深澤遊『枯木ワンダーランド/枯死木がつなぐ虫・菌・動物と森林生態系』
☆mediopos3327 2023.12.27
森のなかの樹木には
「枯木」になったところからはじまる物語がある
樹皮の表面や幹の中では動物や昆虫を養い
菌類に分解された後は土に還るが
その養分によって豊かな土壌が形成される
枯木を木質バイオマスなど
再生エネルギーとしての活用することも重要だが
枯木はたんなる「薪」ではない
わたしたちは森林から多くの影響を受け
そこからさまざまな恩恵を受けている
森林の生態系が破壊されてしまわないように
巨木や枯木の保全が必要である
『枯木ワンダーランド』の著者・深澤遊は
小学生の頃からコケと変形菌に興味を持ち
森林生態学・微生物生態学・生物多様性生態学に関わっている
本書は2部構成となっており
第1部「枯木ホテルの住人たち」では
著者がこれまで木の上で出会ってきた
コケや変形菌(粘菌)・キノコ・腐生ランや
家の庭に置いてある丸太にやってきた昆虫や動物など
いろいろな生き物が詳しく紹介されている
第2部「枯木が世界を救う」では
「枯木の分解が菌類によってどのように進むか」
「近年世界中で多発する森林樹木の大量枯死と、
それによって大量に発生する枯木が生態系に与える影響」
「枯木が森の中からなくなるとどんなことが起きるのか」
「枯木があることで僕らはどんな恩恵を受けているのか」
「林が持続的に存在するための、
次世代の樹木の成長に重要な倒木更新という現象」について
解説・紹介されている
本書を読みすすめながら
森林生態系は人間社会の生態系に似ていると感じた
「枯木」とはある意味で「高齢者」であり
さらにはいわゆる社会において
目に見える形で評価されにくい人たちだろう
またあえていえば文化的な側面における
科学以外の領域での文学や芸術などの営為かもしれない
人間社会におけるそうした人たちや営為は
一見すると直接的な「利益」には結びつきにくいが
人間社会の生態系全体としてとらえると
それらこそが豊かさを支えている土壌となっているといえる
まさに「ワンダーランド」である
わたしたちの未来も
森林生態系のそれのように
その「ワンダーランド」の恩恵をどのようにとらえるかで
大きく変わってくるのではないだろうか
■深澤遊『枯木ワンダーランド
枯死木がつなぐ虫・菌・動物と森林生態系』
(築地書館 2023/6)
「枯れて命を終えた木の表面で、幹の中で、分解の過程で、豊かに繰り広げられる生き物たちの活気あふれる営み。森の中の枯木たちの驚くべき森林生態系への貢献・人間社会への恩恵を探る。」
「枯木を利用する生き物たちの暮らしから、微生物による木材分解のメカニズム、菌糸体の意思決定能力、林業や森林整備による枯木不足が生態系に及ぼす影響、倒木更新と菌類の関係医、枯木の存在が炭素備蓄に役立つ仕組みまで。身近な枯木の知られざる自然誌を解き明かす。」
(「はじめに」より)
「宮城県にある我が家の庭に、三年ほど前に枯れたコナラの枯木が立っている。以前から樹勢が弱っていて、キクイムシの穿孔とフラス(幹に穿孔したキクイムシが外に出した大量の木屑)がたくさん見られた年もあったし、根元からカエンタケ(炎のような色と形が印象的な硬い毒キノコ)が生えた年もあったけれど、なんとか枝の一部だけ葉がついていたのだが、ついに枯れた。
この枯木、そのまま放ってある。樹高10メートルくらいあり、車の駐車スペースのすぐ横なので、枝が落ちてくると危ないのだが、そのままにしてある。実際、大風のたびに枯れた枝がバラバラと落ちてくるのだが、今のところ車は無事だ。
なぜ放置してあるのかというと、次々に面白いものが見られるので、切れないのだ。まず、ナラ枯れ(カシノナガキクイムシによって媒介される病原菌によるナラ類樹木の枯死。正式名称は「ブナ科樹木萎凋(いちょう)病」)とお約束のようなカエンタケの発生(ナラ枯れで枯死したナラ類樹木の根元に生えることが多い)が庭で見られることも、なかなかない。枯れかけてキクイムシの穿孔がひどかったときは、穴から樹液が大量に出るのでカブトムシやクワガタが鈴なりになって子ども(というよりも僕)が狂喜していた。
そして、枯れた直後の秋にはなんと幹からツキヨタケが生えてきた。ツキヨタケは発光することで有名な毒キノコで、普通はもっと標高の高い山の上のブナの枯木に生える。こんな標高の低いところ(我が家の標高はおよそ130メートル)のコナラに生えるのは初めて見た(山から運んできたブナの倒木に生えているのを京都駅近くで見たことはあるが、これは強制移住であろう)。ブナの森にわざわざ行かなくても庭で光るキノコが見られるのはなかなか良い。
