ユリイカ 2022年8月号特集=現代語の世界〜米川明彦「現代は俗語の時代」/窪薗晴夫「昭和の日本語と現代語」/平山亜佐子「一〇〇年前の流行語と一〇〇年後の普通語」
☆mediopos3610(2024.10.7)
「ユリイカ 2022年8月号 特集=現代語の世界」から
飯間浩明・川添 愛・山本貴光による鼎談
「現代語という不可解なもの――語彙と文法の波間に」
という主に国語辞典をつくるにあたっての
言語の変化への対応などについてとりあげたことがある
〔mediopos2810(2022.7.28)〕
このところかつて使っていた言葉が
現在ではほとんど使われなくなっていたり
現在使われている流行語の意味が
わからなかったりすることもあることから
「現代語」の「現在」ついて
掲載されているいくつかの論を参考に
あらためて考えることにしたい
まず米川明彦「現代は俗語の時代」より
米川氏は「現代社会の産物が俗語であり、
現代社会を反映しているのが俗語である」という
米川氏はかつて一九九〇年代の著書において
「それは以前とは質が異なっていた」ということから
一九七〇年代以降の若者ことばを
「現代若者ことば」と名づけたが
特に二〇一〇年以降スマホに等が一般化することで
そこから生まれた若者ことばを
「新・現代若者ことば」と名づけている
現代はソーシャルメディアの過剰な利用で
個人が画一化され群衆になってしまっていると言われるが
そのような状況のなかで
「意味の疎外化」と「ことばの脱規範化」が加速している
その根底にあるのは
「情報機器使用の問題以前に、
通じ合うことを求めない現代社会があるのではないか」という
そうした現象のマイナス面ばかりに目が向きがちだが
「問題は使う人の側にあり、社会にある」
最初の繰り返しになるが
「現代社会の産物が俗語であり、
現代社会を反映しているのが俗語である」
まずはその事実に目を向ける必要があるということなのだろう
続いて窪薗晴夫「昭和の日本語と現代語」より
「現代日本語に特徴的なのは、
流行語や新語の数と、その新陳代謝の速さ」であり
その際に「夥しい数のカタカナ語(外来語)と略語(短縮語)」が
生まれることで世代間ギャップが生じている
その問題は平成や令和の時代にはじまったことではないという
窪薗氏は第二次世界大戦後にシベリアに抑留され
二〇世紀末に五〇余年ぶりに帰国した
蜂谷彌三郎のエッセイを紹介している
蜂谷氏はその間の日本語の変容ぶりに困惑したといい
とくにカタカナ語と略語の問題を含む次の五つの点を
その顕著な変化としてあげている
(1)カタカナ語、外来語、略語が氾濫していること
(2)必用以上に敬語が横行していること
(3)使用漢字の削減、たとえば「涙嚢部」を「波のうぶ」と書くこと
(4)改まった場所で「すいません」のような俗語や造語を使うこと
(5)語尾の「ジャン」を付けたり、語尾を上げた話し方
(自分のいいたいことを相手の理解や判断に委ねるあいまいな言葉)をすること
上記の五点はおそらく現在進行形でもあるようだ
そうした変化は先の米川明彦の論にもあるように
「現代社会を反映している」がゆえのものだろうが
そこにはかつて中国の影響を受け漢字を日本語化したように
英語を中心とした言葉を日本語化する傾向や
過剰なまでに易しい表記等を啓蒙したりする
教育やマスメディアの影響といった要因もありそうだ
さらに平山亜佐子「一〇〇年前の流行語と一〇〇年後の普通語」より
平山氏は一九一九年から一九四〇年に出版された
三〇余りの流行語辞典からいわゆる流行語を集めた
『戦前尖端語辞典』を刊行しているが
「ツンドク」「音痴」「イミシン」など
そこには今でも使われている言葉もあり
また各国からの外来語も多いという
興味深い例をいくつか挙げてみる
「〜的」というのは昭和初期の流行語である
「てよだわ語」
「そうよ」「やめてよ」など
もともとは江戸時代の芸者の言葉
外来語では
ロシア由来の「ボル(シェビキ)」や「アジト」
フランス語由来の「アトリエ」「デッサン」「シュール」
ドイツ由来の「ゲシュペンシュテル」(怪物)など
朝鮮語由来ではこんな言葉も使われた
「ナップンサラミー」(いやな人、悪い人)
現代と戦前の流行語を比べると
かつてより「均質化」しているのではないかという
