あの日あの時、本気で言ってくれたあの人へ

「ねだってばっかいるんじゃねぇ!」

この言葉は僕に突き刺さった。

深く、深く、心の奥底までずっぷりと。

だが、それを言われてもあまり不快には思わなかったし、ましてや腹が立つこともなかった。

むしろ痛いほど現実を突きつけられたことに納得すらしていた。

そう、これが現実。

それにこの現実を作り出したのは、他でもない自分自身なのだから・・・。


ことの発端は11月25日の朝、すなわち今朝のことだ。

僕が学校をサボってしまったことから始まる。

「行ってきます・・・」

時刻は午前7時40分、いつもの登校する時刻。

「いってらっしゃい、気をつけてね」

そう声をかけてくれる母の声を背に、僕は家を出た。

しかし、僕がとった道は通学路とは真逆の方向。

「・・・さっきの『行ってきます』はどこに行くためのものだったんだろう・・・」

もちろん、後悔の念はあった。

きっとこのことがバレたときには、親や教員にも迷惑がかかるだろう。

それにもう高校生なのだ、いい加減自分で自分を律しなければならない年だということも十分自覚している。

それなのに・・・。

僕はどうしても行けなかった。

学校のことを考えると腹痛がして、身体的にも精神的にもボロボロだった。

そんな状態で向かった先は碧葉神社という、さびれた神社だった。


『神社』と呼んだが実際は廃屋のようで、唯一それが神社たらしめるものは壊れかけた鳥居とその足元に立てかけるように置いてある看板のみだった。

自ら意識してここにきたわけではない。

強いて言うなら『体が勝手に引き寄せられた』とでも言うべきなのだろうか。

ともかく、僕はその廃墟を訪れた。

時刻は午前10時35分。

学校では3時間目が始まった頃だ。

そろそろ担任が不審がってもおかしくない時間だろう。なにせ連絡も入れていないのだから。

もしかしたら、すでに家に連絡がいっているかもしれない。

「・・・今からでも学校へ行こうかな」

本心からじゃない。

ただ怖かったから。

親や担任、同級生、部活の後輩・先輩。

様々な人から注目されるのが嫌だから。

悪いことで目立つなんて、なおさら、嫌だ。

でも。

今の自分が登校しても果たしてやっていけるのか?

・・・。

答えは、ない。

答えなんか、出てたらどんなに楽か。

「誰か・・助けて欲しい・・・なぁ」

日頃思っていたことがポロリと落ちる。

まるでコップのふちギリギリまで入れていた水がゆっくり流れるように。

それは、誰かに聞き届けられるなんて微塵も思っていない悲鳴の声。

本人ですら、誰かに向けていった自覚はなかった救難信号。

しかし、その信号はちゃんと届いていたらしい。

「ったく。甘えたことばっか抜かしてんじゃねーぞ、ガキ」

まぁ、このセリフからはまるっきり分からなかったが。


声の方を振り返ってみると、鳥居にもたれかかっている女性が1人いた。

その人の見た目は20代くらいと思われ、服装は上下ともにジャージ姿、髪の毛は後ろで無造作に1本にくくり、手には短いタバコを持っていた。

「あなた、急に何なんですか」

「ん?そうだなぁ、じゃあ『タバコの火をもらいにきた』ってのはダメか?」

「・・学ラン着てる生徒に聞きますか、それ。白々しい・・・」

「まぁそーカッカすんなってー。こっちは別に煽りに来てるとかいうわけでもないんだしさー」

「・・・」

移動しよう。

こんな変な人に付き合っているだけ時間が無駄だ。

そう感じて腰を上げた時。

「次はどこに行く?本屋か?」

この言葉が引き金となった。

溜まりに溜まった思いが決壊し始める瞬間でもあった。

「・・お前に何が分かるんだよ!何より赤の他人じゃねえか!ほっといてくれよ!第一、何なんだよ何で行く場所を聞く必要があるんだよ!」

「だってこの時間は学校があるのが普通だろ?それに行かずにこんなところにいればサボりって一発で分かるさ」

「だから何なんだよ!分かってどうするのさ!?」

「さあ?私はこれ以上どうもしないさ」

「じゃあ!だから何で聞いてきたかを聞いてるnーー」

「あのさぁ」

「何!?」

「いちいち全部、理由を私や他人に求める訳?」

「はぁ?」

「この件だけじゃねぇ。その感じからじゃあ、今まででも他人に頼りきってたんじゃねぇか?」

「・・そんなの、何を根拠に言ってるんdーー」

「雰囲気だ。『そんな非科学的なーー』とか文句垂れるのは好きじゃねぇからこの際ハッキリ言ってやる。今までで自分で考えて動いたこととかあんのかよ?あるなら言ってみな?聞いてやるから」

「・・・」

「なんでもいいんだぜ?『どの高校に行くか』とか『どの部活を選ぶか』とか。色々あるだろ?」

確かに色々ある。

つまりは選択肢を迫られる場面で、どうゆう風に自分が行動したかを聞きたいんだろ?

分かってる。

あんたが聞きたいことは分かってるさ。

でもーー。

「なんだ、やっぱ言えねえのか。思ったとーりだなー」

「・・・」

言えない。

言いたくても言えない。

だって。

だってだってーー。

「つまりお前は自分で決めることから逃げてんだ。小さなことから重大なことまで全部」

そして。

「行動する理由を他人にねだってばっかいるんじゃねぇ!」

僕は、こうして現実を突きつけられた。


出来るだけ他人の目につきたくない僕にとって、自分の欠点をあらわにされるこの瞬間が苦痛で仕方なかった。

それはもう、涙が溢れてくるほど。

気づけば視界がぼやけてた。

「・・だって」

「ん?」

「だって、仕方ないじゃねぇか!自分で何か決めて動こうとしても周りよりいつも遅いし、仮に動いたとしても周りに『まだそんなことやってるの?』って馬鹿にされるし。そうやってオロオロしてるうちに他の人が勝手に物事を進めちまうし。挙げ句の果てには、そんな状態の自分は大嫌いだし・・。・・・もう・・どうすりゃいいんだよ・・」

「なるほどなぁ」

「・・何が分かったんだよ」

「それはな、お前の性格について、かな」

「は?それと今の話となんの関係があるんだよ?」

「んーとな、つまりお前は他人のことを気にかけすぎてんじゃねぇか?