ツキヨタケとよく一緒に生えるムキタケもやっぱり生えてきた。この二種はもしかしたら何か寄生関係のようなものがあるのかもしれない。ムキタケは、ツキヨタケとよく似ているが、こちらはおいしい食用キノコである。翌年の春には、ひと冬越した萎(しな)びたムキタケをリスが食べに来た。幹の上のほうの安全な場所でムキタケをむしっては、枝の上で一心不乱に食べている。と思ったら、ふと動きを止めて、まだたくさん残っているムキタケを無造作に下に落とした。リスがキノコを食べることは、欧米では有名だが、日本ではなかなかお目にかかれない光景だ。
去年からは、幹の下のほうにナメコが大量に発生し始めた。
もし、枯れた時点でこのコナラを切り倒して薪にしてしまっていたら、こんなに面白いいろいろなものが見られなかったと思うと、やっぱり切れない。
「枯木も山の賑わい(つまらないものでもないよりまし)」という言葉があるが、「枯木こそ山の賑わい」といってもいいような生き物の賑わいが枯木にはある。実際、花咲か爺さんがわざわざ花を咲かさなくても、ひとたびしゃがみ込んで枯木の表面に顔を近づけてみれば、時間を忘れて見入ってしまうほどの摩訶不思議な生き物たちの営みを見ることができる。だから枯木をただの燃料として燃やしてしまうのは、もったいない。僕は焚き火も薪ストーブも好きだが、これまで枯木で見つけてきたたくさんの面白いものを想像すると、なかなか薪にできない。本書では、読者の皆さんをこのジレンマに引きずり込もうと思う。」
「第1部(枯木ホテルの住人たち)では、僕がこれまで枯木の上で出会ってきたいろいろな生き物を詳しく紹介する。基本的に僕自身の体験に沿った書き方をしているので、一人の研究者の生態としても興味をもっていただけるかもしれない。第1章では、小学校の自由研究から始まったコケとの付き合いについて、第2章では、博物館の夏休み講座での変形菌(粘菌)との衝撃的な出会いについて、第3章では、大学から今につながるキノコとの運命的な出会いについて、第4章では、共同研究者と行った腐生ランを巡る旅について、第5章では、家の庭に置いてある丸太にやってきた昆虫や動物について紹介する。
枯木に住んでいる生き物は、こういった目に見えるものたちだけではない。第6章では、バクテリアやウイルスの話もまとめた。さらに、目に見える生き物であっても、それらの栄養のやりとりなどを直接観察することはできない場合も多い。本書では、そんな〝目に見えない〟ものを可視化するために生態学で使われている「環境DNA分析」や「安定同位体分析」などについても解説している。これらの手法は本書の全体にたびたび登場するので、今や生態学にとって欠かせない手法であることを理解していただけると思う。
枯木でいろいろな生き物を見つけて喜んでいても仕方がないと思うかもしれないが、枯木は多くの自然現象とつながっている。その代表が、地球の環境変動でますます重要性を増している、炭素の貯留だ。
枯木は、重量の約半分が炭素でできており、分解する過程で二酸化炭素を放出するが、すべてが分解して大気中に放出されるわけではない。分解しにくい一部の成分が残り、土壌有機物として炭素の貯留に貢献するだけでなく、養分を吸着して豊かな土壌を形成する。この分解というプロセスがどう進むかは、そこに関わる生き物の働きにかかっている。土もまた、人類の存続には必要不可欠だ。
第2部(枯木が世界を救う)では、地球規模の出来事に枯木がどう関係するのかについてまとめた。まず第7章で枯木の分解が菌類によってどのように進むかについて紹介した後、第8章では近年世界中で多発する森林樹木の大量枯死と、それによって大量に発生する枯木が生態系に与える影響について、第9章では、逆に枯木が森の中からなくなるとどんなことが起きるのか、第10章では、そもそも枯木があることで僕らはどんな恩恵を受けているのかを説明する。そして最後に第11章では、森林が持続的に存在するための、次世代の樹木の成長に重要な倒木更新という現象について紹介する。」
「本書では、野外にある枯死木のことを「枯木(かれき)」、林業で生産・製材加工された木のことを「木材」と呼んで区別した。ただし、枯死木を分解する菌類に関しては、分解する対象が野外の枯木であろうと製材された木材であろうと「木材腐朽菌」という用語を用いた。
(・・・)
山で、公園で、庭で枯木を見つけたときに、その枯木の中に住んでいる生き物や、枯木から始まる物語に想いを馳せていただけたら、この上ない喜びである。」
