BTS "피 땀 눈물 (Blood Sweat & Tears)" 悩み迷う少年たち ~日本語選びにこだわる和訳歌詞 no.140
피 땀 눈물 (Blood Sweat & Tears)
俺の血、汗、涙
俺の最後の足掻きを全部持って行け
俺の血、汗、涙
俺の冷たい息吹きを全部持って行け
俺の血、汗、涙も
俺の体、心、魂も
お前のものだと良くわかってる
これは俺に罰を受けさせる呪文
艶やかな桃色の肌
甘い さらに甘い
チョコレートの頬と翼
でも お前の翼は悪魔のそれ
お前のその愛らしい姿には似合わない
キスをして 痛くてもいい
さあ 俺を締め付けてくれ
これ以上辛くならないよう
ねえ 酔ってもいいよ
もうお前を飲み干して
喉 奥深く
お前という名のウイスキー
俺の血、汗、涙
俺の最後の足掻きを全部持って行け
俺の血、汗、涙
俺の冷たい息吹きを全部持って行け
欲しいよ もっとたくさん
痛くてもいい縛ってくれ
俺が逃げられないように
ぎゅっと掴んで揺さぶってくれ
俺が正気を取り戻さないように
この唇に その 唇を落として
ふたりだけの秘密
お前という檻で中毒になる 深く
お前以外の誰かには仕えられない
中身を知りつつも呷ってしまった
毒入りの聖杯
俺の血、汗、涙
俺の最後の足掻きを全部持って行け
俺の血、汗、涙
俺の冷たい息吹きを全部持って行け
欲しいよ もっとたくさん
俺を 優しく殺してくれ
その手で瞼を閉じてくれ
どうせ拒否さえできない
もう脱出すらもできない
お前が甘すぎて甘すぎて
甘すぎるから
韓国語歌詞はこちら↓
https://music.bugs.co.kr/track/30413061
『피 땀 눈물 (Blood Sweat & Tears)』
作曲・作詞:Pdogg , Rap Monster , SUGA , j-hope , “hitman”bang , 김도훈
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今回は、2016年10月にリリースされたBTS/防弾少年団の正規アルバム第2集「WINGS」より、タイトル曲 "피 땀 눈물 (Blood Sweat & Tears)" を和訳・考察していきます。
ここの和訳記事も100を超えてしばらくが経ち、そろそろまだ手を付けていないタイトル曲を訳そうといくつか順にピックアップしてきましたが、ついにこの革命的な名曲を取り上げる時がきました。
「ピ、ッタン、ヌンムル」と発音するこの曲名は「血、汗、涙」と直訳され日本語バージョンもリリースされました。その制作過程はトラック先行であったことをRMがV LIVEで言及しています。トラックに合うメロディや詞を後から作るにあたり幾重もの試行錯誤があったようです。
個人的には、MV初見で率直に「一体何の歌?」と思ってしまったバンタン曲、No.1。そこがいかにもアイドルグループのタイトル曲らしいというか、人間味のあるリアルな信念や感情よりも、当時体現しようとしていたビジュアルイメージ、音のインパクトを意図的に優先させた部分があったのかなと思っていました。
公式サイトのレビューによれば、アルバム「WINGS」のテーマは『生まれて初めて誘惑に出逢い、悩み迷う少年たちの歌』です。花様年華シリーズから引き継がれ展開されていく〈BTS Universe〉の世界観と、メンバー本人たちの生き様をソロ曲で巧妙にリンクさせる試み、そして具体的なモチーフとして既存の書籍タイトルを挙げるなど、更に新しいことに挑戦しようとする意欲的な攻めの姿勢を「WINGS」には感じます。
ここでは、すでに各所で深くなされているMVの考察とは少し距離を置いて、歌詞の内容に集中してみたいと思います。
1.Blood Sweat & Tears
「血と汗と涙」というフレーズは、日本においても苦節を表す象徴的な表現として聴き馴染みのある言葉です。「心血を注ぐ」「汗水を流す(垂らす)」「涙ぐましい」など血と汗と涙にまつわる言葉にはどれも苦労の色が滲みます。
