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現在、文部科学省は、コロナ感染の不安から登校せずにオンラインで授業に参加した子どもの学習参加を「出席」とは認めず、「出席停止」とした上で備考欄に「オンラインを活用した特例の授業」と記すという方針を示している。
一方で、文部科学省はこれより前の2019年に「 不登校児童生徒が自宅においてICT等を活用した学習活動を行った場合の指導要録上の出欠の取扱いについて」という通知を発出し、一定の条件の中でオンライン授業を行なった場合、その学習参加を「出席」と認める方針も出している。

そもそも「出席」とは何か。僕がかつて勤務していた学校の校区には大きな温泉旅館があり、旅芸人の一座がやってくると、その小学生を受け入れていた。その子らは、地元の子どもらと一緒に登校し、1時限目の授業を受けるか受けないかの時間に下校した。それでも記録上は「出席」となる。

授業を受けなくても学校に足を運べば「出席」
不登校でない子がオンラインで授業を受ければ「出席停止」
不登校の子がオンラインで授業を受ければ「出席」

整合性はまったくない。

このような中、経済産業省が2021年3月に「不登校児童生徒を対象とした ICTを用いた在宅学習における出席・学習評価のガイドライン」を発出している。
なぜ経済産業省なのか。ガイドラインの前書きにはこうある。

ICTを用いた在宅学習の出席や学習評価については、令和元年に文部科学省より「不登校児童生徒が自宅においてICT等を活用した学習活動を行った場合の指導要録上の出欠の取扱いについて」と題する通知(別記)が出されている。この通知では、一定の要件を満たした場合に校長の判断で出席扱いにすること及びその成果を評価に反映することができるものとされている。文部科学省は出席扱いや学習評価の基準は各自治体や学校において策定することを求めているため、どのような活動をどの程度行えば、在籍校で出席扱いにできるのかといった具体的な基準は示されていない。
そこで、不登校児童生徒がICTを用いた在宅学習を行った際に、在籍校の校長が出席扱いをし、その成果を学習評価に反映するための拠り所となるガイドラインを作ることにした。このガイドラインを一般に公開することで、学校、児童生徒、保護者が共通認識をもつことが可能になり、ひいては不登校児童生徒の学習や自立に向けた取組を促進できると期待している。

不登校児童生徒を対象とした ICTを用いた在宅学習における出席・学習評価のガイドライン

「文部科学省がやらないから経済産業省がやります」というスタンスのようだが、こんな他人の家に土足で上がるようなことが政府内で行われていることに驚かされる。全国の子どもたちに1年もかからずタブレットが配付されたのも「学びを止めるな」と叫ぶ経済産業省の強い後押しがあったからだ。

今後、教室では、WEBカメラやタブレットを通して、授業の様子が不登校の子どもたちに配信される動きが加速するだろう。

「授業は家でも受けられる」
この認識を子どもがもつことは学校関係者には大きな脅威だ。
すでに大学ではベッドに寝転びながらビデオをオフにして授業を受ける学生の存在に教授らが頭を抱えている。

現在、小学校における不登校の割合は、小学校で1.0%、中学校で4.1%であり、年々増加している。特にコロナで増加の傾向が強まり、僕の知るある中学校では、「各クラスに5、6人」「学校全体で1クラス分」という恐るべき状況となっている。不登校の多くはコロナ休校での生活の乱れやネット依存・ゲーム依存によるものだという。また別の中学校では、このような不登校の子らに、教室からの授業配信を行なったが、教員側のモニターに不登校の生徒が接続してくることは稀だという。
しかし、不登校の子らと、教室がオンラインで接続されることは、「別の子ら」には福音である。それは登校しながらも「学校に行きたくない」と感じている子らである。

2018年の日本財団の「不登校傾向にある子どもの調査」によれば、不登校傾向にある中学生の割合は、全体の10%(不登校と合わせると13%)である。「不登校傾向」とは、1週間以上の欠席、保健室等登校、教室にはいるが学習に参加することが少ない子、心の中で辛さを抱えていたりする子らである。この数字はおそらくコロナでさらに増加しているだろう。

これらの子らは、「現行ルール」では、学校を休む正当な理由がないのにオンラインで授業を受ければ「出席停止」である。しかし、自分は学校に行くのが辛いと宣言し、欠席を重ね、不登校であると認められた上でオンラインの授業を受ければ「出席」となる。
このルールが周知されれば、一定数の子らが「不登校」を選択することになるだろう。
教室の真ん中にはWEBカメラとタブレットが常設され、子どもがいない席が点在するという光景が普通になる。

