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わたしの研究 母の一生

それってもしかして海外駐在でうつになってしまう人とかの役立つかもしれないね

日本人同士のゆるい飲みの席で、わたしが修論でベルギー、ルーヴェン近郊に住む日本人女性がどのように困難を乗り越えてグッドライフを手に入れているのかを書きたいと話した時に、ベルギーに長く住む友人から言われた言葉だ。グッドライフはウェルビーイング、生きがいや生きる楽しみといった曖昧なテーマであり、なかなか形にするのが難しい。もっとわかりやすく絞れるテーマにしてもいいのだが、わたしが興味があるものは内省的で言葉にするのが難しいもの。今まで書きやすさでエッセイのテーマを選んできたが、修論はやはり評価されなくても自分のやりたいことをやりたい。

友人はボードゲームやパズルに日本人グループで取り組んでおり永住組や駐在組問わず楽しく交流しているようだ。そんな彼女から言われた一言で気づく。そうだ、わたしは精神疾患に興味がある。もちろん医学的な研究ではないので、精神疾患がどう生まれどう治癒するかを追求することはできない。ただわたし達が置かれた状況が、社会的、文化的環境が精神にいかに影響を及ぼすことがあるのかを知りたいのかも。多分それはわたしの母がうつ病を患っているから。どうして母は苦しまなくてはならなかったのか。ずっと目を背けていた現実に少しずつ向き合い始める。

母は公務員の両親のもと一人っ子として生まれ恥ずかしがり屋ながらも学級委員を務めたり成績はそれなりに優秀で、地元の女子大を出て祖母と同じ小学校教員になった。本人は眠そうな顔と自称しているが、柔らかな二重瞼に色白でおっとりしている母は、子ども時代からもてたらしく肖像画の授業で男の子たちがみな母の顔を書いていたり、休んだ日にはたくさんの男の子たちがお見舞いに来たりしたそうだ。ちなみに父の浅黒い肌に奇跡的に両親の二重まぶたを受け継がなかったわたしは、雰囲気は母に似ているものの気の強い物言いもあいまって全くちがったスクールライフを送っている。つまりもてなかった。

同期として別の小学校に赴任した11歳年上の父と出会い結婚。仕事は1年で退職し、兄私妹と3人の子どもに恵まれ母方の祖父母と育った家で7人で暮した。父は気性が激しく扱いずらいところもあるが、ギャンブルや女遊びをすることはなく酒を少々飲みすぎるくらいでまあ平凡な家庭生活であったと思う。兄の受験の失敗から家族は母は少しずつ壊れていく。専業主婦として充実して忙しい日々を過ごしていたのに、周りの主婦のようにパートに出ていないことに罪悪感を覚え、教員資格を使って小学校でバイトを始めたのはいつだったか。同僚の教員に冷たくされたと、大きくなったわたしと祖母がくつろいでいた居間で突然泣き崩れた。

仕事を辞めてもいいですか。。。

母の権幕にただただ茫然としたわたし達は返す言葉もなく、もちろん辞めていいよと慰めるだけだった。既に大きい子どももいる母が祖母の許可をとる必要もないのに、と不思議に思ったのだが。祖母は気が強くなにかと母の名前を呼び支配はしていなかったが距離が近かった。教員を経験してきた祖母はモラル意識が強く母を傷つけるようなことはなかったが、いつも正しい道をといて母を導くべき奮闘していた。ちなみにわたしはこの祖母に似ている。

今思えばあの段階で精神科に行っていれば何か変わっていたのかもしれない。母の態度が精神的に不安定だと、まだ幼いわたしは気づけなかった。母はゆっくりと少しずつ壊れていった。イギリス留学を終えた段階で帰国を余儀なくされ、実家に戻ってからは母の通院に付き添った。母の運転でいくのだが1人では行けなかったそうだ。それから良くはなり、また最近悪化して今は良くなっているようだ。

母は世間が求める女性像、母親像として、それに疑問を持たず生きてきた人だ。自分勝手な欲はなく、家族のためにひたすら自分を与えてきた。鬱は脳の構造によるものだとか、生物学的な要因はあるのだろう。兄のことや家庭環境も要因の一つではある。しかしながら社会的、文化的な環境もまた、彼女に女性としての生き方をとき母を苦しめたのではないか。決して抗おうともせずどこまでも全うしようとしただけなのに。

絶対母のような専業主婦にならないと誓っていたわたしも、時がたち同じ26歳で結婚し、同じ男の子と2人の女の子を出産し専業主婦のような生活をしている。今は以前よりもっと母のことを考えるようになった。あの時母は少しでも幸せだったのだろうか、日本という国にある小さな町で。グッドライフを見つけられたのだろうか。

私の人生ってなんなんですかね。親の敷いたレールを歩かされた結果がこの有様ですよ。誰が責任取ってくれるんですかね。この年になってもやりたいこともわかんないし。私、いいんですかね?これで。

『すいか』第9話

追伸:親子でよく見ていた大好きなドラマ『すいか』から。このセリフに母はいたく共感したようです。スイさんのnoteからセリフお借りしました。

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