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松本大洋『東京ヒゴロ (1)(2)(3)』

☆mediopos3299  2023.11.29

松本大洋が初めて描いた漫画創作の物語
『東京ヒゴロ』が全三巻で完結

物語としては比較的単純だが
松本大洋以外には表現できないであろう
独特のテイストをもった作品となっている

大手出版社で三十年間
漫画編集者として生きてきた塩澤和夫は
念願が叶って創刊した漫画雑誌『夜』が休刊となり
その「贖罪」のために長年勤め続けた会社の辞職を決意

さらには漫画からも決別しようし
人生を支えてくれていた宝物である漫画を
全て処分しようとするが思いとどまる
漫画と離れることはできなかったのである

しばらくして塩澤は駆け出しの編集者だった頃
初めて担当を任された作家・立花礼子の葬儀に出席し
そこで亡くなったはずの立花と会話を交わす・・・

そしてもう一度理想の漫画雑誌を作りたいと思い立ち
かつて関係した自分が信じる漫画家たちを訪ね歩く

自信を失い描けなくなった漫画家
進むべき道に迷った若者・・・
塩澤は懸命にそんな漫画家たちに執筆を依頼し続け
それぞれの人生が交錯する東京の空の下で
漫画が生みだされてゆく

物語はおおよそ上記の通り

漫画からの引用は難しいけれど
雑誌を作ることを決意したきっかけとなった
亡くなった漫画家・立花礼子と交わされた会話
そして雑誌が完成したあとで
交わされた会話を
以下に引用しておくことにした

おそらくその会話のなかにある
塩澤の
「創造をする苦難の中に・・・
 その道程にこそ、喜びがあった」
というところに
『東京ヒゴロ』が描かれなければならなかった
とても大切なことが描かれていると思われる

AIに代わりをしてもらおうというような
人間のあるいはかけげえのない人の生が
いらなくなってしまいかねない
そんな時代だからこそ

こうした一見古めかしくも感じられる漫画が
泥臭く描かれなければならなかったのだろう

■松本大洋『東京ヒゴロ (1)(2)(3)』
(ビッグコミックス 小学館 2021/8・2022/9・2023/10)

(「東京ヒゴロ (1)」〜「第1話 本日、一身上の都合により退職いたします。」より)

「白い文鳥/きょうがさいご・・・
      さびしいですね・・・
      すこし。

      そうでしょ?

 塩澤/感慨はありますが、仕方のないことです。

    (・・・)

    私はあそこで働くに値しない、人間なのですから。」

(「東京ヒゴロ (1)」〜「第5話 大船、11時、立花礼子先生葬儀。」より)

「立花/来てくれて嬉しいわ。
    塩澤君。

 塩澤/・・・私がまだ駆け出しの編集者だった頃・・・
    初めて担当を任されたのが、立花先生でした。

 立花/そうね。
    当時は若い人がつくことが多かった・・・

    あの頃の私は人気も安定してあったし、
    わがままも言わなかったから・・・

    聞きわけのいい優等生だったもの・・・

    でも・・・本当は、
    もう描くことが苦しくてね・・・
    いっそ大病でも患わないかと・・・
    そんな不埒な期待までしていたのよ。

    気付いていたわけよね?
    塩澤君は・・・

 塩澤/はい。
    存じておりました。

 立花/覚えてるかな。
    塩澤君・・・

    今日のように雨が降った
    深夜の喫茶店。
    既に私は印刷所を待たせる常連になっていて・・・

    その夜の受け渡しも終電ギリギリで・・・
    慌てて帰るあなたを正直
    私は冷ややかに見送ったわ・・・

   篠突く雨が降る軒先で
   しばらく立ち尽くしたあなたは・・・

   突然背広を脱いでグルグルと原稿に巻き付けてね・・・
   その上に傘をさいて・・・
   自分の体は放っぽり出して・・・

   あの時、私
   決めたのよ。

   これからは
   自分が好きなものだけ描くって・・・

 塩澤/はい。

 立花/どんどん売れなくなっちゃった。

 塩澤/はい・・・

    そんな先生の作品をとても好きでした。

 立花/知ってる。

    あなた担当を離れてからも、
    私の漫画が出るたびに感想の手紙をくれたわね。
    いつもその手紙を楽しみにしていたわ・・・

    もう一度塩澤君と組んで
    何か作りたかったな・・・
    それだけが少し心残りかしら・・・

    それでも総じて幸せな人生だったわ。
    たくさんの漫画を描いて
    いくつもの世界を生きることができた・・・

    ねえ、知ってる?
    塩澤君。

    人は誰でも
    いつか死んでしまうみたいよ。」

(「東京ヒゴロ (3)」〜「最終話 夜明け、午後の再訪」より)

「塩澤/とても
    立花先生らしい・・・美しい作品です。

 立花/本当?
    塩澤君にそう言ってもらえるなんて嬉しいわ・・・

    あなたにもう一度、
    私の漫画を読んでもらいたかったの。

    それで・・・
    あなた、最近はどんな気分なの? 塩澤くん・・・

    自らの理想とする漫画誌を創るために駆けずり回って・・・
    やっと完成させたのね。

    想像していたよりずっと・・・
    たくさんの人が手にとって、読んでくらたんじゃない?

 塩澤/はい。

 立花/あなたの宝物になったわね・・・

 塩澤/はい。
    現在の状況をとても有り難く感じております。

    しかし・・・当初 私は本を完成させることこそが、
    そして、それを多くの読者に届け
    評価していただけたなら、
    大きな喜びを得られるものと考えていました。

    ところが今になり気が付いたのです。
    創造をする苦難の中に・・・
    その道程にこそ、喜びがあったのだと。
    
 立花/ふふ・・・
    変わらないのね。塩澤君・・・

    新人だった、あの雨の夜からちっとも・・・・・・
    
    素敵よ・・・」


□松本大洋(まつもと・たいよう)
1967年、東京都生まれ。’87年、講談社「月刊アフタヌーン四季賞」で準入選を果たし、デビュー。『週刊モーニング』にて『STRAIGHT』、『点&面』を連載した後、『ビッグコミックスピリッツ』にて『ZERO』、『花男』、『鉄コン筋クリート』、『ピンポン』、『竹光侍』(原作:永福一成)などの作品を発表。『竹光侍』は2007年に第11回文化庁メディア芸術祭マンガ部門優秀賞、’11年に第15回手塚治虫文化賞マンガ大賞を受賞。’16年『Sunny』で第61回小学館漫画賞受賞。’20年『ルーヴルの猫』で米国アイズナー賞を受賞。現在『東京ヒゴロ』をビッグコミックオリジナル増刊号(小学館)にて連載。

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