を歪めたとも言えるかもしれない。そして、バックヤードの扉と、横長の窓にめり込むように大作が配されていて、窓辺の壁が、普段よりも迫り出して感じられる。厚みを失ったキャンバスは、形は全然違うけれどドラえもんの「通りぬけフープ」のようで、貼り付いた穴みたいだ。
その警備員は、戸惑いがちに見回したかと思えば「けんぽうまもれ」と口を動かしたような気がする。周りにはコールが上がっていて、10年前に百瀬文さんが撮ったこの映像を、今、こうして私が見ている。2~3分のそれは絶え間なくループし続けて、「これ自体が、歴史の繰り返しみたいですよね」と見目さんが言ったけれどたしかにそうで、十年の間に、「辞めろ」と言われていた首相は暗殺され、米国ではこの4、5日前に銃撃事件があったばかりだ。
9日 「抵抗します」と書かれた旗を掲げた人物が、馬、象…そして赤いメガホンを持ったパンダと共に行進しているのは山口さんの絵の中の話で、近作には〝声〟が溢れている。そして、それは描かれる人物の変化とも関連しているようで、以前は小人や人形のような印象だったが、そうした人物の等身が少しずつ上がっている気がする。それは、山口さんの絵が、現実社会の方へ漂着しつつあることの反映かも知れない。《祈る人》は、どことなく《海辺の母子像》みたいだ。
白い壁面には、紺色の、波打つような輪郭の紙が等間隔に真鍮の画鋲で留められていて、絵はその内外に、様々な距離感で佇んでいる。見上げた紺色の紙には、砂子のような光が散らばっていた。(続く)
※書籍版では縦書きです。横書きに変更するにあたって、細部を調整しています。
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2024年7月 展示リスト(抜粋)
〇「Hole Chambers」_高石晃_2024年7月17~28日_Art Center Ongoing_東京都武蔵野市吉祥寺東町1-8-7
〇「十年」_百瀬文_2024年6月22日~7月21日_TALION GALLERY_東京都豊島区目白2-2-1 B1F
〇「あらがう石たち」_山口法子_2024年6月28日~7月9日_SUNNY BOY BOOKS_東京都目黒区鷹番2-14-15
※巻末には、本文の全ての展覧会・イベント情報を、登場順で掲載しています。