BTS "Jamais Vu" 繰り返される痛み ~日本語選びにこだわる和訳歌詞 no.075
Jamais Vu
また、負けてしまったみたいだよ
君は腹を立てているように見える
ちらついてる 'ゲーム・オーバー'
もしこれがゲームなら
'リロード'すればいいのだろうけど
僕は この現実世界と
向き合わなければならないようだ
いっその事ゲームならいいのに
ものすごく 痛いから
僕の'Medic'を回復させなくちゃ
でも僕は何もしてやれない
完璧ではなかった僕を恨む
頭の中でブレーキをかけて
常に歯止めを効かせて進む
ただ上手くやりたかったし、
笑って欲しかったのだけど
ああ…
どうか僕に救いを与えたまえ
止まってしまった胸の鼓動を
呼び戻すための救いを
もうどうにかしなくちゃならない
僕を生かしてくれ
再びチャンスをくれよ
どうか僕に…
救いを 救いの手を
唯一僕にだけ残されるその記憶
ここで終わりにしたら
消してしまえるならば
全てが皆、楽になるのだろうか
大丈夫だけど 大丈夫じゃない
慣れっこだよと独り言ちたけど
いつも初めての事みたいに痛い
至らない'ゲーマー' その通りだ
自分を'コントロール'できないね
ずっと痛い 何故なら
試行錯誤とありとあらゆること
僕の歌、歌詞
身振りひとつ 言葉ひと言
全てが初めての事のように怖くなって、
また いつも逃げていこうとするけど
それでも君が掴まえるね
僕の影は大きくなっても
僕の'ライフ'と君は等号で結ばれてるから
僕の救いは 君の救いだ
どうか僕に救いを与えたまえ
止まってしまった胸の鼓動を
呼び戻すための救いを
もうどうにかしなくちゃならない
僕を生かしてくれ
再びチャンスをくれよ
どうか僕に…
(救いを)
また再び走って また転んで
(正直に)
数限りなく繰り返されたとしても
僕はまた走るのだと言うよ
どうか僕に救いを与えたまえ
止まってしまった胸の鼓動を
呼び戻すための救いを
もうどうにかしなくちゃならない
僕を生かしてくれ
再びチャンスをくれよ
どうか僕に救いを
(成功なのか?戻ってきた)
止まってしまった胸の鼓動を
呼び戻すための救い
(集中して、きっと君に届いてみせる
落ちて 転んで)
もうどうにかしなくちゃならない
(慣れた痛みが相変わらず僕を襲う)
僕を生かしてくれ
(今度も簡単にはいかない)
再びチャンスをくれよ
(やめるのか、って?いいやまさか)
僕は あきらめないよ
韓国語歌詞はこちら↓
https://music.bugs.co.kr/track/31548672
『Jamais Vu』
作曲・作詞: Marcus McCoan , Owen Roberts , Matty Thomson , Max Lynedoch Graham , Camilla Anne Stewart , RM , j-hope , "Hitman" Bang
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今回は2019年4月にリリースされたミニ・アルバム第6集「MAP OF THE SOUL : PERSONA」に初めて収録され、2020年2月リリースのフルアルバム第4集「MAP OF THE SOUL : 7」にも収録されている "Jamais Vu" を意訳・考察していきます。
楽曲はこの後、2022年6月リリースのアンソロジー・アルバム「Proof」CD2に、Jinの選曲でトラックリスト入りしています。
アルバム「Proof」発表前の〈Proof of inspiration〉にてジンくんが明かした "Jamais Vu" を選んだ理由は、楽曲歌詞のように自分の癒しとなってくれたメンバーやARMYたちを想ってこれからも音楽をやっていきたい、というものでしたが、この楽曲には他にも彼が愛着を持つに足りる理由があるように思います。
その一つは「歌い出し」。
2022年現在、ジンくんが楽曲の歌い出しを務めるグループオリジナル楽曲は数ある中でもこの "Jamais Vu" と "고엽(Autumn Leaves)" のみであり、「花様年華Pt.2」リリース時のインタビューにて、自分が歌い出しを務めることを理由にアルバムの中で1番好きな楽曲として "고엽(Autumn Leaves)" を挙げていたことを考えると、この "Jamais Vu" にも同様の思い入れがあったのではないかと思われます。
そして、この楽曲が彼の大好きな「ゲーム」の世界を舞台に描かれているということも、選曲の理由のひとつとしては考えられる要素なのではないでしょうか。