(「2 枯木が世界を救う/第9章 枯木が消える─喪失を取り戻せるか」より)
「森林が切り拓かれ農地になっていった古い時代から、枯木に依存する生物の絶滅は始まった。農耕の歴史が古いヨーロッパでは、今から約三〇〇〇年前の青銅器時代後期にはすでに、耕作可能な平地から森林が消失している。」
「森が残っていても、管理された森、特に木材の生産を目的とした人工林では、木材は収穫されて持ち出されるため、森の中には枯木が残らない(もちろん不要な枝葉は残されるが)。巨大な枯木の存在は、森の自然度の指標でもある。また、人工林は〝売れる木〟の純林として仕立てられている場合が多い。幹が真っ直ぐに育ち木材として使いやすい樹種ばかりが植えられ、大きくなれば伐採されて収穫されるため、さまざまな樹種の枯木は見られなくなる。
林業活動によって、森の中に多様な樹種の枯木、特に直径の大きな枯木がまったくない状態が長期間続くと、そういった枯木に依存している生物は絶滅してしまう。」
「注意すべきなのは、枯木の不在による生物相への影響が現れてくるには、時間がかかるということだ極端なことを言えば、枯木の豊富な天然林だったところを切り開いて、日本であればスギなどを植えて人工林にしても、枯木に依存する生物のすべてがすぐに絶滅するわけではない。絶滅は時間の遅れを伴って起こる。(・・・)ただ、枯木がない状況が長期間続けば、枯木に依存している種は遅かれ早かれ、絶滅する。このように、好適な生息場所(この場合は枯木)が将来においてこれ以上減少しないとしても、すでに引き起こされた環境の変化によって個体群が徐々に絶滅へと向かっており、生物種の絶滅が遅れて生じる現象のことを、生態学の用語で「絶滅の負債(extinction debt)と呼ぶ。絶滅への途上にある生物は、現在の生息地の状態ではなく過去の生息地の状態に依存していると考えられる。」
(「おわりに」より)
「本書では、生物の多様性や炭素貯蓄における枯木の重要性を紹介してきた。僕のスタンスは、森の中の枯木はなるべくそのままにして自然に分解させよう、というものだ。しかし、すべての枯木を森の中に残しておけねいことは僕もわかっている。化石燃料への依存から脱却するためには、木質バイオマスなどの再生可能エネルギーの利用は必要だ。ただ、そればかりになって、〝枯木が薪にしか見えなく〟なり、過剰な利用が続くと、結局は森林の生態系が破壊されて、今の暮らしが脅かされることにもなりかねない、ということも考えておく必要がある。私たちの暮らしは、知らず知らずのうちに森林から多くの影響を受けている。」
「枯木の本を書くために調べ物をしていて、「枯れた技術」という言葉があることを知った。(・・・)ここでいう「枯れた」とは、「その技術が開発されてから長い時間が経ち、不具合などが解消されて技術として成熟・安定して状態」を表す。つまり好い意味で使われている。
もちろん、枯れた技術がすべて安定というわけではないだろう。新しい技術のほうが効率よく安定的にパフォーマンスを発揮することもある。重要なのは、新旧の技術をバランスよく使い、全体のパフォーマンスと安定性を確保することだ。
これからの森林管理でも、同じことがいえるかもしれない。再生可能なエネルギーとしての木質バイオマスを新技術を使って利用すると同時に、生物の多様性や炭素備蓄に重要な働きをしている巨木や枯木は保全する。そのバランスを見極めることが必要だが、結果として生態系や僕らの暮らしにどんな影響が出るのか、答えが出るのもしばらく先の未来だ。だからこそ、生態系の仕組みをよく見つめ、過去の出来事から学びながら、よく考えていかなければならない。」
○もくじ
はじめに
1 枯木ホテルの住人たち
第1章 コケ─エメラルドシティ
コケ少年
コケは倒木の上に
共生バクテリアの窒素固定能力
クマの縄張りで調査
コケの微塵切り
コラム フィールドノートから
第2章 変形菌─森の宝石
変形菌との出会い
大学キャンパスの変形菌
変形菌に来る虫
都市公園の変形菌
変形菌の飼育実験
変形体は何を食べるのか─安定同位体分析
変形菌のお食事メニュ
コラム フィールドノートから
第3章 キノコ─記憶し決断するネットワーク
キノコはかりそめの姿
黒光りする糞
生きた葉に潜む内生菌
落葉の分解プロセス
カワウの糞の影響を調べる─リターバッグ法
菌糸の養分輸送力
菌糸体を飼う
菌糸体の記憶力・決断力
成長方向を決める菌糸の記憶
菌糸体の知能
コラム フィールドノートから
第4章 腐生ラン─菌を食う植物
菌根菌ネットワーク
森林の〝境界〟
地下の菌と地上の植生の関係
菌糸を介した植物間の炭素のやりとり?
