BTS "134340" 変わったのは僕か、君か 〜日本語選びにこだわる和訳歌詞 no.073
134340
――戻ってきて 戻ってきて
できることなら聞きかった
あの時何故、そうしたのか
何故僕を追い出したのかを
これといった名分もなく今尚
君の周りを ぐるぐる回るね
別れが 色褪せる
その変わらぬ色彩
僕には名前が無いんだね
僕も 君の星だったのに
君は光だからいいよなぁ
僕は そんな君を
受け入れるしかないけど
崩落した王城に残された命に
何の意味がある
死する時まで受けるのだろう
君の むっとする程熱い視線
まだ僕は君の周りを回って
変わることはないけれども
愛に名分がないというのならば
全てが変わったってことなんだ
君は本当にエリスを見出したのか?
言えよ
僕があの月より劣るって何のことだよ?
UsはUの複数形に過ぎない
もしかするとそこには最初から
僕はいなかったんだ
いつか君もこの言葉を理解するだろう
僕の季節はいつだって君だった
僕の冷たい心臓は 零下248度
君が僕を消したその日に止まった
嗚呼…
僕は ぐるぐる回ってばかり
僕は 君を逃がした
僕は 君を失くした
僕は 空回りしてばかりいる
君は 僕を消した
君は 僕を忘れた
かつては太陽の世界に属していた
歌は 止んだ
歌は止まった
星の心臓には
鬱陶しい霧がかかるだけ
君は 僕を消した
君は 僕を忘れた
昨日とはさほど違わないね
何ひとつ変わらない日常で
ぽっかり 君だけいないね
明らかに 昨日までは一緒だったのに
恐ろしい程全く変わらぬ一日の中には
ぽっかり 君だけいないね
正直に言って
君がいなかったこの一年くらいは
淡々としていたよ
よく言う未練も無かった過ぎ去った日
今はもう、思い出すこともない
君の香りなんて記憶にも無いよ
ちょっと待てよ でも、
どこかで嗅いだことのある香りだなぁ…
記憶がうっすらと甦る頃に
あちこちを見回してみると
明るく笑って近づいてくる君の傍には彼
ー元気?
ー元気…
ーどうしてた?
ー僕はまぁ…元気だよ
何故かはち切れそうな心臓をよそに
この瞬間 温度は零下248
僕は ぐるぐる回ってばかり
僕は 君を逃がした
僕は 君を失くした
僕は 空回りしてばかりいる
君は 僕を消した
君は 僕を忘れた
かつては太陽の世界に属していた
歌は 止んだ
歌は止まった
星の心臓には
鬱陶しい霧がかかるだけ
君は 僕を消した
君は 僕を忘れた
僕はぐるぐる回ってばかり
霧の向こうの
変わらず笑みを湛えた君を
見守るね
意味も 君も 全て失い
不規則な僕の軌道の現実
僕はぐるぐる回ってばかり
君にとっては記憶が困難な
数字と闇のPluto
それでもずっと
僕は君の周りをぐるぐる回るのだろう
嗚呼…
僕は ぐるぐる回ってばかり
僕は 君を逃がした
僕は 君を失くした
僕は 空回りしてばかりいる
君は 僕を消した
君は 僕を忘れた
かつては太陽の世界に属していた
歌は 止んだ
歌は止まった
星の心臓には
鬱陶しい霧がかかるだけ
君は 僕を消した
君は 僕を忘れた
韓国語歌詞はこちら↓
https://music.bugs.co.kr/track/31078330
『134340』
作曲・作詞: Pdogg , Adora , 정바비 , RM , Martin Luke Brown, Orla Gartland , SUGA , j-hope
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今回は、2018年5月リリースの正規アルバム第三集「LOVE YOURSELF 轉 'Tear'」に収録された "134340" の歌詞を意訳・考察していきます。
大きな話題となった2022年11月8日夜の「皆既月食」そして「天王星食」。数あるなかでも肉眼で観測できる今回の天体ショーは多くの方に楽しまれるものとなりました。月食・惑星食自体は今後も機会が続きますが、惑星食と重なる次回の皆既月食は2235年とのことで非常に貴重な瞬間でした。
この天王星、私のように昭和の小学生だった世代には太陽系惑星「水金地火木土天海冥」のひとつとして記憶されている星です。この9つの太陽系惑星が、現在は8つになっていることをご存じでしょうか。
この「太陽系から途中で外された星=冥王星(134340/Pluto)」が、この楽曲の主役となっています。
1.冥王星へ愛をこめて
発見された1930年にデビューしたディズニーキャラクター・プルートの名前の由来になったともいわれている〈冥王星〉。NASAが太陽系惑星についてまとめたサイト「Solar System Explorasion」の冥王星の項目には、最新の画像や歴史など様々な情報がまとめられています。↓
