岡﨑乾二郎「カタクナな人、カタクに帰る」(『絵画の素』)/ゴッホ/バージニア・リー・バートン『ちいさいおうち』/鎌田茂雄『法華経を読む』/トーキング・ヘッズ
☆mediopos3508 2024.6.25
岡﨑乾二郎は『絵画の素』で
法華経の「譬喩品」にある「三車火宅」の逸話を
近代文明の破綻後の話として読み換えている
「三車火宅」の逸話とは
「富裕な家の子供たちが
その家が燃えさかっていることに気づかず、中で遊んでいる。
父は子供たちの、子供がいちばん欲しがっていた、
羊車・鹿車・牛車があるよ、と子供たちを誘って
家の外へ救い出し、子供が外に出てきたら、
さらにすごい大白牛車を与えた」という話
仏教としての一般的な解釈としては
「羊車・鹿車・牛車はそれぞれ声聞・縁覚・菩薩」であり
「大白牛車は三乗を統合する」「法華経」であるというもの
この話をどのように読み換えたかといえば
「遊び呆けている(・・・)おぼっちゃんたちを叱るどころか、
もっと面白いオモチャを与え、誘い出そうとするのは
甘やかしすぎではないか?
むしろ、燃えさかる家と羊車・鹿車・牛車は、実は同じ類であって、
燃えさかる家の中で遊ぶより、
羊車・鹿車・牛車に乗って遊ぶことの義をこそ、
この話は伝えようとしていたのではないか」
というのである
「近代文明とは」
「燃やしつづけることによってしか、
前進しない乗り物のようなものだった」
そして「いつかそれは、かならず燃え尽きる」
ここからが画家としての岡﨑乾二郎の
「三車火宅」を「絵画の素」とする話となるが
まず引き合いにだされるのがゴッホである
ゴッホは「自分の人生や生活を犠牲にした、
いわば火宅の人だった」とされているが
「その絵は圧倒的に明るく、光が溢れ、その風景も家も、
一緒に踊りたくなるような軽やかさをもっている。
つまり運動しているように見える」
「ゴッホは、いまにも燃え落ちようとしている
現代文明に逆らって大白牛車を
ぼくたちに見せてくれている」のだという
さらにヴァージニア・リー・バートンの
絵本『ちいさいおうち』の主人公の「おうち」
その「おうち」は
「破綻に向かって拡張していく近代都市の宿命に逆らって」
「みずから移動し、自分の場所を探し出し、
作り出す、生きている家」だという
私たちはまさにいま
さまざまな破綻を前にした近代文明の
燃えさかる家のなかで遊び惚けている
燃えさかっている家にいることに
気づかないままでいる人たちがいると思えば
燃えさかっているという危機感に乗じ
生き残る者たちだけのための世界を
再編成しようとする悪意に満ちた人たちもいる
そんななかで
私たちはどのように「羊車・鹿車・牛車」を
そしてそれらを統合する「大白牛車」を
どうイメージすればいいのだろうか・・・
さて今回の話をとりあげようとしたのは
それに関連した音楽として
トーキング・ヘッズの《Burning Down the House》と
《Road to Nowhere》が紹介されていたからである
《Burning Down the House》は
「Burning down the house」
(家を焼き尽くすんだ)
「Fightin' fire with fire」
(炎には炎を持って戦うのさ)と
「私たちを閉じ込めている世界観を燃やし尽くし、
解放することをこそ歌」い
その続きの歌としての《Road to Nowhere》は
「There's a city in my mind
Come along and take that ride
And it's all right, baby, it's all right」
(僕の心の中には街がある
一緒に乗って行かないか?