つまり英語とくにアメリカ由来が多く
それがあらゆる分野に及んでいる
「現代の流行語も一〇〇年後には発見があるのだろうか、
未来の人に聞いてみたい」
平山氏はそう結んでいるが
「現代社会の産物が俗語であり、
現代社会を反映しているのが俗語である」
という視点からすれば
教育においても各種メディアにおいても
むしろ言葉の多様な表現が制限され
創造性を排する方向に進んでいるように見える
現代社会は言葉を豊かにする方向に
進んでいるとはいえないようだ
まして「思考」の役割さえAIに置き換えてようとしている
一〇〇年後
はたして・・・である
□ユリイカ 2022年8月号 特集=現代語の世界
―若者言葉から語用論まで」所収
■米川明彦「現代は俗語の時代」
■窪薗晴夫「昭和の日本語と現代語」
■平山亜佐子「一〇〇年前の流行語と一〇〇年後の普通語」
**(米川明彦「現代は俗語の時代」より)
*「現代社会の産物が俗語であり、現代社会を反映しているのが俗語である。そこに俗語の効果が現れている。したがって現代は俗語の時代と言える。」
「筆者は一九九〇年代の著書で、一九七〇年代以降の若者ことばを「現代若者ことば」と命名した。それは以前とは質が異なっていたからである。そして二〇〇〇年以降、新たな情報通信機械を用いたことばが生まれ、特に二〇一〇年以降、スマホに代表される機器がコミュニケーションツールとして誕生し、一般化し、そこから生まれた若者ことばを「新・現代若者ことば」と呼んだ。これら「現代」は「当代」を意味する。」
*「現代はソーシャルメディアを利用しすぎて個人が画一化され、群衆になってしまっていると言われている。そのような状況では言語は相反する方向が加速している。一つは「意味の疎外化」である。異質な者を排除した同質な者、仲間内では意味はたいして重要ではなく、何となくわかればいいと考え、ことばの扱いがきわめて軽く、遊びの道具に使う。意味が曖昧になり。さらに不明になり、そして無意味になって来ている。これを「意味の疎外化」と呼ぶことにする。七〇年代以降徐々に進み、今、それが加速している。「ヤバイ」がその典型例である。」
「もう一つは「ことばの脱規範化」である。個人のアイデンティティが失われていく群衆の中で、それに反発して個人を目立たせるための方策である。「言葉の脱規範化」とは言語の構成要素である語形・規則(用法・文法・構成法)・意味のいずれの面でも規範(いわゆる「正しい」ことば)から逸脱し、無視して造語し、意味・用法を変え、使用する言葉である。良く言えばことばを遊び、目立たせ、自分の感性を大切にする類であり、悪く言えばおもしろければいいという独りよがりの自己愛の現れの類である。「カワイイ」「キショイ」「ウザイ」などの感情・感覚形容詞や「ムカツク」の使われ方(しゃくにさわる意)はその典型例である。」
「言語に現れた「意味の疎外化」にしても「ことばの脱規範化」にしても根底にあるのは、先の情報機器使用の問題以前に、通じ合うことを求めない現代社会があるのではないか。
*「俗語は悪いことばとマイナス評価されがちであるが、決してそうではなく、プラスの効果がある。問題は使う人の側にあり、社会にある。また若者の言動も批判されがちであるが、彼らを生み出したのは大人社会である。以上から、俗語は現代社会の産物であり、現代社会を反映していると言える。ことばは人のためにあるのであって、人はことばのためにあるのではない。人は自由に変えていくのである。」
**(窪薗晴夫「昭和の日本語と現代語」より)
*「現代日本語に特徴的なのは、流行語や新語の数と、その新陳代謝の速さではなかろうか。とりわけ、そこに登場する夥しい数のカタカナ語(外来語)と略語(短縮語)は、現代日本社会において世代間ギャップが生じる一因ともなっている。」
「カタカナ語と略語の問題は平成や令和の時代に始まったことではない。六四年間続いた昭和の日本語が、まさにそのような問題を抱えていた。そのことを理解するために、第二次世界大戦後にシベリアに抑留され、二〇世紀末(一九九七年)に五〇余年ぶりの帰国を遂げられた蜂谷彌三郎(一九一八 — 二〇一五)のエッセイを紹介する。」
