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ショートショート「失恋美容室」

「失恋美容室って、知ってる?」

付き合ってちょうど一年、わたしの気持ちとは裏腹に「飽きた」のたった三文字で振られた。なんで?って聞いたら、「重い」と言われた。また三文字。それ以上は、何を聞いても返ってこなかった。無回答。三文字打つ手間も、もうもらえなかった。
しかもこのタイミングで梅雨入り。窓の外も心もじめじめで、なんにもやる気おきない。予定のない休日が、なんの意味もなく過ぎていく。ようするに、ダラダラしてるだけ。

あまりにうじうじしてたら「今のあんたにぴったりじゃん!行っておいでよ!」と幼なじみに半ば強引に予約され、しぶしぶ電車を乗り継いで髪を切りに来ている。
失恋したら髪を切る、なんてよくある話。だけど専用の美容室があるなんて知らなかった。
外観は、よくある白くておしゃれな美容室だけど。

「いらっしゃいませ〜」
「あの、友人の紹介で11時に予約した…、」
「はーい。えーっと、あ、那美さんのご紹介ですね。ご来店ありがとうございます。こちらどうぞ〜」

ここまで全然ふつう。

「今日はどうされます?」
「あの……ここって失恋したときの美容室なんですか?」
「……ああ!なんか、いつからかそんな感じに覚えてもらってるのよ」

もともとはショートカットが売りの美容室だったんだけどね、と笑う。片方の口元が上がる感じの笑顔がすごく可愛い。ここの店長さんだった。

「よく当たる宝くじ売り場ってあるじゃない?当たる当たるってみんなが買いに行くから、結果やっぱり当たりやすくなるっていうあれ。あんな感じに噂が噂を呼んで〜ってところかな」
「そうなんですね」
「よし、じゃあ今日はバッサリいっちゃう感じ?」

はい!となんか元気に答えて、雑誌をめくりながらイメージを決める。ふだんスタイリングは〜?とか、美容の話とか、休みの日何してますか〜?とか、めちゃくちゃふつうの美容室なんだけど、なんか話しやすくてたのしい。たのしいんだけど、ふと鏡を見たらリズムよく鳴るハサミに合わせて毛束が落ちていく。
ああ、なんであんな人好きになったんだろう。わたしが好きになる人は、だいたいあんな人ばかりだ。

「髪、すごく綺麗ですねぇ〜!うらやましいくらい」
「……恋人が、いや元か。髪にすごく気を遣う人で。同じシャンプーとか使ってたから」
「……そうなんですねぇ〜」
「髪の半分、いや10分の1でも、わたしに向いてくれたらよかったんですけどね」

あ、やばい。なんで?なんで?なんで?が止まらなくなる。さっきまであんなにたのしかったのに、泣きそう。情緒さんどこ。揺れてる場合じゃないの。

「もう少しかかるから、ちょっと休憩〜!温かいもの、飲まれますか?ハーブティーとか、オーガニックのそれっぽいの揃えてるの。ハチミツ入りもありますよ〜!」

ハチミツ入りのハーブティーはおいしかった。両手で抱えたカップがあたたかくて、ギリギリ涙は帰っていった。

「ささ、仕上げしていきますね〜」
「よろしくお願いします」

またリズミカルに鳴るハサミと落ちていく毛束。だんだん肩が軽くなる。もう、大丈夫な気がする。

「那美は、よく来るんですか?」
「そうね、常連さん。この間は一年ちょっと前だったかな」
「……そうなんだ」
「那美さん、いい子よねぇ。一途だし、真っすぐで。うん、完成!確認お願いしま〜す!」

そういえば、那美はずっとショートだ。いっつも話聞いてもらってばかりで、那美の話って聞いたことなかったな。

「どう?もう少し短くしておく?」
「いえ、大丈夫です」

前の大きい鏡、後ろを写す鏡。ぜんぶに写るわたしは、とっても軽い。なんだかやっぱり、これでほんとに大丈夫な気がした。

「うん、ばっちり〜!」

「あんな噂の美容室だから、次回予約はお願いしてないの。万が一また何かあったら、ご来店お待ちしております〜」
「ありがとうございます」

いたずらっぽく笑う店長さんは、やっぱり素敵な笑顔で見送ってくれた。
扉を出ると、久しぶりに雨が上がっている。

「髪切った〜」
「お、あそこよかったでしょ?」
「うん、めっちゃよかった」
「ふむふむ。だろうだろう」
「ねぇ、元気でたからなんかおいしいものたべにいこ。焼肉とか」

あれからお互い髪も伸びて、おかげさまで店長さんのお世話にはなっていない。
でも、今度結婚の報告しにいこうと思う。

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