大丈夫 全ては上手くいく)
「We're on a road to nowhere」
(僕たちは行き先の無い道の上にいる)と
「燃えさかる家を抜け出した子供たち」が
「どこでもないパラダイスに向かう」
「運動する車の上で育っていく」ことを歌っている
行き先は「Nowhere」かもしれないが
「No-Where」は「Now-Here」でもある
まずは私たちはいま「火宅」にいることに気づき
いまある閉塞した世界観から解放されなければならない
Burning down the house
そしてRoad to Nowhereである
■岡﨑乾二郎「カタクナな人、カタクに帰る」
(岡﨑乾二郎『絵画の素』岩波書店 2022/11)
■バージニア・リー・バートン (石井桃子訳)
『ちいさいおうち』(岩波の子どもの本 岩波書店 1954/4)
■鎌田茂雄『法華経を読む』(講談社学術文庫 1994/2)
**(岡﨑乾二郎「カタクナな人、カタクに帰る」より)
*「火宅(燃え盛る家)は、法華経に著された逸話(法華経譬喩品第三「三車火宅」)である。
富裕な家の子供たちがその家が燃えさかっていることに気づかず、中で遊んでいる。父は子供たちの、子供がいちばん欲しがっていた、羊車・鹿車・牛車があるよ、と子供たちを誘って家の外へ救い出し、子供が外に出てきたら、さらにすごい大白牛車を与えた、という。
法華経に記されているのだから、羊車・鹿車・牛車、大白牛車は、比喩として、鹿爪らしく解釈されてきた。すなわち羊車・鹿車・牛車はそれぞれ声聞・縁覚・菩薩、つまり現象を感受するための能力(感性、悟性)であり、また大白牛車は三乗を統合する一仏教の教え(つまり統覚)、すなわち法華経であると。
このような解釈は脇に置いても(その解釈を聞いても納得できないほど)、燃えさかる家と、(動物が引く車のイメージの対比は面白く、心を摑む。そもそも日常的なモラルからすると、炎に包まれ崩れつつある家から、逃げもせず遊び呆けている(火遊びをしていたのかもしれない)おぼっちゃんたちを叱るどころか、もっと面白いオモチャを与え、誘い出そうとするのは甘やかしすぎではないか? むしろ、燃えさかる家と羊車・鹿車・牛車は、実は同じ類であって、燃えさかる家の中で遊ぶより、羊車・鹿車・牛車に乗って遊ぶことの義をこそ、この話は伝えようとしていたのではないかという気もする。
たとえば近代文明とは、蒸気機関車や自動車が代表してきたように、燃やしつづけることによってしか、前進しない乗り物のようなものだった。それが破綻しないのは燃え尽きてしまったものを絶えず補給し、入れ替えていくというエンドレスの過程が続けられる限りだった。それがいつまでも続けられないことも、いつかは破綻するのもわかっていることだった。いつかそれは、かならず燃え尽きる。こんな現在よく語られる含意を読み取ることもできるだろう。」
*「ゴッホは自分の人生や生活を犠牲にした、いわば火宅の人だった。そう語られている。けれど彼の仕事は、むしろ破壊的に展開しはじめた、近代社会、資本主義に適応できなかったゆえに、生まれたものだったようにも思える。死に急ぐように仕事をつづけた彼の暮らしは安定せず、火の車のようだった。その彼の生活から類推して、彼の絵も燃えたぎっているように語られることが多いが、その絵は圧倒的に明るく、光が溢れ、その風景も家も、一緒に踊りたくなるような軽やかさをもっている。つまり運動しているように見えるのである。ゴッホの描く家は家ではなく、自ら運動しつづける車である。いわばゴッホは、いまにも燃え落ちようとしている現代文明に逆らって大白牛車をぼくたちに見せてくれているのだ。彼が生き急いでいたのは、子供たちを救おうとしていた父親がそうだったのと同じである。いずれにしても、ゴッホの絵の魅力はその圧倒的な明るさであり生気にある。悲劇とは程遠い。
むしろヴァージニア・リー・バートンの有名な絵本『ちいさいおうち』の主人公の「おうち」のように。(破綻に向かって拡張していく近代都市の宿命に逆らって、)みずから移動し、自分の場所を探し出し、作り出す、生きている家。呼吸し運動する、生きている車としての家、そして風景。ゴッホの描いた風景そのものは別世界に向かって歩きだす。」
*「ところで「三車火宅」についての、共感できる新しい見方をトーキング・ヘッズの《Burning Down the House》という曲が示している。デヴィッド・バーン自身が語っているように、この曲はもちろん放火の歌ではなく、私たちを閉じ込めている世界観を燃やし尽くし、解放することをこそ歌っている。「三車火宅」との呼応は驚くほど正確である。
ついでにトーキング・ヘッズは「三車火宅」の続きの曲もつくっている。《Road to Nowhere》。燃えさかる家を抜け出した子供たちは、もう車に乗っている。そこはどこでもないパラダイスに向かう車の上である。向かう場所はどこでもない。大地は、この運動する車の上で育っていく。」
■Talking Heads《Burning Down the House》
*日本語訳 by 音時
Watch out
you might get what you're after
Cool babies
strange but not a stranger
I'm an ordinary guy
Burning down the house
気を付けろ
欲しいものが手に入るかもしれないぜ
可愛いベイビーちゃん
変わってるけど 知らないわけじゃない
俺はふつーのヤツなんだ
"家を焼き尽くせ"
Hold tight
wait till the party's over
Hold tight
We're in for nasty weather
There has got to be a way
Burning down the house
待ってるんだ パーティーが終わるまで
我慢しろよ ひどい天気になりそうだ
何かいい方法があるはずさ
"家を焼き尽くすんだ"
Here's your ticket pack your bag
Time for jumpin' overboard
The transportation is here
Close enough but not too far,
Maybe you know where you are
Fightin' fire with fire
ほら おまえの切符だ 荷物をまとめろ
外へ飛び出すときが来た
乗り物はここにある
じゅうぶん近くて遠すぎないよ
居場所がおまえもわかるかもな
"炎には炎を持って戦うのさ"
All wet!
Hey you might need a raincoat
Shakedown!
Dreams walking in broad daylight
Three hun-dred six-ty five de-grees
Burning down the house
ずぶ濡れだ!
レインコートがないとこんなもんさ
振り落とせ!