「蜂谷氏は(・・・)生きていくためにやむを得ず昭和三八(一九六三)年のソ連の国籍を取得し、現地の女性と結婚する。(・・・)複雑な状況の中、ロシア人の奥さんの勧めもあって日本への帰国を決意し、最終的に平成九(一九七七)年に帰国する。戦時中に日本を離れてから実に五〇余年ぶりの帰国であった。」
「エッセイで蜂谷氏は五〇余年ぶりに祖国の日本語に接して、その変容ぶりに困惑したと述べている。同氏が特に顕著な変化として挙げたのが、冒頭で述べたカタカナ語と略語の問題を含む次の五点である。
(1)カタカナ語、外来語、略語が氾濫していること
(2)必用以上に敬語が横行していること
(3)使用漢字の削減、たとえば「涙嚢部」を「波のうぶ」と書くこと
(4)改まった場所で「すいません」のような俗語や造語を使うこと
(5)語尾の「ジャン」を付けたり、語尾を上げた話し方(自分のいいたいことを相手の理解や判断に委ねるあいまいな言葉)をすること
蜂谷氏が指摘した五つの問題は、平成を経て令和となった現在でも十分に解消されておらず、むしろ深刻化してきている印象を受ける。」
**(平山亜佐子「一〇〇年前の流行語と一〇〇年後の普通語」より)
*「昨年(二〇二二年)一月に『戦前尖端語辞典』(左右社)を出した。
これは、一九一九(大正八)年から一九四〇(昭和一五)年に出版された三〇余りの流行語辞典のなかから、今見ても面白い。または意外な驚きのある言葉を集め、語釈をそのまま採録し、解説をつけ、当時の文芸作品から用例を引いた辞典風の読み物である。」
*「戦前の流行語辞典に感じる魅力はさまざまあるが、とくに言葉そのものに絞って挙げるとするならば、今でも使われている言葉が意外なほどにあることと、外来語の多さである。」
「拙著に収録した言葉では「ツンドク」「音痴」「イミシン」などがそれにあたる。」
*「言葉としては廃れたが、実質的(余談だがこの「〜的」も昭和初期の流行語である)に定着した例に「てよだわ語」がある。さすがに今の日本で「よくってよ」よいう語尾を口頭で用いる人はいないだろうが、「そうよ」「やめてよ」などは使われている。これらはもとを正せば江戸時代の芸者の言葉だと彫刻家の竹内久一は「東京婦人の通用語」(・・・)のなかで説く。」
*「戦前の流行語のもうひとつの魅力、外来語の多様性はどうか。拙著に収録した外来語にはさまざまな国の言語がある。それらはそのまま新知識や新概念がいつ頃どこから入ってきたのかを物語る。
例えば、ロシア革命に刺激されて労働運動が盛んになれば、ロシア語由来の「ボル(シェビキ)」や「アジト」が登場する。また、革命以降の新しいロシア文学が強い共感を持って読まれ、「オブローモフ主義」(・・・)や、「サーニズム」(・・・)などの流行語が誕生した。
フランス語由来は「アトリエ」、「デッサン」、「シュール」など芸術用語のほか、哲学やファッション、製菓用語、また「アベック」、「アミ」(・・・)、「テータ・テート」(・・・)といたt恋愛にまつわる言葉が多い。大正の始めにはフランスブームともいうべき状況があった。」
「ドイツ語由来の外来語は旧制一高から一般に広がったものが多い。旧制一高はドイツ語教育に力を入れており、教材としてヘッセやゲーテ、カロッサといったドイツ文学を用いることで学生の思想形成に重要な役割を担わせた。「ゲシュペンシュテル」(怪物)、「レーベ・ダーム」(虚栄に満ちた婦人)、「ジンゲル」(芸者)など、どことなくスノッブな感覚が透けて見えるのがおかしい。」
「忘れてはならないのは朝鮮語由来の外来語である。拙著収録の流行語では「ナップンサラミー」(いやな人、悪い人)、「チョコマン」(小柄な人)がある。」
*「現代と戦前の流行語を比べてみると、均質化という点について考えざるを得ない。現代の外来語は圧倒的に英語由来、とくにアメリカ由来の言葉が多い。それは政治、経済、教育、メディア、コンピュータなどあらゆる分野に及ぶが、この傾向は日本だけにとどまらない。先進国のほとんどがアメリカ文化に染まっている。率直に言ってあまり良いとは思えない。さまざまな国の思想や文化を取り入れて折衷し、ちょっとおかしな独自の進化を遂げてしまうことにこそ文化の醍醐味がるからだ。その意味で、戦前の流行語はよほどゆたかな日本語であり、知るたびに新たな発見を教えてくれる。現代の流行語も一〇〇年後には発見があるのだろうか、未来の人に聞いてみたいものである。」