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幼なじみ 目が覚めたら
六畳に満たない小さな部屋で、わたしは寝転がり本を読んでいる。その隣で、一人の男の子もまた、静かに本を読んでいる。男の子は、背をベッドにあずけて膝を伸ばして床に座っている。顔を真正面にあげると、その男の子の痩せた膝小僧が見える。斜め上に目をやると、親しい横顔が見える。あどけない、しかし年の割に大人びた眼差しの男の子だ。長い睫毛を伏せて、難しそうな本を読んでいる。
「ねえ、晃ちゃん」と呼びかけて、わたしは手を伸ばし、本を読む男の子の袖を引いた。晃ちゃんと呼ばれた男の子は、ん、と返事をして、わたしの方をちらと見る。わたしは本に目を落としたまま、どれを聞こうかな、と考える。晃ちゃんは自分が呼んでいる本をに目を戻す。「ねえ、晃ちゃん」わたしは再び袖を引く。「何だってば」晃ちゃんは、もう一度わたしの方を見る。わたしは、晃ちゃんを見て本の上を指差し、「この漢字なんて読むの」ときいた。彼はちらと見て、その読み方を答える。「じゃあ、これは」わたしが別の漢字を指差し、聞く。晃ちゃんがこたえる。わたしページをめくる。「ふうん、じゃあこれは」「これは」「これもわかる?」わたしが指差す漢字に、晃ちゃんが淡々とこたえる。晃ちゃんがこたえられなくて、困ったところが見たかったから、わたしは少しだけ面白くないと感じる。同時に、晃ちゃんはやはり物知りだなと感心する。わたしが知っている子の中で一番の物知りだ。
わたしの質問攻めが終わると、晃ちゃんはまた自分が呼んでいた本に戻る。その本は、わたしが読んでいるものより、小さく分厚い。そのまま、しばらく、ぱら、ぱら、とページをめくる音だけがした。わたしは本を読むのに飽きてしまって、ばたんと閉じて、そのまま瞳も閉じた。仰向けになって寝たふりをする。わたしは晃ちゃんと違って、細かい字を読む作業に慣れていない。すぐ疲れてしまう。
「ゆかり?」と晃ちゃんがわたしの名を呼んだ。「寝たの?」わたしは返事もせず寝たふりを続ける。しばらくしたら、勢いよく起き上がって晃ちゃんを驚かせてやろうと思いながら、寝たふりをする。晃ちゃんが、近くに置かれていたブランケットをわたしのお腹の上にふわりとかけた。何だかくすぐったい。今にも、わっと飛び起きて晃ちゃんを驚かせてやろうか、と思いつつも、だらだらとまどろんでいた。ぱら、という音がして、晃ちゃんが、また本を読み始めたのが、ぼんやりと分かった。ーートントントン。
何の音だろう。うるさいな。人が気持ちよく寝ているのに。トントントントントントン。
「ねえ、晃ちゃん」薄目を開けて、その親しい男の子の横顔を見ようとした。
ーーいない。
目が覚めると薄暗い部屋の中に少女は一人でいた。トントントンという音がする方を見れば、黄色い嘴の鳥が外から窓を叩いている。曙光の中、小さな鳥は少女と目が合うとクイと首を傾げた。そして、少女を起こす役目は終えたと言わんばかりに、ピピと鳴いて飛び立っていった。
ベッドから出る気にもならず、少女は寝ぼけ眼でぼんやりとしていた。動けない。胸に突き刺すような強い孤独感がある。どうしてだろう。ーーああ。そうか。夢だ。「彼」の夢を見ていた。