1.国民的ゲーム "StarCraft"
アルバムリリース時のV LIVE配信で、作詞(おそらくラップ以外の部分)を担当したRMはこの楽曲を「最初からゲームをテーマにして始めた」のだと紹介しています。
46:03~が "Jamais Vu" の話題です。↓
確かに「만약 게임이라면(もしもゲームなら)」と歌詞にはっきりとある上に、「Game over」や「Control」など、ゲーム世界を連想させる単語がちりばめられています。
中でも私が気になったのはj-hopeのラップパートで登場する「medic」のくだり。
※主語+be動詞+場所…~にいる(参考)
※another…one以外の中からひとつだけ選んで表す
(otherはone以外のものをまとめて表す)(参考)
medicと言えば「衛生兵」。そして「heal(癒す)」はRPGでいうところの「healer(回復役)」に繋がるのではと思い至りましたが、「another star」の解釈に困り、この部分だけどう訳したらよいものかと最後まで悩みました。
同じように悩んだ方が英語圏にもいらっしゃったようで、質問サイトにこの一節を持ち込んでいる様子もいくつか目にしました。
解決に近づくための最も有力な情報は、2020年のFESTAコンテンツのひとつ「ANSWER:BTS 3UNITS」で公開されたユニット別インタビューにありました。↓
動画の7:32で提示される「〈Jamais Vu〉で最も気に入った部分は?」という質問に対し、8:07~の部分でホビが「自分のラップの最初の小節です」と回答しているのですが、「I need to heal my medic But I'm another star」の部分までを紹介した上で「すごくウィットに富んだものが書けたと思う」と自己評価しています。
そして「'star' を '別の星' と表現して 'Medic' の 'star' で表現しながら、はい、言葉遊びを適切に混ぜました」と続けているのですが、この部分に乗っている英語字幕に「Medic as in Starcraft」とあります。
実際にはホビは 'Starcraft' とは口にしていないのですが、これは公式動画の字幕なので、もしかしたら翻訳だけでなく内容の補足を兼ねた字幕をスタッフの方が付けて下さったのかもしれません。
このStarCraft(スタークラフト)は1998年に発売されたPCゲームのタイトルです。
"Jamais Vu" の発表から遡ること二年弱、2017年のBillboard Music Awards(BBMAs)でトップ・ソーシャル・アーティスト賞を受賞したバンタンが米Yahoo!で取材を受けた際の動画冒頭部分を見ると、StarCraftと彼らとの距離感がわかります。↓
この動画はYahoo!eSportsチャンネルで公開されているもので、インタビュー内でゲームについて語られたコメント部分を抽出したもののようです。
StarCraftと聞いて一番ノリノリで受け応えていたのが他でもないホビ(笑)
※このインタビューの本編映像はこちら。
ナムさんがドラマ「フレンズ」で英語を習得した話などが含まれます。
さらに遡ると、過去のインタビューにもこのゲームタイトル "스타크래프트=StarCraft" が登場していました。
デビュー2年目の初々しい記事(残念ながら古い記事の為か画像のリンクが切れてしまっています)。↓
また、2022年8月に公開された「Run BTS! Special Episode - Telepathy Pt.2」にて、〈お題:拗ねる〉で初期の宿舎〈青い家〉を選んだ理由(主にケンカの思い出)をメンバーが語る中、ジンくんとジミンちゃんがお互い顔を見合わせて吹き出し「僕ら(のケンカ)は〈青い家〉じゃないよ」と振り返ってるのですが、ここでもスタッフさんの字幕でそのケンカの理由がStarCraftだったことが補足されています。
そして普段ゲームはあまりやらないというユンギでさえ、2019年2月に福岡から配信したV LIVEでARMYから最近の趣味は何かと聞かれ、趣味は何もないとしながらも「最近はマネージャーさんとStarCraftをやっている」と話しています。(29:58~)
このように追って行くと「みんな大好きStarCraft」という感じが伝わってくるのですが、正直私は聞いたことがないタイトルでした(初代ファミコン世代・PCゲーム界隈は通らず)。
調べてみるとこのStarCraft、日本ではあまり売り上げが振るいませんでしたが、韓国では諸々の世情が重なって爆発的な人気を博し国民的ゲームとなった歴史があり、今でこそたくさんの人に知られることとなったesportsの世界が確立した際のビッグタイトルである、とのこと。(参考)↓
