BTS "Pied Piper" 好きなものはどうしようもない ~日本語選びにこだわる和訳歌詞 no.123
Pied Piper
悪いから尚更好いもんなんだよ
頭ん中ではわかってるじゃないか
もう 止められないんだよ
(お前は止まれない)
あとちょっと素直になってみろよ
もう観るのは止めて試験勉強しろ
お前のご両親と部長が 俺を憎む
観終えた映像、各種写真、ツイッター、
V LIVE、ボンボヤージュ
わかってる
好きなものはどうしようもないさ
やめとけ MVは後で解釈しな
どうせ俺の写真は
お前の部屋にもごまんとあるだろ?
1時間が何なんだよ
1、2年を瞬削して
この歌は俺がお前に遣る賞だ
おりこうさん
罰を受ける事ではないじゃないか
こっちに来いよ 俺はお前の楽園
その目を閉ざすなよ
その目を閉ざすなよ
足掻いてみても もう無駄だろう
(俺を拒まむなよ)
ただ 目を閉じて耳を傾けてみて
笛の音について来い
この歌について来い
多少危うくても
俺は 実に好いじゃないか
お前を 救いに来たんだよ
お前を滅ぼしに来たんだよ
お前が 俺を呼んだんだよ
ほら、好いだろ?
笛の音について来い
俺はお前の全てを握っている
俺はお前の全てを握っている
既に始まったのがわかるじゃないか
あの音を聴くようになった瞬間
もしかしたら そう
俺はちょっと危うい ちょっと危うい
お前を導く笛吹く男のように
俺はお前を試すよ お前を試すよ
わかっていながらも導かれる
禁断の果実のように
俺の笛は全てを覚ます
その音はお前の身をやつす 更に
導かれ 呼応するお前
絶えず息を吹き出して
俺はお前の罪深い喜び
もがき出ることは決して不可能
罰を受ける事ではないじゃないか
こっちに来いよ 俺はお前の楽園
その目を閉ざすなよ
その目を閉ざすなよ
足掻いてみてももう無駄だろう
(俺を拒まむなよ)
ただ 目を閉じて耳を傾けてみて
笛の音について来い
この歌について来い
多少危険でも
俺は 実に好いじゃないか
お前を 救いに来たんだよ
お前を滅ぼしに来たんだよ
お前が 俺を呼んだんだよ
ほら、好いだろ?
そう 俺はちょっと危うい
俺も俺が手に負えない
心配するな 俺の手は
お前にだけ温かい 温かい
万が一にも 俺がお前を
台無しにしてるとしても
俺を 許してくれるか?
お前は俺無しで生きていけないから
全て わかってるから
俺はお前の全てを握っている
俺はお前の全てを握っている
韓国語歌詞はこちら↓
https://music.bugs.co.kr/track/30785788
『Pied Piper』
作曲・作詞:"Hitman" Bang , JINBO , Pdogg , RM , SUGA , j-hope , KASS
*******
今回は2017年9月にリリースされたBTSのミニアルバム第5集「LOVE YOURSELF 承 'Her'」に収録の "Pied Piper" を意訳・考察していきます。
この「LY 承 'Her'」は「初恋にときめく少年たちの姿」を描き、「愛」をテーマにLYシリーズ全3作の1枚目としてリリースされました。
バンタンには隠れた名曲にも隠せない魅力が溢れていて、どの楽曲にも語り尽くせない愛を持った方がたくさんいらっしゃいます。
この "Pied Piper" はラジオのバンタン特番にてリクエストコーナーで必ずその名が上がり、曲がかかれば2019年のファンミーティング「Magic Shop」で披露された時の事を思い返す方でタイムラインが溢れる、ちょっと特別な楽曲だという印象を私は持っています。
1.好きなものはどうしようもない
リリース当時V LIVEにて公開されたビハインドでRMは、この楽曲についての解説冒頭で「좀 콘셉추얼한 노래인 것 같아요, 사실(ちょっとコンセプチュアルな歌だと思います。実は)」と述べています↓
20:09~ "Pied Piper" の話題
この動画では他にも、楽曲のサビや歌唱部分の作詞は自分が、そしてラップ部分はラップラインで役割分担をしたと解説しており、彼が担当したラップでは、皆さんの行動に対する感謝を述べる為にその行動を羅列した、と解説しています。
歌詞の該当箇所を見てみると確かに「映像、各種写真、ツイッター、V LIVE、ボンボヤージュ」と彼らが提供してくれているコンテンツが並んでいます。そして、これらを提示して感謝を表した今回の〈やり方がちょっと独特〉で正直心配だったと打ち明けています。
