『風の谷のナウシカ』公開40周年(その2 ビデオグラム編)
ビデオグラム化の歴史 ~ホームビデオ化は異常に早かった~
『風の谷のナウシカ』の初ビデオ化は、映画公開からどれぐらい経ってからか覚えている人はいるだろうか? 封切りから半年後ぐらい……いや、1年後か?
ここにビデオ発売告知のチラシがある。映画は3月11日にロードショー公開され、ビデオカセットは3月21日に、レーザーディスクは4月25日に発売。映画公開から10日後には自宅のビデオデッキで観られたのだ。
人気アニメ映画は何か月でも上映し続け、入場者特典で延々と稼ぐ今の目では信じられない超スピードで商品化されていたのである。角川映画が上映館でその作品のビデオソフトを販売する商法も、影響を与えたのかもしれない。ただし80年代はまだまだ家庭用ビデオテッキが高価で、一家に一台…とは言い難い贅沢品であった。余談だが『ナウシカ』はレーザーディスクと同日にVHDも同じ定価で発売されている。LDに敗れた短命なメディアだったが……。
1984年3月、初めて世に出たビデオソフトは、原作第1巻の表紙イラストをあしらった紙製パッケージ。わざわざ”完全収録版”と銘打っているのは、80年代のビデオソフトはテープの尺に合わせてか、本編を短く編集した商品が割とあったから。もっとも本作は最初から120分以下の作品なので短縮編集する必要もないのだが。
ビデオカセットから1ヵ月ほど遅れてビデオディスクも発売された。ジャケットは原作コミックスの付録ポスターから流用(本来横長のイラストの左右をトリミングしている)。ジャケット左下のLDマークが懐かしい。
やがて『天空の城ラピュタ』製作のためにスタジオジブリが設立され、ジブリ映画が定期的に公開される。キャラクター人気の視点から誤認されがちだが、ジブリ映画で初の大ヒットを飛ばしたのは『となりのトトロ』ではなく『魔女の宅急便』である。『~宅急便』のヒットによるジブリブランドの確立と、同社の看板作家・宮崎駿の知名度を武器に、徳間コミュニケーションズは”アニメージュビデオ”のレーベルで、1993年に歴代ジブリ映画のソフトをまとめて商品化。この時に『ナウシカ』は2度目のビデオカセットが発売される。ビデオレンタル店にも卸すため、傷みやすい紙パッケージではなく、プラケースの外側に紙ジャケットを巻くタイプになった。
ラインナップは写真の通り。商品化されたばかりの『海がきこえる』も含め、レンタル店向けのPOPには、宮崎、高畑両名と並んで望月智充を大きくフィーチャーしている。
ジャケットイラストは初ビデオ化の際の絵を流用しているが、タイトルの位置と大きさを変え、ロゴの文字も赤から青に変更。ジャケットを見ても分かるように、この頃はまだ「高畑勲プロデュース、宮崎駿監督作品」とアピールしているだけで、商品上ではジブリ映画だよとは一言も言ってない。とはいえ、レンタル店の棚での見栄えを良くするためか、他のジブリ映画と統一されたデザインで商品化している上に、ジブリ ビデオグラフィーのトップに収まっているため、パッと見た目はジブリの仲間にも感じる。
「ジブリがいっぱい」によってジブリ組に編入
1996年8月には、「スタジオジブリ10年の集大成」と称したレーザーディスク12枚組の「ジブリがいっぱい -スタジオジブリ作品LD全集-」が徳間ジャパンコミュニケーションズより発売。
『ナウシカ』から『耳をすませば』の長編10作品に、特典ディスク2枚を加え、定価は何と! 税込98,000円(ほぼ10万円)。封入の解説書には大友克洋、庵野秀明、ジョン・ラセター、黒澤明の寄稿があり(特典ディスクに黒澤と宮崎の対談も収録)、この時すでにジブリが世界的な知名度になっていたのが伺える。この商品の注目ポイントは「ジブリ10年」と謳っている点で、1986年公開の『天空の城ラピュタ』を起点としていること。つまりセットの中に含まれているものの、本LD-BOXで『ナウシカ』はまだジブリ映画にカウントしていないのだ(そりゃそーだ)。
『ナウシカ』も含め全作品、ジャケットデザインは新規のアニメタッチの版権画になっている。それぞれのジャケットの絵柄は上のポスターにある通りで、飛行能力(専用飛行艇)を持つキャラたちは皆、空を飛んでいる。
「あっ、どうも。ジブリの方から来たナウシカです」