このサイトを見てもわかる通り、Plutoの項目は「Dwarf Planets(準惑星)」に分類されています。発見された当時の技術ではわからなかった遠い彼方の世界がその後の進歩によってクリアになった結果、冥王星が「惑星(Planet)」の定義から外されてしまうことになったのは2006年のことでした。
→国立科学博物館「冥王星はなぜ惑星からはずされたのですか?」
そしてこの年の9月、70年余りの間冥王星と呼ばれてきたこの星には、小惑星センター(Minor Planet Center, MPC)によって「小惑星番号:134340」が割り当てられたのでした。
この時冥王星を惑星から外すか否かの議論のきっかけとなったのが、後に「エリス(Eris)」と呼ばれることとなる天体〈2003 UB313〉です。"134340" の歌詞に登場する「Eris」は正にこの星のことです。
1930年の発見当初の推測よりもその大きさが小さい(月より小さい)ことがその後の技術の進歩によってわかってきた冥王星ですが、2006年に打ち上げられ2015年に冥王星に到達したNASAの探査機New Horizonsによってようやくその実の姿が明らかになりました。
この惑星定義の問題が報道された頃、長年太陽系の一員として名前を呼んできた星がある日突然、その存在意義を問われてしまったことに、少なからずショックを受けたことを記憶しています。
そしてこの感覚を、まさか恋愛に置き換えて歌う人が現れるだなんて思ってもみなかったのでした。
2.変わってしまったのは僕か、君か
"134340" の歌詞は、かつて冥王星と呼ばれ太陽系に属する惑星のひとつとして認識されていた天体が辿った末路を、かつて恋愛関係にあったふたりの顛末に巧妙になぞらえた「傑作」だと私は思っています。
ここからは、実際に冥王星が辿った歴史を鑑みながらこの物語を読解してみようと思います。
☆
「僕(冥王星)」は「君(太陽)」に惹かれていた。
君との距離は遠く離れたものではあったし、君の周りには他にもまだ男がいることは知っていたけれど、自分に作用している引力に従い、誠実に、その関係を続けていた。
僕は、互いが互いの存在を認め合っていると思っていた。
ところがある時突然、その関係性にピリオドが打たれる。
僕は、自分自身に何か急激な変化があったわけでもないのに「今の好みに当てはまらない」という理由で別れを告げられてしまったのだ。
もう、僕は関係のない人なのだ、と。
変わらずそこで輝き続け、僕を照らし続ける君。
別れたからといって、その引力から逃れる術もない僕。
相変わらず同じ軌道を回り続けるしかないのに、もうそこには君との関係を続けるための「名分」が存在しない。
愛に理由がないなら、全ては変わったということなのだ。
☆
私は歌詞中の一部の「이름(名前)」を「名分(理由・名目)」と訳すことにしました。(参考)
※1 -ㄴ 거야(過去連体形+거야)…「~したんだ」
(「-는 거야(~しているんだ)」とは別物)
この部分は、「太陽系に属する=〈君〉の基準(好み)に準ずる」と解釈すると、「君の(今の)好みに適わないのならば(僕がいくら変わらずにいても)全てが変わってしまったということになるのだ」となるのではないかと思います。
自分にはまだ〈君〉への愛があるのに、相手の変化に抗いたくても抗えない状況を、〈僕〉は嘆いているのです。
また、〈僕〉の方には「さほど変化がない」のに君の気持ちが変わって「追い出された」という状況は、冥王星が太陽系を外された理由が天体自身の「物理的な変化」ではなく、人類の技術の向上によって正確な情報が明確になってきたことによる「論理的な変化」によるものであることに重なります。
観測技術の向上により発見当時よりもサイズを小さく書き換えられ、挙句他にも似たような星が見つかったから惑星としての特別扱いは終了、という…。冥王星の側からしたら人類の身勝手も甚だしい結果だと思います。
〈僕〉はそんな状況も甘んじて受け入れることにしますが、自分の存在意義について疑問を投げかけます。
この部分に私は、この詞の詩としての境地を見たような気がしています。
※2 왕(王)성(城)とは別に、왕(王)성(星)と読むこともできる。
※3 명(命)とは別に명(冥)と読むこともできる。
これらの同音異字語を組み合わせると「명왕성(冥王星)」となる。
(「冥王星」から「王星」を崩す(取る)と「冥」が残る)
ちゃんと「冥王星」って文字が歌詞に入ってるんですよね。
しかも主人公の心象風景がストーリーに合った形で表現されている。
このことを知った時は魂が震えました…。
(ちなみにPluto(ローマ神話における冥界の神の名に由来)の和名「冥王星」の考案者は日本の英文学・天文民俗学者である野尻抱影氏であり、その後同じ漢字圏である中国でもこの名が使用され始めたとのこと。韓国ではこの漢字表記をそのままハングルにした「명왕성」が使用されています)
冥王星という天体をめぐり広い広い宇宙を舞台に繰り広げられた悲喜こもごもに、名もなきふたりの小さな関係性と心情をぴたりと重ね合わせるという偉業とも言うべき成果が、この "134340" の歌詞にはぎっしりと詰まっているのだと私は思います。