これら三つの要素を効果的に使用した該当のフレーズが広く知られるようになったきっかけは、イギリスの元首相ウィンストン・チャーチルが行った演説であるという説が有力のようです。これはチャーチルが首相に就いた直後の就任演説でした。時に1940年5月、ナチス・ドイツのポーランド侵攻により第二次世界大戦が開戦した翌年のことです。
原文では「blood, toil, tears, and sweat(血、労苦、涙、そして汗)」となっています。↓
こちらに演説の和訳が掲載されています。↓
また、"피 땀 눈물" の前後でもバンタンの歌詞には「血汗」そして「涙」が登場しています。
これらの「血、汗、涙」は「苦労」という言葉と置き換えることができ、表現者として生きていく道の上で光を見出すに至るまでの彼ら自身の実際の経験であるとも言えるでしょう。
目には見えない、しかし確実に存在していながらも、ひたすら放出し続けることでしか結果を得られないもの=苦労。
物質的な資源や金銭と違い、苦労という名の財産は視覚や触覚でその大きさを実感することはできません。多く捧げたからといって必ずしも誰かの胸を打つとは限りませんし、自分にとっての利になるとも限りません。
2.Last Dance
では、「血、汗、涙」という言葉がもたらす「苦労」の概念は〈誘惑に出逢い、悩み迷う少年たち〉とどのように関係していくのでしょうか。
その概要は頭サビですでに示されているのではないかと思います。
最後のダンス。これは英語でLast Danceと置き換えられますが、「ラストダンス」というフレーズに込められているものこそがこの楽曲の根幹であり、「血、汗、涙」の向こう側にあるものであると私は考えます。
「Last Dance」はその語が連想させる状況から、エンタメやスポーツの世界でしばしば「引退」の比喩として用いられます。
2020年には『マイケル・ジョーダン: ラストダンス』というタイトルのドキュメンタリーフィルムがNetflixで公開になっています。これはマイケル・ジョーダンとシカゴ・ブルズの全盛期とその終焉の気配を追ったものです。
「俺のラストダンスを全て持って行け」にはつまり、
お前のためなら全てを終わらせる(=ラストダンスをする)覚悟がある。
というような意味合いがあるのではないかと思います。
物質的な豊かさに乏しい年端のいかない少年にとって、「血、汗、涙」は人生で初めて出会った誘惑を受け入れた代償として支払える唯一の財産であり、その行為自体が誘惑に抗えなかった罪に対する罰であるとも言えるのではないでしょうか。
私にはまるで、アンダーグラウンドではなく大衆音楽、アイドルとしてならデビューできるという「誘惑」を受け入れ成功を収めたことで、その代償を「血、汗、涙」によって支払い続けている、本来やりたかったアングラ表現を封印したことについて罰を受けているという状況を書いているようにも思えました。本心を封印したことに少なからず背徳感を覚えているのではないかと。
罪を認め偽りを明かしラストダンスをする覚悟を持って表現活動をしている、という気概がここに込められていると言えるのかもしれません。
3.Sweet & Bitter
アルバムのモチーフとして公言されたヘルマン・ヘッセの小説「デミアン」には、少年の心の成長と目覚めに触れ、その視界に映るものが精神的な現状次第で変化していく様子が臨場感を持って書かれています。
以前はそう思っていなかったのに、今ではこう見える。そんな無秩序で不安定な機微の描写が美しくもあるのですが、その妄想のあやうさがここでは「sweet」というキーワードを軸にして表現されています。
※1 peaches-and-cream…桃色の健康的な肌(参考)
※2 chocolate cheeks…調べてみるとおおむね、
①魅力的な相手の容姿を表現する言い回し
②チョコレートのお菓子が口の周りにべったりついた子ども
のふたつのパターンで使われるフレーズのようです。①の用途が発展して化粧品のネーミングに使用されている例もありました。
※3
・sweet…【形容詞】甘い、優しい、愛らしい(参考)
・bitter…【形容詞】苦い、厳しい、苦々しい(参考)
この2語は対比関係にあり、意図的に同じ文で使用されていると思われます。
sweetは形容詞なので直後の名詞「앞=(物や体の)前の部分」(※앞태で前姿、뒤태で後ろ姿)に掛かり、「sweet 앞」で「愛らしい(前)姿」と意訳しました。