『トイ・ストーリー』のヒットで世界的に有名になったピクサーのジョン・ラセター監督がジブリ映画を絶賛し、ジブリ側もラセターと良い関係が築けてディズニーと縁が出来たのが契機となり、ディズニーのホームビデオ部門であるブエナビスタから3度目のビデオソフト化の機会が巡ってくる。1997年夏にパッケージデザインを統一し、「ジブリがいっぱいコレクション」と題したロゴをジャケットに入れたものを続々とラインナップ。「ジブリがいっぱい」という、今ではよく見かけるフレーズは前年発売のLD-BOXから命名されたものかも。90年代のビデオロゴは、『となりのトトロ』主題歌「さんぽ」のメロディに合わせて歩くメイのアニメーションだが、00年代に入ってから『火垂るの墓』の節子が敬礼する姿にリニューアルされた。
メイが歩いてくるサウンドロゴは、かなり長期にわたって使われたので、幼少期からビデオで馴染み深い人も多いのでは。
ビデオソフト「ジブリがいっぱいコレクション」シリーズ発足
90年末期~00年代辺りはLD、ビデオカセットからDVDへ、レコードからCDへといったアナログ→デジタルメディアの過度期で、映画マニアは徐々にDVDに手を伸ばし始めていたが、家庭で気軽に視聴できるメディアとして、まだまだVHSの力は根強かったのだ。「ジブリがいっぱいコレクション」は、前述のアニメージュビデオのシリーズで既に商品化された映画もラインナップに含まれているが、「ハイビジョン・デジタルニューマスター収録」「新価格4,500円」「完全保存版」と、これでもか! と言わんばかりのセールスポイントをアピールして、アニメージュビデオとの違いを見せつけた。実際、映画のビデオソフトが1万2千~1万5千円台だった時代を経て、4,500円で『ナウシカ』を自宅に置けるというのは、小さい子を持つ親御さんにとって非常に魅力的だった。しかも『となりのトトロ』や『天空の城ラピュタ』『魔女の宅急便』も同じデザイン、同じシリーズで発売されて行くなら、この機会に全部コレクションしようと考えた人も多かったはずだ。しかしこの廉価版ソフトのラインナップをもって、幅広い層に『ナウシカ』はスタジオジブリ制作のアニメ映画と誤認されるようになった。その意味ではちょっと罪深いビデオ化でもある。
もっとも『ナウシカ』制作会社のトップクラフトはとっくに無くなっており、版権はジブリに移管されているので、現在ではもちろんジブリ一家の軒下に住んでいる奴には違いない。トップクラフトで生まれ育った女の子が、生家を離れて豪邸のジブリ家に入居したようなものだ。今までは「ジブリの方から来ました」と(”消防署の方から来ました”的な)、紛らわしい自己紹介をしていた子が、このビデオソフト化を機に名実ともに「ジブリから来ました」と名乗るようになったといえる。やがて『パンダコパンダ』『じゃりン子チエ』『カリオストロの城』『名探偵ホームズ』など、高畑と宮崎が関わっていれば東京ムービー作品でもお構いなしに「ジブリがいっぱいコレクション」にブチ込んでしまうほどブエナビスタは調子に乗って行くのだが、それはまた別のオハナシ。
それはさておき、「ジブリがいっぱいコレクション」シリーズで『ナウシカ』は第3巻になっている。ラインナップ第1巻は『となりのトトロ』、第2巻『耳をすませば』、第4巻『魔女の宅急便』、第5巻『火垂るの墓』、第6巻『天空の城ラピュタ』、第7巻『平成狸合戦ぽんぽこ』、第8巻『紅の豚』、第9巻『おもひでぽろぽろ』、第10巻『海がきこえる』、第11巻『ホーホケキョ となりの山田くん』というナンバリング。公開年度順でもない不思議な並べ方だった。短編『On Your Mark』は同じデザインのパッケージに「ジブリ実験劇場」と題して税別2,700円で発売した(収録時間が短いので)。当時最新作だった『もののけ姫』は、通しナンバーなしで紙製の外箱に入った特殊パッケージ。このあとに公開、ソフト化された『千と千尋の神隠し』も通しナンバーなしで、最初から4,500円の低価格で発売。しかし映像が全体的に赤っぽいと、購入者の間で悪評のソフトであった。
『ナウシカ』DVD化にあたり、SMAPの香取慎吾を宣伝に起用
前段に書いたように、家庭用ビデオメディアは徐々にDVDに侵食されつつあった。LDは解説書が大きくて見応えはあるものの、大きい、重い、集まるとかさばる、など保管の弱点もあり、取り回しが簡便なDVDは魅力的だったのだ。いつ頃、ソフト市場がLD、ビデオカセットからDVDに転じたか――は諸説あるが、2000年発売のキアヌ主演作『マトリックス』が転換期というのが定説だ。ブエナビスタも2003年に初めて『ナウシカ』をDVD化。11月の発売に向けて、SMAPメンバー(当時)の香取慎吾をCMキャラクターに起用して、テレビスポットをバンバン流し始めた。
「僕が、小学校に入学した年に生まれた映画。それは僕の宝物になった」
