高橋睦郎「あなたへ/ホメロスまたはホメロスたちへ」
☆mediopos-2511 2021.10.1
あなた
は
貴方であり
彼方である
高橋睦郎の新たな連載詩は
「あなたへ 過去という未来への問いかけ」
と名づけられ
第一回目である最初の「あなた」は
『イリアス』『オデュッセイア』という
叙事詩を語った詩人
「ホメロスまたはホメロスたち」への
呼びかけ・問いかけである
ホメロスはひとりではない
平家物語を語った琵琶法師たちがそうであるように
そこには数えられない語り手・詠い手が存在し
それの存在によってそれらの叙事詩は作られた
語り詠う者一人ひとりのなかにも
過去の語り手・詠い手が存在し
語り・詠うなかで編み上げられてきたのだ
日本の噺家・講談師の落語や講談も
個々の噺家・講談師によって語られるとき
その語りには最初の語り手から
現在の語り手までにいたるまでの語りが
なんらかのかたちで生きている
そしてそこには「名」として継承される
見えない芸統があったりもする
その意味で語りのなかには
それまでに語られたものたちの語りが
さまざまなかたちで織り込まれている
さらにいえばすべての言葉には
過去からの言葉が織り込まれている
そうでなければ言葉は言葉であることができない
私たちはそうして過去から現在まで
さまざまに生成されてきた言葉を
過去の言葉への呼びかけ・問いかけを通して
新たな言葉として紡ぎ出しているのだといえる
そしてそれらの言葉はまた
未来への呼びかけ・問いかけともなっていく
そしてわたしが「わたし」というときも
それはいまここにいる「わたし」でありながら
はるかな彼方の「わたし」である「あなた」
過去や未来の「わたし」である「あなた」への
呼びかけ・問いかけでもあるといえるだろう
■高橋睦郎「あなたへ/ホメロスまたはホメロスたちへ」
(新連載詩・あなたへ 過去という未来への問いかけ その一)
(『現代詩手帖 2021.10』思潮社 所収)
「日本語であなたは貴方であり、彼方。現代日本の詩作者=試作者という位相から過去世界の詩人たちに呼びかけ、詩のありかを問いかける試みは必然的に未来へ向かうものでなければなるまい。その最初はホメロス、紀元前一三〇〇年から一二六〇年にいたるあるとき、マルマラ海、黒海に抜けるヘレスポントス海峡に近い交通の要衝にあったアイオロス族の豪富の一族を南西部の陸および島から北アカイア族の集団が襲撃した。当時としては大事件が、事後間もなくから歌われはじめ、歌い継がれ、トロイア戦記叙事詩群とでもいうべきものが成長していった。その最終段階である紀元前八五〇年から八〇〇年頃、『イリアス』『オデュッセイア』の二つの叙事詩を現在の形にまとめあげたとされる人物の呼び名だ。ただ、二作の成立はそれぞれの文体・語彙の上から少なくとも五十年以上の開きがあるとされ、同一作者ということはまず考えられないという。すると、完成時においてもホメロスは二人、歌われはじめから完成まで叙事詩群に関わってきた詩人たちのひとりひとりについてもこれをホメロスと呼ぶなら、数十人、数百人、あるいはそれ以上のホメロスたちがいたことになる。それら数えられないホメロスたちに呼びかけ、問いかけるとしたら、いったい何を問うか。作品の個性の前に詩人の個性もしくは非個性とは何か、ということでなければならないだろう。」