例えばだな、他人から提案された意見を何の疑問もなく信じるとか。

誘われたら断れないとか。思い当たる節もあるんじゃないか?」

「っ・・・」

ある。

ありまくりだよ・・まったく。

以前から人付き合いで悩んでいて、誘いを断ったら相手に悪いと思ってしまい、中々断れなかったりしていたのがいい例だろう。

「・・あります」

「だろ?そういうのってな、ぶっちゃけ断ってもあまり悪く思われないもんだぜ。確かに大事な話の時とかは断り方に注意しなきゃいけないが、ちゃんとした物言いをしてりゃ問題になんか基本なんねぇ。それにもし、ちゃんと言ったのに『私の誘いを断るの?』的なことになっても気にすんな。所詮それは自分中心にしか思ってない奴だからな。そんなんに振り回される必要なんかないぜ。

あ、それにな、周りよりも行動が遅いって言ってたけど、あれも気にすんな!人の成長なんて個人差がアホほどあるんだ。気にし出したらキリないぜ?OK?」

「はい・・」

「っああもぉぉ、はっきりしないやつだな!いいか?!この際キッパリ言ってやる!

自分を見失うな!成長なんて遅くてもいい。だってゆっくりでも『進んでる』ってことには変わりねぇだろ!?その代わり止まるな。止まっちゃ全部が動かなくなる。

もしな、努力しててもまだ馬鹿にしてくる奴がいたら内心笑っとけ!『そんなこと言ってたら追い抜いちまうぜ』ってくらいに構えとけ!」

呆気にとられた。

長い間抱えていた悩みが、嘘のように消えてゆく。

僕の悩みが軽かったのか、それともこの人の説明がうまかったのか、今となっては分からなかった。

少なくとも言えるのは、この人が今までの誰よりも自分の話を真剣に聞いてくれて、真剣に怒ってくれたということだ。

それが、今の僕にはこれ以上にないくらい嬉しかった。

「・・なんでそんな親身になってくれるんですか。僕らまだ会って間もないのに・・。大抵の人は僕が悩みを言ってる途中で『面倒臭い奴だ』って言って切り上げるのに・・」

「それはな・・」

「何でしょう・・?」

「気まぐれかも知れんな!ハハハ!」

「えぇぇ・・」

「ま、そう気を落としなさんなって!別にやることなすこと全部に深い意味がなけりゃいけないってことはないんだぜ?」

「確かにそうですけど・・」

「それでもあえて理由付けするとしたらぁ、そうだなぁ、『それが仕事だったから』かな!」

「変わった仕事もあるもんですね・・アハハハ」

「だろだろ?こんな仕事、私だってあんま聞かねえよ!ハハハ!

でもなぁ、こんな広い世の中にゃこんな変わった仕事もあるんだ。いつかお前さんにもピッタリのものが見つかるさ」

「そうですね、僕もそう思うようになりました」

なんて変わった人なんだろう。

普通、会ってすぐの人間にこんなズバズバものを言ってその上フォローとかしない。

「あのっ」

「なんだい?」

「僕今から、学校、行きます。今からだとお昼すぎちゃうかも知れないけど、それでも逃げてたら何も始まらないんで・・」

「お、決まったかい?」

「はいっ」

「りょーかい。じゃ、もう大丈夫だな?」

「ええ!」

「ふふ、それを聞いて安心したぜ」

涙を拭いて顔を上げ、感謝の気持ちを伝えようとした。

しかし。

「え?」

そこに彼女の姿はなかった。

神社の外は一本道なので、すぐに隠れることはできない。

完全に神隠し状態だった。

「・・まだ『ありがとう』も言ってなかったのになぁ」

さっきまであれほど腹を割って話したのに、結局挨拶はおろか名前さえも聞いていなかった事実に初めて気がつく。

どこか寂しげな気持ちで心が充満してきた時。

背後から微かな物音が聞こえ、何事かと思い振り替えると、一つのお守りが落ちていた。

その意味に気づいた僕はふっと微笑み

「そういうことなら最初から言ってくださいよ・・もう・・しょうがない人だなぁ」

こう呟いた。

誰か向けて言った訳ではない。

ただ独り言のようにでた言葉だ。

でも。

もし。

もしどこかで聞いてくれていたならば。

いや、きっとどこかで聞いていてくれていると信じて発した言葉でもあった。

歩きながら僕は思った。

おそらく僕は大幅に遅刻したことにより、担任から何かしら注意され、教室に入る時にはあの一斉に注目される独特な雰囲気を味わうことになるだろう。

これで完全に解決した訳ではなく、きっと将来、また何かしらに心が折れそうになる時がくるだろう。

でも僕はそれらに、なんとか立ち向かっていける気がした。

それに理由は特に深い意味はなかった。

ではなぜかって?

あえていうならーー。

手の中にある、所々破れ灰を少し被ったお守りを見ながら思う。

「1人じゃないから、かな」

鳥居の前で振り返り、拝殿に向かいお辞儀をする。

「ありがとうございました」

長い言葉はいらない。

この短い言葉が全てを語っているのだから。

僕は再び歩き始める。

目的地は高校。












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