言葉を選びながら制作の意図を話してくれているナムさんですが、「聴いたら(ARMYの)気分が良くないかもしれない」とまで感じていたという歌詞の内容は、彼の耳に直接入ってくる近しい人たちの話が元ネタのひとつになっているようです。
それは、バンタンを推すために苦労や努力を重ねている人たちの「好き」の表現の仕方についてでした。
やらなければならないことを後回しにしてまで好きなことに没頭してしまう。
中毒性が高ければ高い程なおさらハマってしまう。
頭の中ではわかっている。もうやめなければならないと。
でも止められない。好きなものはどうしようもない。
まさしく、好きが高じて「沼」に落ちてしまったARMYの姿が克明に描かれている訳ですが、ナムさんが何を心配していたかというと、そんな沼落ちしたARMYを(もちろん愛を込めて)皮肉る表現が並んでいるからです。
※1 이제 그만…이제(もう)+그만(その程度で)文脈により意味が変わる。(参考1)(参考2)
★이제 그만+A【動詞語幹 -고】+B【命令/誘導】=もうAするのはやめてBしなさい/しましょう
※2 순삭…瞬間削除(순간 삭제)の略語(参考)
※3 착해…착하다=(子供や対等な身分の人に対する)善良だ・素直だ・優しい 目上の人には失礼になるので使わない(参考)
溢れるコンテンツを片っ端から観るために時間を費やし、周りに迷惑をかけ実生活をおろそかにしてしまう程のハマり様だとなれば、元凶の自分たちがARMYの親や上司から憎まれてしまう。
だからMVの解釈は後回しにして、大事な事を先にやりなよ、と。
たった小一時間机に向かうのがなんだっていうんだ。
自分たちは1、2年という月日をあっという間に使い果たして歌を作るんだから。
そうしてできた歌は、いつも頑張ってくれているARMYたちに賞として遣るよ。おりこうさん。
ARMYの行動を皮肉ってその行動力の凄さを称える、というこの〈独特なやり方〉の真意が果たしてARMYに通じるだろうか、そんな心配をナムさんはしていたのではないかと思います(全体的に上から目線の口ぶりなので、私の意訳もちょっとオラオラ調になっています)。
動画で彼が言っているように、ARMYのそれらの行動は決して当たり前の事ではないしそこに対して自分たちは感謝をしなくてはならない、という気持ちがこめられているのです。
こうしてどんな努力をしているのかを本人に知ってもらえているという事実はARMYにとってはこの上ない幸せなのではないかと思います。
2.笛の音について来い
タイトル「Pied Piper」は、グリム童話としても有名なドイツ・ハーメルンの伝承「ハーメルンの笛吹き男」に登場する「笛吹き男」あるいはその物語を指す言葉です。
「Pied Piper」を直訳すると
pied(まだらの【形】)+pipe(管楽器を吹く【動】)+接尾辞 -er
=まだらの笛を吹く人
となります。
「まだらの」と表現されているのは、伝承においてこの笛吹き男が色とりどりのまだらの服を着ていたことに由来しています。(参考)
男が吹く笛の音が持つ、子どもたちを惹きつけて離さない不思議な力。
楽曲 "Pied Piper" の歌詞は、ARMYたちがバンタンに心酔し生活の全てを捧げようとする様子を、笛の音の力に支配された子どもたちの姿に重ねていく内容になっており、ナムさんが「コンセプチュアル(概念的)」だと総括している所以でもあります。
笛の音が登場する箇所の歌詞を見てみます。
※4
・발버둥(을) 치다…じたばたする、足掻く(参考)
・소용없다…無駄だ、役に立たない(参考)
・-(ㄹ/을) 걸…~でしょう、~だと思います【推測・推量】(参考)
※5 달다…味を表す「甘い」の意味が一般的ですが、ここでは「快い(=好い)」の意で取ると心酔する様子が表現できるのではないかと思います。(参考)
直訳「甘い」では若干唐突過ぎるところですが、好い(=感じがよい)とすることで冒頭の「悪いから尚更好い(=悪いことだとわかっているから尚更気分がいい)」にも通じることができるのではと思います。
※6 take over…元あるものを力で以て取って代わり自分のものにしてしまう、の意。①引き継ぐ、②乗っ取る(参考)
ここでは「笛の音(歌)の力でARMYを虜にして全てを乗っ取る」イメージ。
現実逃避してまで俺に没頭することが「悪いこと」だとはわかっているけれど、罰を受ける程のことではないじゃないか。
だからもう思い切って俺についておいで。
多少は危険かもしれないけれど俺が「好いもの」だってことは確かだろ?