上記記事の画像出典となっていた記事では、eスポーツ選手が「Run BTS!」に出演することが話題に上っています。
該当回は2020年11月放送の「Run BTS!」EP.114、115。
(放送ではStarCraftではなく、後の主流である 'League Of Legends' がプレイされています)
In the SoopでもPCゲーム部屋が特設された程ですし、ジンくんを筆頭にメンバーみんながゲームという娯楽、そしてStarCraftに慣れ親しんできた様子がうかがえます。
☆
「Medic(衛生兵)」というポジションにあるキャラクターは他のタイトルにも登場するものなので、出典を探し始めた時は漠然と「ゲームの世界にいる広義な意味でのメディック」を指していると思いましたが、韓国内での認知度の高さや果たしてきた功績、メンバーの反応やエピソード、そしてスタッフさんの字幕によるフォローを鑑みると、歌詞に登場する「Medic」はStarCraftのメディックであるという見解が有力だと思われます。
そして「助けたいのに助けられない」というもどかしい思いを、「別の星(世界)にいるから簡単には回復させてあげられない」という、プレーヤー(現実)とキャラクター(仮想)のような関係性に落とし込んだ結果の「But I'm another star」だったのかなと思った私は「でも僕は何もしてあげられない」と意訳をつけることにしました。
2.僕の救いは君の救い
冒頭で紹介したレビュー動画でナムさんは、この楽曲に対し「アルバムで一番悲しい歌」という感想を持っています。
リセットを繰り返すゲームの世界で感じる「喪失感」や「虚無感」を意図的に盛りこんだと語っています。
結果、絶望的な状況を繰り返さなくてはならない世界で「僕に救いを」と懇願する主人公に、書いた自身ですら「胸が熱くなる」とする楽曲に仕上がっています。
そんなナムさんが設定したゲームの世界観にホビが作ったラップが加わり、更にその設定に緻密な層が生まれ、先ほど取り上げた「medic」の一節を筆頭に救い、救われる者たちの悲哀や葛藤が描かれていきます。
私が興味深いと感じたのは、"Jamais Vu" のホビの歌詞に散りばめられている要素に彼のソロアルバム「Jack In The Box」(2022) の楽曲へと繋がるものがあるということです。
まずは、"Safety Zone" で描かれていた「ゲーム」にまつわる表現。↓
現実世界の非情さを、仮想空間の効率の良さや非現実性と比較することでその残酷さを際立たせている表現なのですが、"Jamais Vu" の以下の部分には同じような意識がはたらいているように思います。↓
ゲームの中の話なら、どんな苦痛も自分自身が感じなくて済むのに。
そう思ってしまう程、現実世界と向き合うことの厳しさに主人公が打ちのめされていることがうかがえます。
シンクロ率が最も高い部分は「=(イコールサイン)」が登場する以下の部分。↓
"=(Equal Sign)" は「平等」という難しいテーマに等身大で挑んだ楽曲です。
"Jamais Vu" は、ゲームの世界で成立している
「プレーヤー」=「キャラクター」
という関係性に、現実世界での
「僕」=「君」
という関係を重ねている楽曲でもあるのだと私は捉えています。
このイコールサインがあることによって両者は「痛み」を共有することができ、一方は「痛み」を「癒し」て欲しいと望み、一方は「癒し」を与えようと試みる。
バーチャル世界のキャラクターにプレイヤーである自分を重ねて痛みを共有しようとする意識は、現実世界において他人の痛みを理解し、癒そうとする意識と共通するものがあると思います。
どんなに親しい間柄でも、相手が例え家族であっても、自分以外の人間が感じている痛みを理解することはおよそ簡単ではありません。
それをわかっていても、相手と自分を「等号」で結ぶことによってでしか成し得ない「癒し」が人間にはお互い必要なんだ、と歌っているのが "=(Equal Sign)" なのではないかと思います。
前述したユニット別インタビューの中でホビは、楽曲の制作にあたって自分自身を振り返り「自分にとっての本当の癒しとは一体何なのか」「どんな意識でパフォーマンスをし、どうやって(痛みを)克服したのか」というようなことを考え、また、感情移入をして歌詞を書いたと述べています。
僕の救いは君の救い。
"Jamais Vu" で着想を得た「等号」の概念がソロ楽曲の制作でも活かされた、という流れが感じられる一節でした。