国民的アイドルSMAPの香取くんも大好きな映画、というプロモーションでDVDを宣伝しようと誰が言い出したのかは知らないが、上手い手だ。
「風の谷のナウシカ…」という控えめな短いタイトルコールも、わざわざこの一言のために島本須美を呼んできている凝りよう。もうVHSで充分稼いだだろうに、新メディアのDVDでまたグッと売り上げようという商魂と気概を感じる。
『ナウシカ』初のデジタルソフトであるDVDは、税別4,700円で2003年11月リリース。DISC-1は本編ディスク、DISC-2は絵コンテ収録の特典ディスクという2枚組仕様は「ジブリがいっぱいコレクション」DVDの基本スペックとなって行く。
購入者への外付け特典で、鳥の人の絵をあしらった布製ポーチが作られた。思えば1984年の初ビデオ化の際にも、ビデオを持ち歩けるポーチが購入特典だった。
本編ディスクに入っている庵野秀明オーディオコメンタリーは、2010年発売のBlu-rayにも移植されているが、ムチャクチャに面白いのでファン必聴。
HDマスターを使った廉価版DVDが発売
ところで『ナウシカ』のDVDはパッケージ違いで2種類存在している。2003年の初リリースの物と、宮崎駿の引退記念作(と、当時は思われていた)『風立ちぬ』のソフトリリースに先駆けた。2014年の全ジブリ映画の廉価版発売時の物だ。初DVD化の時とは異なり、廉価版DVDはブエナビスタでのVHS化と同じデザインに戻されている。この廉価版発売時に、『ラピュタ』『トトロ』や『もののけ姫』など、既にDVDで発売済だったタイトルも総て「最新HDマスターを使用したデジタルリマスター版DVD!!」と宣伝され、前のDVDとは別マスターであるかのように書かれている。それは『千と千尋の神隠し』のDVDで証明され、02年発売のDVDでは「画面の色調が全体的に赤い」と批判を受けた映像が、14年のデジタルリマスター版DVDでは、現在の地上波放送に近い正常な色あいに変わったのだ。02年の『千と千尋』発売当時は、ジブリの鈴木Pが「赤っぽいと言われてるがDVDは正しい色味です」で押し通したのに、そりゃないぜベイビーって話。なので『ナウシカ』も、ただの廉価版ではなくニューマスターなのでしょう。
『名探偵ホームズ』のこと(ビデオグラム編)
ナウシカといえば、公開当時の併映作『名探偵ホームズ』。宮崎駿が手がけたテレコム制作のシリーズ6話分は、84年11月に各巻2話収録の全3巻でアニメージュビデオでソフト化された。第1巻は『青い紅玉』と『小さな依頼人』、第2巻は『ミセス・ハドソン人質事件』と『ドーバーの白い崖』、第3巻は『ソベリン金貨の行方』、『海底の財宝』を収録。パッケージはアニメ版権画ではなく、宮崎駿のイメージボードを使っていた。
…で、肝心の84年劇場公開版は永らく商品化されないまま、その意味では幻のアニメとなっていたのだが、映画公開から7年も経った1991年に徳間ジャパンコミュニケーションズが「『風の谷のナウシカ』と同時上映された幻の傑作!!」と宣伝して『名探偵ホームズ 劇場版』のタイトルでLDとVHSをようやく発売。予約用フライヤーに「ホームズの声がちがいます。オリジナルは劇場版!!」と書いていた。まるで劇場版の方こそ本家とでも言いたげで、そりゃテレビシリーズのホームズ役・広川太一郎に失礼じゃないか? と思ったものだ。待望の劇場版ソフト化、声優の違いで売り込みたかったのだろうが、ちょっと言葉を選べよな……。
劇場版VHSのパッケージ自体は、セピアカラーでとても上品なジャケットデザインだった。『ナウシカ』のVHSが封切りから10日後に発売されたのとは、えらい差があるのだが、何か権利上の問題をクリアするのに時間を要した…みたいな事情でもあったのだろうか? 後にブエナビスタが「ジブリがいっぱいコレクション」を発足した際、『劇場版 名探偵ホームズ』のタイトルで2度目のVHSソフトが発売されたが、冒険活劇を強調した面白みのないジャケットであった(子どもにはブエナビスタ版の方が受けが良さそうだが…)。
…と、そんなわけで、今や「金曜ロードショー」の風物詩になっている『風の谷のナウシカ』ビデオグラムの歴史を辿った。日テレで『ナウシカ』を放送した時、裏番組だったテレビ朝日のドラマ『トリック2』で「なんどめだ ナウシカ」という習字を子どもに書かせてネタにしていたのは、知る人ぞ知るギャグ。まさしく「何度目だよ」というテレビ放送でもまた観てしまう。そんな麻薬のような、そんな覚せい剤のような、そんなヤクルトみたいな映画が『風の谷のナウシカ』なのだ。
記事出典
■ロマンアルバム『風の谷のナウシカ』GUID BOOK
©1984 Studio Ghibli・H