俺は現実世界で悩むお前を救いに来たんだよ。
この歌の魅力でいっそお前の身を滅ぼしてやる。
お前が俺を呼んだんだ。だって俺は「好いもの」なんだろう?
俺はお前の思考・行動の全てを握っている。
※7 선악과…善悪果=禁断の果実(参考)
※8 애태우다…心配させる、気をもませる、苛立てる(参考)
※9 guilty pleasure…後ろめたい喜び(参考)
「禁断の果実」と「guilty pleasure」もまた冒頭の一文「悪いから尚更好い」の代名詞と言えます。
自分たちがARMYに及ぼす影響について功と罪の両方の面を自ら把握し、それらを「ハーメルンの笛吹き男」に当てはめ一曲の作品として創り上げる。
既に確立されたものを取り込んだ上で元ネタを超えるレベルの新しい作品を生み出す、という「本歌取」という和歌の伝統技法がありますが、"Pied Piper" はその域に達しているのではないでしょうか。
3.Best Of Me
ビハインド動画にてナムさんはこうも話しています。
ここで "Best Of Me" が登場したので、ちょっと振り返ってみたいと思います。
先の段で書きましたが "Pied Piper" は感謝の気持ちを皮肉に落とし込み、笛吹き男の話で楽しく味付けした「上から目線」の若干オラオラなイメージをまとった歌詞です。
一方 "Best Of Me" はというと「君には全く敵わない」と全く逆のスタンスであることがわかります。
また、散りばめられているモチーフにヨーロッパ要素が含まれているという共通点もありました。
更にここで "Pied Piper" 歌詞の終盤まで見てみようと思います。
※10 감당을 못하다…手に負えない(参考)
"Pied Piper" におけるこの「お前は俺無しでは生きて行けない」「(お前のことは)全部わかってる」から「I'm takin' over you」なのだという部分も、"Best Of Me" で歌われている '君' への忠誠心とも言える「僕の最高の主人なんだよ、君は」「僕には君しかいないんだ」という想いとは対極的です。
愛をテーマに据えて制作されたアルバム「LY 承 'Her'」に同時収録されたこの2曲が、同じARMYへの「感謝」を込めた楽曲として対のようになっていたという事がわかりちょっと感動しています。
今回この記事で "Pied Piper" が単純に「バンタンとARMYの関係を笛吹きと子どもたちに置き換えた」だけの楽曲ではないのだということがお分かりいただけたら幸いです。
感謝を皮肉に変えることで際立ったARMYの無限の行動力。そして、伝承の本歌取りによりMAXになったエンタメ性。
誰もが楽しめるということはそれだけ普遍的であるということで、後にナムさんが語ることになる「最も個人的な話を最も普遍的に表現することが芸術としての境地」という指針にも通じていると思います。
何となく聴きたくなる。何となく推してしまう。
笛吹き男の笛の音のように、心を掴んで離さない名曲にはそうなってしまう必然の力が備わっていた、ということなのだと思います。
今回も最後までお付き合いくださり、ありがとうございました。
🎷🐀🐁🐀🐁🐀