3.未視感の理由
楽曲レビューの中で「人に読み方を尋ねられる」とナムさんがこぼしているこの楽曲タイトルは、既視感(初めて見るのに見たことがあるかのような感覚)の対義語である未視感(見慣れたはずのものを初めて見たかのような感覚)です。
ゲームの世界をコンセプトとしたこの楽曲においては、同じキャラクターを毎回操作していても、ゲーム・オーバーを繰り返す度に装備やレベルがリセットされてしまうような状況にこの「未視感」を当てはめているようです。
現実世界でこのような感覚を得る機会は普段あまりない様に一般人の私は感じるのですが、それではなぜ、彼らはこの「未視感」をテーマに楽曲を作ることになったのか。
ここで私は、"EPILOGUE : Young Forever" の歌詞を思い出しました。
――どんなに練習を重ねても、何度も確認を済ませても、舞台の上ではそう簡単に上手くはいかない。
それでも、舞台の上にいる間は余裕がなくても〈ある振り〉をしなければならない。
舞台に立つのは初めてではないし、それなりに場数も踏んで慣れているはずなのに、綻びを隠そうとしても隠しきれない。――
自らの理想や周りの期待に応えきれていない己に対する喪失感、虚無感こそが、ナムさんがゲーム世界というコンセプトに落とし込もうとした感情そのものなのではないか、と。
厳しい練習を基本とした濃密な準備期間を経て、ライブパフォーマンスに完璧を目指してその都度挑む彼らにしかわからない喪失感、虚無感。
それらを感じてしまった時の彼らの目には、君(ARMY)の表情も「怒って見える」ことがあったのかもしれません。
ゲーム・オーバー。でも、それが現実。
失敗をなかったことにはできないという現実と向き合わなければならない。
「いっそのことゲームなら」と後味の悪い感情に悩み、じゃあどうすればよかったのか、次はどうしたらいいのかと問う時間を幾度も過ごすことは、相当のストレスと向き合い、傷つく事でもあると思います。
「(自分が思い描く通りに)上手くやりたい」「君(ARMY)に笑顔でいてもらいたい」一心で、極度のプレッシャーと緊張を常に抱えながらも「頭の中でブレーキをかけて」慎重に冷静にパフォーマンスに取り組みます。が、、、
それでも上手くいかない時は必ずあります。
そうして彼らはその都度、鼓動が止まってしまう(活動を続けていくことに対する前向きな気持ちが失われてしまう)かのような心の痛みと闘うことになるのです。
多くの人間の多くの感情を受け止めながら、完璧から遠ざかる自分に悩み、それでも誰かの光となるために走り続けてきた彼らが繰り返してきた後悔・失望・挫折の記憶は表に出る事はなく、「唯一僕にだけ残される」。
いっそのこと「すべて消してしまえば(辞めてしまえば)楽になるのだろうか」、とまで考えが及びます。
そんな苦悩を抱えることが「慣れっこだと(周りに悟られないように)独り言を言って」も、「大丈夫だけど大丈夫じゃない」。
本当は「いつも初めてのように痛い」。
自分は至らない人間だ。そんなのわかっている。
完璧なコントロールはできない。
なんとかして理想に近づけるために、ARMYに喜んでもらうために、歌も歌詞もダンスも、発言ひとつひとつに至るまで試行錯誤を重ねるけれど、失敗を恐れて逃げ出したくなる。
そんな痛みから逃げようとした「僕(バンタン)」の気持ちを引きとめてきたのはもちろん「君(ARMY)」。
「バンタンとARMYは同じ」と、かつて表現したナムさん。
「내 삶과 넌 Equal sign(僕と君はイコールサイン)」と歌うホビ。
自分にとってのRemedyは何なのか。
自分は誰のRemedyに成り得るのか。
それを見極めることができた彼らは、しっかりと前を向いています。
この楽曲が発表された時点で彼らがどれ程の痛みを抱えていたのかを考えると胸が締め付けられますが、何度ゲーム・オーバーを繰り返しても果敢にチャレンジするゲームキャラクターのように、未視感の恐怖を手懐けてでも歩みを止めずに進もうとしている様子が、この最後の一節に凝縮されているように思えます。
この楽曲を「証」として刻むことを選んだジンくん。
きっと何度も「ゲーム・オーバー」のちらつく文字を見て、それでも尚、防弾少年団でいてくれることを選んでくれてありがとう。
日付は変わってしまったけれど、これを書いている日の前日は12/4。
ジンくん、お誕生日おめでとうございます✨🎂✨
今回も最後までお付き合いくださり、ありがとうございました。
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