夢が真昼間から うろついてるぜ
1年じゅう 365℃の温度で
"家を焼き尽くすがいい"
It was once upon a place sometimes I listen to myself
Gonna come in first place
People on their way to work and baby what did you except
Gonna burst into flame
あるとき ときどき俺は自分に耳をすます
"1番になってやる"ってね
仕事に行こうとしてる人々に ベイビー
おまえは何を期待したんだ?
"燃え上るがいい"
My house!
Is out of the ordinary
That's right!
Don't wanna hurt nobody
Some things sure can sweep me off my feet
Burning down the house
俺の家!
そいつも普通じゃないのさ
その通り!
誰も傷つけたくないからさ
何かが俺の心を夢中にさせるだろう
"家を焼き尽くす"ように
No visible means of support and you have not seen nothin' yet
Everything's stuck together
And I don't know what you expect starring into the TV set
Fighting fire with fire
目に見えたサポートはないしまだ何も見えてない
すべてのことは関連してる
TVをのぞいて 何を期待してるんだい?
"毒には毒をもって制す"だよ
■Talking Heads《Road to Nowhere》
*訳詞:山本 剛(note)
Well, we know where we're goin'
But we don't know where we've been
And we know what we're knowin'
But we can't say what we've seen
And we're not little children
And we know what we want
And the future is certain
Give us time to work it out
Yeah
僕たちは自分たちがどこへ向かっているのか分かっているが
自分たちがどこにいるのかは分からない
僕たちは自分たちが知りえることは分かっているが
自分たちが見てきたものを語ることができない
僕たちは幼い子供ではないし
自分たちが欲しい物は分かっている
未来ははっきりしているから
未来を仕上げる時間を与えて欲しいんだ
We're on a road to nowhere
Come on inside
Takin' that ride to nowhere
We'll take that ride
I'm feeling okay this morning
And you know
We're on the road to paradise
Here we go, here we go
僕たちは行き先の無い道の上にいる
行き先の無い乗り物に乗って
加わって行かないか?
僕たちはそれに乗るつもりだ
今朝の僕は気分が良い
君には分かると思う
僕たちは楽園へ繋がる道の上にいる
さあ、行こう
We're on a ride to nowhere
Come on inside
Takin' that ride to nowhere
We'll take that ride
Maybe you wonder where you are
I don't care
Here is where time is on our side
Take you there, take you there
僕たちは行き先の無い道の上にいる
行き先の無い乗り物に乗って
加わって行かないか?
僕たちはそれに乗るつもりだ
たぶん君は自分がどこにいるのか不安になる
僕は気にしない
ここにいれば時間は僕たちの味方だから
君をそこへ連れて行くよ
We're on a road to nowhere (Ha! Ha!)
We're on a road to nowhere (Ha! Ha!)
We're on a road to nowhere (Ha! Ha! Woo!)
僕たちは行き先の無い道の上にいる
僕たちは行き先の無い道の上にいる
僕たちは行き先の無い道の上にいる
There's a city in my mind
Come along and take that ride
And it's all right, baby, it's all right
And it's very far away
But it's growin' day by day
And it's all right, baby, it's all right
Would you like to come along?
You can help me sing the song
And it's all right, baby, it's all right
They can tell you what to do
But they'll make a fool of you
And it's all right, baby, it's all right
There's a city in my mind
Come along and take that ride
And it's all right, baby, it's all right
And it's very far away
But it's growin' day by day
And it's all right, baby, it's all right
Would you like to come along?
You can help me sing the song
And it's all right, baby, it's all right
They can tell you what to do
But they'll make a fool of you
And it's all right, baby, it's all right
僕の心の中には街がある
一緒に乗って行かないか?
大丈夫だよ
全ては上手くいく
そこはとても遠いいけれど
日々大きくなっている
大丈夫だよ
全ては上手くいく
一緒に行きたくないのか?
君ならば僕がこの歌を歌うことを助けられるのに
大丈夫だよ
全ては上手くいく
君が何をするべきか言える者たちは
君をバカにするようになる
大丈夫だよ
全ては上手くいく
僕の心の中には街がある
一緒に乗って行かないか?
大丈夫だよ
全ては上手くいく
そこはとても遠いいけれど
日々大きくなっている
大丈夫だよ
全ては上手くいく
一緒に行きたくないのか?
君ならば僕がこの歌を歌うことを助けられるのに
大丈夫だよ
全ては上手くいく
君が何をするべきか言える者たちは
君をバカにするようになる
大丈夫だよ
全ては上手くいく
We're on a road to nowhere (Hey!)
We're on a road to nowhere (Hey!)
We're on a road to nowhere (Hey! Hey!)
We're on a road to nowhere
僕たちは行き先の無い道の上にいる
僕たちは行き先の無い道の上にいる
僕たちは行き先の無い道の上にいる
僕たちは行き先の無い道の上にいる
◎Burning Down the House · Talking Heads
◎Talking Heads - Road to Nowhere (Official Video)