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読書ノート#2 トマス・クック「夏草の記憶」

トマス・クックは僕の読書歴でオールタイム・ベストである「夜の記憶」を書く作家だが、今回はその話ではない。いずれ書くつもりだが。今回は夏草の記憶である。

勉強はできるが、陰キャで見栄っ張りで童貞の高校生ベンは、アメリカ南部の小さな街、チョクトーで暮らしていた。そこに、北部からケリーという美少女が転校してくる。教師に学校新聞作りを命ぜられたベンは、ケリーを仲間に入れて作業することになり、次第にふたりは仲を深めていくのだが……

物語は、大人になってチョクトーの医者となったベンが、過去を回想しながら進んでいく。ケリーに何か悲劇が起こったことがほのめかされていき、ページを進めるうちに謎が薄紙を剥ぐように明らかになっていくという、トマス・クックが得意とするスタイルである。

もちろん、物語自体もミステリーとして面白いのだが、これは究極の青春小説である。童貞男子高校生が初めての恋に舞い上がっている心持ちが、非常にみずみずしく描写されている。

草原にふたりで寝転がって抱き合う(妄想)
結婚してふたりで老いていく(妄想)
ケリー以外の女の子について相談してみる(見栄)

これ以外にも、男子高校生の恋に揺れる気持ちがあまりにリアルに描かれている。どのくらいリアルかというと、僕の高校時代を思い出して、読んでいた喫茶店で「あ”あ”あ”」と呻いて机を叩いてしまうほどだ。

特に、「告白」「詩」などの描写が出てくると、もはや続きを読んでいられないほどの懊悩で本を閉じてしまう。はい。告白も詩も超暗黒歴史です。詩なんか堂々と自ら授業中に回していたので、何と愚かなことかと思う。これが若さである。

(令和2年6月1日追記)
「夏草の記憶」は、公民権運動を描いた物語でもある。公民権運動というのは、アメリカでの黒人権利獲得運動のことである。ベンたちが通うチョクトー・ハイスクールでも黒人の学生はいないし、当時は黒人に選挙権はなかった。ベンやケリーはリベラルな立場であるのだが、当時の南部では黒人に対する認識は奴隷制の時代と地続きだった。なので、ケリーは心ない言葉をぶつけられることもある。

「黒んぼ好きの腐れ女」とか。

翻訳はかなり配慮していると思うし、原典には当たれていないのだが「ニガーのコックでファックしたがるビッチ」ぐらいのどぎついニュアンスだと思う。そうでなければ、その後のベンの激昂に違和感がある。

僕が心配しているのが、「大草原の小さな家」のようなことが起こらないかということだ。

https://www.afpbb.com/articles/-/3180016?cx_part=outbrain

過去、普通の人々が持っていた認識を、現在の感覚で断罪していたら、未来に残せる本はなくなってしまうだろう。

ディズニーアニメではあらゆる人種が最初から仲が良く描かれているが、本当にそうなのか、そこに至るまで何があったのか、そんなことが描かれることはない。描いたら、ポリティカリー・コレクトネスに反するからだ。

ポリコレこそが、新たな差別の源ではないかと思い始めている。(追記終わり)

日本人作家の青春小説なら、黒井千次「春の道標」が最高にときめいた。こちらもおすすめ。

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