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多田多恵子『旅するタネたち/時空を超える植物の知恵』

☆mediopos3641(2024.11.7.)

タネは動物のようには
じぶんからどこかへ
自由に移動することはできないけれど

それなりの小道具や作戦を使いながら
新しい場所へと旅立っている

多田多恵子『旅するタネたち 時空を超える植物の知恵』では
その方法が大きく三つに分けて紹介されている

まず一つめは「自然を利用する」

たとえばユリノキはプロペラをつくって
「翼の片側に重心を偏らせ、降下と同時に回転開始。
揚力も発生してゆっくりと舞い降り」る

「ミクロン単位の細い毛には空気の粘りけが作用し、
傘に働く抵抗とタネの重力が釣り合って、
落下速度が一定に」なる

ガガイモは
「絹のように細くて長い毛のパラシュートを持」ち
ふわふわと浮かび
同じ原理でランのタネも空を漂い
「送り出す母植物も、枝を震わせたり強風時を選んだ」りする

山火事の多い荒れ地で育つブラシノキは
山火事のあと光が豊富で競争相手もなく
また灰の栄養もたっぷりななかでタネをばらまく

ジュズダマはダンボール状の断面や
不稔雌花の空洞に空気を含ませ水に浮き
流れに乗って運ばれる

二つめは「動物を利用する」

多くの植物は実を食べさせてタネを運ばせている

クルミやエゴノキは
貯蔵食にタネそのものを与え
食べ残された一部が芽を出す

半寄生植物のヤドリギは
冬鳥のレンジャクに食べられるが
その実は消化しにくい粘液質に富み
ネバネバになった糞といっしょに落とされたタネが
ほかの木の枝や幹にへばりついて芽を出し育つ

三つめは「みずからタネを飛ばす」

主に乾湿運動と膨脹運動という
二つの原理を利用してタネを飛ばす

乾湿運動とは
「植物組織が干からびた状態にあるときに、
湿ると伸びて、乾くと縮む、という
セルロース繊維の性質を利用して、
実やタネの形を変化させて運動するもの」

この原理でタネを飛ばすのは
ゲンノショウコの実やフジのさや
タチツボスミレの実など

膨脹運動とは
「植物の細胞に水が出入りすると、
風船のようにふくれたりしぼんだりすることを利用して、
実やタネの形を変化させて運動するもの」

この原理でタネを飛ばすのは
ホウセンカやツリフネソウの実など

タネたちはときに「時空を超え」
「何年でも何十年でも休眠して事態の好転を待」ち
適した環境の下で芽を出し育つことができる

本書で書かれているわけではないが
マタイ伝には「種を蒔く人のたとえ」がある
イエスが語ったというこんな話だ(一三章3−9節/新共同訳)

 種を蒔く人が種蒔きに出て行った
 蒔いている間に
 ある種は道端に落ち鳥が来て食べてしまった
 ほかの種は石だらけで土の少ない所に落ち
 そこは土が浅いのですぐ芽を出した
 しかし日が昇ると焼けて根がないために枯れてしまった
 ほかの種は茨の間に落ち
 茨が伸びてそれをふさいでしまった
 ところがほかの種は良い土地に落ち
 実を結んであるものは百倍あるものは六十倍
 あるものは三十倍にもなった
 
タネはそうした「種を蒔く人」の力を借りずに
いろんな方法を使ってタネを芽吹かせ育ち
ときには適した環境になるまで辛抱強く待ち続ける

そのことから
こんな話も付け加えたくなったりもする

 タネは「種を蒔く人」の力を借りずに旅に出た
 あるタネは風に乗り
 あるタネは動物の食べものになり
 あるタネはなんとか自分の力でタネを飛ばし
 芽吹き育っていった
 タネの落ちたところで
 芽吹くことができなかったときにも
 芽吹くことができるまで辛抱強く待ち続けた

■多田多恵子『旅するタネたち 時空を超える植物の知恵』
 (ヤマケイ文庫 山と渓谷社 2024/9)

**(「タネは時空を旅するマイクロカプセル」より)

*「タネはいわばタイムカプセル。みずからの設計図である遺伝子と、芽が育つための栄養が詰め込まれています。新しい場所で新しい世代を担うべく、タネたちは旅立つのです。

 しかし、「旅立つ」といっても、そこは植物。簡単にはいきません。動物と違い、植物は自由には動けないのです。旅に出るには、小道具なり作戦なりが必要です。

 風に乗るパラシュートや翼、水に浮くコルクに自動発射装置、さらにはかぎ爪や色仕掛けで動物をヒッチハイクしたりするなど、タネたちは驚くほど巧みな道具や作戦を持っています。

 タネはときに、時間をも飛び超えて旅をします。厳しい季節をタネの形でやり過ごすのは一年草。暑すぎる夏や寒すぎる冬、あるいは乾いた季節も、小さくとも頑丈なカプセルでならしのげます。

 もっと長い歳月を飛び超えるタネもあります。たとえばメマツヨイグサのタネは、条件の悪い環境に移動してしまった場合は、すぐには芽を出さず、土の中で何年でも何十年でも休眠して事態の好転を待ちます。土の中で何年でも何十年でも休眠して事態の好転を待ちます。こうしたタネには、光や温度の変化を感知するセンサーが備わっていて、目覚めの準備も万端です。遺跡かた発掘されたハスやコブシのタネのように、何千年もの時を飛び越えて芽を出す例もあります。