炭素を菌に依存する植物
木材腐朽菌を食べるラン
炭素年齢で炭素供給源を探る
腐生ランの種特異的な関係
枯木に絡みつくタカツルラン
新たな疑問
コラム フィールドノートから
第5章 動物たち─庭の丸太実験
庭に置いた丸太
丸太に来たリス
リスはどうやってキノコを見つけるのか?
コケの分散を助けるリス
ビスコの昆虫群集─カメムシ・ケシキスイ・チビヒラタムシ
穿孔性の昆虫たち
昆虫と腐朽型の関係
菌が作るニセの卵、ターマイトボール
コラム フィールドノートから
第6章 まだ出会っていない生き物たち─環境DNAで〝見える化〟
見えない微生物を見えるようにする技術
ポリメラーゼ連鎖反応
環境中の有象無象のDNAを読む
バクテリアによる窒素固定
菌類を乗りこなすバクテリア
マイコウイルス研究が熱い
コラム フィールドノートから
2 枯木が世界を救う
第7章 木が「腐る」─お菓子の家で考える
「分解」の重要性
樹木の死
樹洞を作る菌
森の土に埋まる宝物〝肥え松〟
お菓子の家の話
セルロースを守るリグニン
腐朽菌の生き方─どうやってお菓子を食べるか
食べ残しが土を作る
腐朽菌の多様性が高いと分解が遅くなる?
適度に食われて分解促進
コラム フィールドノートから
第8章 森が消える─樹木の大量枯死
北米のマツの大量枯死
ヨーロッパのトウヒの大量枯死
伊勢湾台風がもたらした大台ヶ原の風倒被害
北八ヶ岳の風倒跡地
マツ枯れ
ナラ枯れ
森林火災─木炭化が与える影響
火入れで生態系はどう変わるのか
コラム フィールドノートから
第9章 枯木が消える─喪失を取り戻せるか
エルトンと枯木
枯木ロスによる生物の絶滅
絶滅の負債
絶滅速度の推定
絶滅危惧種
日本の絶滅が危惧される菌類
胞子の散布距離
サルベージ・ロギング─枯木撤去の長所と短所
枯木や老齢木を作り出す─保持林業
ベテラナイゼーション─古木に親しむ
コラム フィールドノートから
第10章 枯木の恩恵─生態系サービス
森林バイオマスの利用は〝環境にやさしい〟のか?
誰もが受けている生態系サービス
世界と日本の森林炭素貯留量
温暖化はシロアリの枯木分解を促進する?
巨木や老齢林の炭素貯留はすごい
枯木の貯蔵庫Wood Vault
生態系の安定性とバイオマス利用
コラム フィールドノートから
第11章 次世代の森へ─倒木更新
倒木更新との出会い
東京都立東大和公園
マツ枯れの倒木は実生のホットスポット
倒木更新の王道、トウヒ
コケと腐朽型と菌根菌と実生の関係
森林攪乱や気候の影響
トウヒを追ってヨーロッパへ!
スギも倒木更新する?
倒木更新と腐朽型の関係
コラム フィールドノートから
おわりに
参考文献
索引
□深澤遊(ふかさわ・ゆう)
1979年、山梨県生まれ。信州大学農学部卒業、京都大学大学院農学研究科修了。博士(農学)。
日本学術振興会特別研究員(京都大学)、森林組合職員(和歌山県)、
財団法人トトロのふるさと財団職員(埼玉県)を経て、東北大学大学院農学研究科助教。
東北の森に住みつつ、枯木を訪ねて世界中の森をめぐる。
International Mycological Association Keisuke Tubaki Medal、
日本生態学会宮地賞、日本菌学会奨励賞、日本森林学会奨励賞などを受賞。
2021年、独創的な研究に挑戦する若手研究者「東北大学プロミネントリサーチフェロー」に選出される。
著書に『キノコとカビの生態学』(共立出版)、訳書に『地上と地下のつながりの生態学』(共訳、東海大学出版部)、
『枯死木の中の生物多様性』(共訳、京都大学学術出版会)など。
登山、サイクリング、生き物のスケッチ、ジェンベ演奏などが好き。
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