3.その歌に罪はあるのかを考える
ナムさんによる恒例のアルバムレビューは「轉」のリリース後にも配信されています。
19:24~ "134340" の話題になります。
「ボーカルラインに合わせてキーが3つ上がった」ことや、「イヤホンで曲を聴き、サムソン駅の周りを歩きながら歌詞を作った」などのエピソードが明かされています。
そして "134340" の話題の後半になると共同制作者に名前を連ねている或るヒョンの話になるのですが、以前よりその人の作品のファンであった、一緒に作業が出来てすごく光栄だと彼は話してくれています。
このヒョン(以降A氏とします)は2022年11月現在懲役3年を求刑されており、バンタンの楽曲を他にも数曲手掛けている人物です。これに起因して事あるごとに不買運動が起こったり事務所に対して抗議する人が現れたりしているようです。
A氏の件に関わらず「表現者の罪」と「その作品」との関係性について私もずっと考えてきた事があったのですが、この "134340" をこの話題に触れるための入り口にすることにしました。
(中にはこれを良しと思わない方も必ずいらっしゃると思いますがご容赦下さい)
何故今回その気になったかというと、結局、「変わってしまったのは何なのか」を考えるのにとてもいい入り口だと思ったからです。
私の考えから先に申し上げると、「表現者の罪」と「その作品」の間には、切ってはならない繋がりと、切り離すべき繋がりの両方が備わっているのだと思っています。
つまりどっちやねん、とツッコミたくなるお気持ちはお察しします。でも、その罪に関わっている当事者でない限りは、即刻そのどちらかを選ばざるをえない状況には決してならないし、どちらを選んでも正解も間違いもないのだと思っています。
もしある作品が罪を犯した表現者の〈罪〉そのもので成り立っているとするならば、それは作者共々作品ごと世界から排除されても仕方がないのではないかと思いますし、一方、作品が〈罪〉とは関わりのないところで生まれ、作品自体からも〈罪〉を感じないと受け手が思うことができれば、表現者と作品は切り離されて然るべきかと思います。
私は、表現することに自由があるように、表現を受け取ることにも自由はあるのだと思います。
それまで名曲だと思って聴いていた楽曲だったのに、罪人の作った曲だと聞いてからは何の魅力も感じなくなってしまった。音楽に限らず、絵画、映像、舞台…様々な芸術作品に触れ続けていると、そんな境界線が頭の中に突然引かれる瞬間が訪れることがあります。
そんな局面でも忘れたくないと私が思うのは、〈変化〉があったのはそこにある芸術ではなく、自分自身であるということです。
裏を返せば、芸術家の〈罪〉が許せないと思って受け入れ難いと感じた「作品」を拒絶した後、心境に変化が訪れてまた受け入れることが可能になることもあり得る、ということなのです。そしてそれ自体もまた許容されていいことではないかと。
私がA氏の件で実際にリアルタイムで目にした抗議運動は「Proof」の収録曲の件についてで、その後調べていくうちにLAコンの時も選曲に対して抗議があったことなどを知りました。
抗議をすること自体は拒絶する自由を行使しているということになると思うのですが、その過程で「事務所に説明を求める」という動きがあった点については疑問を感じています。
なぜなら、そういった問題を抱えている作品をあえて選曲してアルバムやコンサートに収めるという選択をした時点で、そこには必ず演者としての確固たる〈理由〉があるのだと思うからです。
そしてその〈理由〉こそが、ARMYに作品を届けようとして作業をしていたその当時の気持ちそのものであり、今もそれに変化はないのだと言いたいのではないかと思います。
彼らが楽曲で伝えようとしているメッセージと、変わらない本人たちの心に触れれば、それ以上の説明は要らないのではないかと私は思います。
例え誰かの〈罪〉とは無縁な作品であっても、受け取る人によってその解釈の仕方には無限の違いがありますし、ましてや罪と関わりがある人の作品を受け入れるか否かについての考え方は千差万別かと思います。この私の考え方も誰かの嫌悪感の引き金になっている可能性があるとは自覚しています。
それでも訴えたいのは、罪を許す許さないとは別の次元で、変わったのは相手ではなく自分なのかもしれない、と考える一瞬を設けてみてはどうか、ということです。
☆
「大事なのは変わってくこと、変わらずにいること」
という歌詞を書いた人の楽曲が中学生の頃大、大、大好きで、今でも好きです。
〈変化〉に対しての許容力をもっとつけてみたいなと感じた次第でした。
最後までお付き合い下さり、ありがとうございました。
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