 タネは、時間を旅するタイムカプセルでもあるのです。」

**(「第1章 自然を利用するタネたち」より)

*「自力では動けない植物も、自然の力をうまく使えば、新しい場所に移動できます。

 重力を利用して、枝から地面にジャンプ。でも真下に落ちてばかりでは新天地の移動できません。そこで次なる手段。何らかの方法で降下速度を抑えれば、うまく風に乗って、もっと遠くまで移動できるはず。

 プロペラをつくったのはユリノキ。翼の片側に重心を偏らせ、降下と同時に回転開始。揚力も発生してゆっくりと舞い降ります。

 ミクロン単位の細い毛には空気の粘りけが作用し、傘に働く抵抗とタネの重力が釣り合って、落下速度が一定になります。絹のように細くて長い毛のパラシュートを持ったガガイモは、まるで重さがないみたいにふわふわ浮かびます。同じ原理で、細かいランのタネも空を漂います。送り出す母植物も、枝を震わせたり強風時を選んだりと、タネの旅立ちを応援します。

 水辺の植物には、なんといっても水のパワーが頼りになります。はるかな異国の岸辺を夢見ながら、ぷかぷか浮いて流されて、タネは旅を続けます。」

Contents

 空から舞い降りるプロペラの実【ユリノキ】
 自然が生んだ精巧なヘリコプター【ボダイジュ】
 空飛ぶボートの謎【アオギリ】
 風に舞う無数の微細種子【シラン】
 風に漂うふわふわボール【ガガイモ】
 風に乗るための金色のたてがみ【ムクゲ】
 綿あめマジック【ガマの仲間】

Column

 風で飛ぶタネたち
 実物大タネ図鑑①・風に飛ぶ翼
 実物大タネ図鑑②・風に浮かぶ綿毛

 チャンスを待った眠り続ける時間旅行者【メマツヨイグサ】
 固く口を閉ざして山火事を待つ【ブラシノキ】
 水に運ばれる天然のピース【ジュズダマ】
 海に漂うマングローブの赤ちゃん【メヒルギ】
 ばらばらになって水で運ばれるコルク質のさや【クサネム】

Column
 雨粒にはじけるコチャルメルソウ
 実物大タネ図鑑③・風に浮くコルク

**(「第2章 動物を利用するタネたち」より)

*「鳥や動物の移動力を利用するタネたちもあります。その方法はさまざまです。

 なかでも多くの植物が採用しているのは、実を食べさせてタネを運ばせる方法です。おいしい果肉は動物の食欲を誘うごちそうです。鳥がターゲットなら色の広告が効果的。鼻の利くけものが相手なら、香りや味が重要です。消化管を通るタネたちは歯や消化液に破壊されないような工夫を持っています。大きな果実は実ごと運んでもらいます。私たちが果物を食べてタネを捨てるのも、まさに散布を助けているのです。

 貯蔵食にとタネそのものを差し出すのはクルミやエゴノキ。貯蔵されたタネの一部は、食べ残されてちゃんと芽を出します。

 通りかかる動物に無賃乗車を決め込む「ひっつきむし」。これらはかぎ針や逆さトゲやネバネバの忍び道具でこっそりヒッチハイクしています。

 ほかにも、人の足裏にひっついたり、アリに運んでもらったり、タネたちは他人の力を利用して、巧みに旅をしています。」

Contents

 おいしいだけが果実じゃない【ナンテン】
 野に灯る赤いランタン【カラスウリ】
 冬の森にきらり耀く瑠璃の種子【ジャノヒゲ】
 樹上の寄生生物と鳥との粘る絆【ヤドリギ】
 天然のブローチ【クサギ】
 燃えるロウの実【ハゼノキ】
 ヤマガラを待つナッツ【エゴノキ】

Column
 色仕掛けで鳥を誘うタネ図鑑
 時代に忘れられた巨大なサヤ【サイカチ】

 どうぞ食べてね、でもたくさんはダメよ【サルナシ】
 山の奇妙なデザート【ケンポナシ】
 森の動物との固い契約【オニグルミ】
 不思議なシャボン玉【ムクロジ】

Column
 殻と渋みの損得勘定【ドングリの仲間】
 実物大どんぐりコレクション

**(「第3章 みずからタネを飛ばす植物たち」より)

*「動けない植物でありながら、みずからの力で動くタネたちもあります。実が動いてタネを飛ばしたり、タネ自体は動いたり飛んだりするのです。

 動けないはずの植物がどうやって動くのでしょう。

 動いて飛ぶタネは、大きく分けて2つの原理、すなわち、乾湿運動か膨脹運動を利用しています。

 乾湿運動は、植物組織が干からびた状態にあるときに、湿ると伸びて、乾くと縮む、というセルロース繊維の性質を利用して、実やタネの形を変化させて運動するものです。ゲンノショウコの実、フジのさや、タチツボスミレの実は、この原理でタネを飛ばします。カラスムギのように、タネみずからが運動して土にもぐり込むものもあります。

 膨圧運動は、植物の細胞に水が出入りすると、風船のようにふくれたりしぼんだりすることを利用して、実やタネの形を変化させて運動するものです。ホウセンカやツリフネソウの実はこの原理でタネを飛ばし、カタバミはタネ自体がはじけて飛び散ります。

 動けないはずの植物たちも、巧みに物理法則を応用して、タネを未来へと送り出しているのです。」

Contents

 震動を感知してみずから飛ぶタネ【カタバミ】
 元気にはじけるびっくり神輿【ゲンノショウコ】
 さやとともにはじめ飛ぶ自然の円盤【フジ】
 自然が生んだミニドリル【カラスムギ】
 タネの旅はダブル保証【タチツボスミレ】

Column
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