「学校で授業を受ける」「家で授業を受ける」という選択は、多様性を認める社会の流れの中ではあっけなく受け入れられるだろう。
この流れが加速すれば、「現行ルール」はもはや意味がなくなる。
「今日は学校で勉強しよう」「明日は雨だから家でオンラインで勉強しよう」という自由が一般的になる。

学びの多様性がすすめば、学習する内容を子どもたちが選べるようにする「選択制」の導入が視野に入る。そもそも子どもたちには「教育を受ける権利」と「学問の自由」があり、子どもたちは学習する内容を選んでよい。それだと困る大人がそれを子どもたちに知らせていないだけだ。ネット社会ではそういう情報はたやすく子どもたちの耳に入る。自由になった子どもたちが意見表明をする。

「算数は家でタブレットで勉強しますから授業は受けません」
「社会科はYouTubeの◯◯先生の授業で受けます」
「理科は、大人になってから勉強します」
「体育のマットや鉄棒はやりますが、人と競うのは苦手なのでサッカーやドッジボールはしません」
「ピアノを習っているので音楽はやらなくても大丈夫です」

これらの子どもの声を否定する理由は多様性を認める社会では極めて見出しにくい。そして、その先にあるのは、公教育の瓦解である。文部科学省が不登校でない子どもたちのオンライン学習を「出席」と認めたくないのは無理もない。
そして、この流れを作っているのは経済産業省である。先の「不登校児童生徒を対象とした ICTを用いた在宅学習における出席・学習評価のガイドライン」には、次のようにある。

なお、本ガイドラインは、教室での授業を同時双方向で配信する場合ではなく、不登校児童生徒が民間事業者等の提供するICT教材等を用いて個別に学習する場合のガイドラインを示している。

「不登校児童生徒を対象とした ICTを用いた在宅学習における出席・学習評価のガイドライン」

つまり公教育の一部を民間事業者が行うことの門戸が開かれたのだ。このガイドラインには、民間のICT教材にログインすれば「出席」となることだけでなく、ICT教材の履修状況をもとに学校に評価をさせる丁寧な道筋までが示されている。
ガイドラインの入口は「不登校児童生徒」であるが、宣言すれば誰でも「不登校」になれる現行制度の中で、学校に行かない選択肢、学校の授業を受けない選択肢は大きく広がっていく。

文部科学省と経済産業省の水面下の棚引きにおいて、文部科学省に軍配が上がる見込みはゼロだろう。唯一、この流れを止められるとすればそれは学校である。
「みんな違ってみんないい」という言葉は封印し、同調圧力の中で「学校に来て授業を受けることが正しい選択だ」と子どもたちに言い聞かせるのだ。
「多様性」を尊重するということは、それぞれの特性や要求をベースに「折り合いをつけていく」という作業である。「勉強をしたくない」という子どもがいれば、保護者や教員が対話をしなければならない。それは粘り強さと時間を必要とするために、これまでの学校ではほとんど無視されてきた。
「8時までに登校する」「決められた授業は全て受ける」という画一性によって、学校は授業時間を確保し学力を守ってきたのだ。学校で学びの多様性を認めるということは学力とのトレードオフである。

そして、この先にあるのはさらなる学力格差の拡大である。
子どもの教育に関心の高い保護者は、学校での教育効果が弱いことを見抜けばICTの学習コンテンツを購入し、子どもに与えるだろう。一方で「勉強なんてしなくても生きていける」ことを学んでいる保護者の中には、子どもの「勉強しない自由」を最大限に認めてしまう可能性もある。
学力格差がさらなる格差社会を形成することは避けようのない事実であり、最終的には社会の分断さえ覚悟する必要がある。タブレットがもたらすのは社会の「激震」である。そんな議論がまったくないままにパンドラの箱は開けられてしまった。

一方で学びの多様性がもたらす恵みも無視できない。運動会の徒競走など、出たくない子は「出ない」と言えばよい。走る力は落ちるかもしれないが、自尊心は守られる。苦手を克服することに時間をかけずに、得意を伸ばすことが保障されれば、逆に不登校が減るのではないかとさえ思える。
学校現場における基本的人権の尊重、自主性や自立・自律、主体者意識など、これまで抑圧されてきたさまざまな側面に陽が当たる。これら、多様性がもたらす恵みは学力と引き換えにしても差し支えないと僕は思っている。(これについては第Ⅲ章で詳しく述べる)

明治時代に人間の均質化を目指して作られた学校制度という旧車のフレームに800馬力の最新エンジンをつけて走り出す準備はできた。これまで学校が直感的に恐れていた「多様性」への転換に向けてスタートするのだ。旧車のフレームが瓦解するのか、エンジンだけが空回りして1ミリも前に進まないのか。学校教育の重大な転換点が迫っている。

※執筆中の書籍の原稿の一部を引用して記事にしています。

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