「엔=에는(には)」なので「너의 그 sweet 앞엔 bitter」は「おまえのその愛らしい姿には苦々しい」となります。
白ではないチョコレート色=黒い翼が悪魔のものであると知っている「俺」が、「お前」の可愛らしい容姿と黒翼の組み合わせについて、否定的な感情を抱いていることが書かれているのだと思われます。
ここでは相手のことをウイスキーに例え、誘惑に抗えず全てを投げ打つ様子を酒におぼれた状態に当てはめて表現しています。
ウイスキーを口にしたことが無い方には想像が難しいかもしれませんが、懐深くて甘美なお酒という印象が私にはあります。なので、ここで他のどのお酒でもなくウイスキーが登場するのは「sweet(甘美な)」がキーワードの楽曲イメージにぴったりだと思います。
※4 정신(을) 차리다…正気を取り戻す(参考)
※5 Kiss someone on the lips…人の唇にキスをする(参考)
誘惑に負けて魅力に取りつかれた末に「俺」が束縛を受け入れ狂気に身を任せる様子が描写されているこのあたりですが、ぜひとも "ON" の歌詞と読み比べていただきたいと思います。↓
2020年リリースの "ON" で歌われているのは「狂わないための狂気」。
自らの意思で「監獄」に足を踏み入れた主人公が不屈の闘志で痛みとの真っ向勝負に挑む内容です。
一方 "피 땀 눈물" の主人公は、毒入りだと知りながらも自ら手にした聖杯によって深刻な中毒を引き起こし、正気を取り戻さないようにしてくれ、痛くてもいい縛ってくれと懇願し、全く抗う様子がありません。
生きる為に受け入れた甘い誘惑。一時はその身も心も悪魔に捧げ、自らの意思で息をすることすら手離しかけていたが、時間をかけて主導権を取り戻し「何が何でも勝つ」とまで言える闘士になった。
"피 땀 눈물" から "ON" へと続くストーリーは、彼らのアーティストとしての、人間としての自立に向けた成長記録でもあるのだと思います。
まさに『誘惑に出逢い、悩み迷う少年たちの歌』なのです。
4.Killing Me Softly
この "피 땀 눈물" と ソロ曲 "Reflection" の歌詞を漢江のほとりトゥクソムで書いたと振り返っているナムさん。
ラップやメロディを20回以上書き直した、とその難産ぶりを打ち明けていますが、そんな中でPDニムにも気に入ってもらい、いち早くに形になっていた部分として「부드럽게 죽여줘(優しく殺して)」を挙げています。
優しく殺して=「Killing me softly」は、1970年代に原曲とカバー版が相次いでリリースされヒットした楽曲 "Killing Me Softly with His Song" のタイトルが元になった有名なフレーズです。
甘美な歌声の素晴らしさを表現するために選ばれた「やさしく殺す」というアンビバレントなフレーズが持つニュアンスが、"피 땀 눈물" の世界の扉を開く鍵、入り口の言葉となったようです。
私はここに「期待」と「失望」――「甘さ」と「苦さ」の両方の〈味〉を感じました。ナムさんが歌謡界に抱いていた諸々の感情がここににじみ出ている気もしますし、添い遂げようと心に決めた音楽との関係性が偏ってきていることを自覚し、バランスの崩壊を危惧している部分がすでにこの時あったのではないかと。
愛する音楽に殺されるのなら本望だが、果たして。
血汗涙を捧げるべき相手は、本当に「お前」なのか。
誘惑に出逢い、悩み迷う少年たちのリアルな歩みがそのあやうさもそのままに書き綴られている。そういう1曲でもあるのだと思います。
ここまでを総じてあらためて聴いてみると、形骸的なザ・タイトル曲という印象は完全に薄れていきました。やはり彼らの楽曲は、どれひとつとして取りこぼすことなく「自分たちの話」を自らしているのだと確信しました。
ピッタンヌンムル、マニマニマニ……カタカナで頭に刻むだけじゃ絶対にもったいない楽曲であることは間違いないです。
今回も最後までお付き合い下さりありがとうございました。
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