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ヴィスワヴァ・シンボルスカ『瞬間』/『シンボルスカ詩集 』

☆mediopos2825  2022.8.12

ポーランドの詩人であるシンボルスカは
二〇〇二年にノーベル文学賞を授賞している

そのときはまったく知らずにいたが
受賞後初であり生前最後の詩集となった『瞬間』が
最近になって訳されていて(沼野充義訳)
その詩集に収められている
「とてもふしぎな三つのことば」という詩に興味をひかれ
その他の訳されている詩集もあわせて読んでみることに

シンボルスカにの経歴等ついては
詩集『瞬間』の解説や
『シンボルスカ詩集 』の解説に書かれてあるが
それはそれとして
今回のmedioposでは詩集『瞬間』に収められている
三つの詩を読みながら考えたことを少しばかり
(以下に詩を引用してある/三つめの詩は最初のところだけ)

まず「とてもふしぎな三つのことば」

未来と静けさと無

ことばは
発せられると
むしろそのことばとは
矛盾してしまうものを
そこから生みだしてしまいもするから

沈黙せざるをえないことも多いのだが
それでも詩人は
ことばそのものを過去にし
ことばが表すものを壊し
ことばに矛盾してしまいながら
それらを超えて言葉を紡ごうとする

「ふしぎ」なのは
「三つのことば」だけではない
「ことば」そのものが「ふしぎ」にほかならない

つづいて「統計の説明」

「100人」というと
「世界が100人の村だったら」というのが
流行したことを思い出すが
(訳者の解説でもふれられている)

シンボルスカは「世界」というのはなく
「100人」のうちの何人という
統計に模した数字を使って
人間という存在を見つめている

「一人一人では害がないのに
 群れ集まると狂暴になるのは
 確実に半分以上」

「いざとなったら
 無慈悲になれるのは————
 いえ、おおよその数であっても
 知らないですませたいもの」

とあるように
非人間的とさえいいたいけれど
それこそが人間性の一面であることを
「統計」として「説明」していく

そして「一覧表(リスト)」

「質問を書き出して一覧表を作」り
「もう答えを待っていることができない質問ばかり」が
書かれている詩である

学校では
答えのある質問ばかりが与えられ
その答えの正解の数が点数化されるが

ほんとうに質問したいことのほとんどには
たとえ答えが切にほしいと思っても
答えなんかないということには
おそらくはだれでも気づいている

さてシンボルスカの詩は
難解なものではない
訳者の沼野充義氏の言うように
「現代詩の世界では珍しく
比較的単純な言葉と平明な構文を用いながら、
深い意味へと導いていく」

現代詩といってもさまざまで
一様に現代詩はこうだということはできないが
ときにはこうした現代詩的ではない
アフォリズムのようにさえ読めるような詩も新鮮だ

■ヴィスワヴァ・シンボルスカ(沼野充義訳・解説)
 『瞬間』(未知谷 2022/4)
■『シンボルスカ詩集 』(つかだみちこ編・訳)
 (世界現代詩文庫29 土曜美術社出版販売 (1999/1)

(ヴィスワヴァ・シンボルスカ『瞬間』より)

「とてもふしぎな三つのことば

「未来」と言うと
 それはもう過去になっている。

「静けさ」と言うと
 静けさを壊してしまう。

「無」と言うと
 無に収まらない何かをわたしは作り出す。」

「統計の説明

100人のうち

なんでも人よりよく分かっているのは
 52人

何事にも自信がないのは
 残りのほとんど全部

たいして手間がかからないなら
 人を喜んで助けようと思う人は
 49人もいます

根っから親切で、不親切になりようがなく
 いつでも親切なのは
 4人、いや、ひょっとしたら3人

人のことを妬まずに素晴らしいと思えるのは
 18人

いつでも誰かを、または何かを
 怖がっているのは
 77人

幸福になる能力に恵まれているのは
 せいぜい20数人

一人一人では害がないのに
 群れ集まると狂暴になるのは
 確実に半分以上

いざとなったら
 無慈悲になれるのは————
 いえ、おおよその数であっても
 知らないですませたいもの

何か起こってから、ああすればよかったと想うのは
 その前からこうすればいいと分かっている人よりも
 若干多いです

人生からモノしか受け取らない人
 40人
 (間違っていればいいと思いますけど)

暗闇の中、光もなく
 苦痛に身をよじることになるのは
 80数人
 遅かれ早かれ

同情に値する人
 99人

死すべき人
 100人中100人
 この数字が変更される見通しはいまのところありません」

「一覧表(リスト)

質問を書き出して一覧表を作った
 もう答えを待っていることができない質問ばかり
 答えを出すのは早すぎたが
 答えが出ても理解できないような質問

質問のリストは長く
 重要な問題や、さほど重要ではない問題を取りあげている
 でもあなたたちをうんざりさせないように
 そのいくつかだけを披露しよう

何が本当だったのか
 かろうじて本当のように見えていたのは何だったか
 星の世界の、そして星空の下の
 入場券の他に退場券も必要な
 この劇場の観覧席で

この生きている全世界についてはどうか————
 私はもうそれを他の生きている世界と
 比べることはできないのだけれど

(※以下、略)」

(ヴィスワヴァ・シンボルスカ『瞬間』〜沼野充義「解説」より)

「本書『瞬間』はポーランドの詩人ヴィスワヴァ・シンボルスカ(一九二三〜二〇一二)が二〇〇二年にまとめた詩集(原著Wislawa Szymborska,Chwila,Wydawnicttwo Znak,2002)の全訳である。(・・・)シンボルスカは一九九六年にノーベル文学賞を受賞しており、これは受賞後初めての詩集である。
 ただし、円熟とはいっても乱れがなく、すべてが調和のとれた詩的世界になっているわけではない。この詩集にいたるまでに、シンボルスカは二つの大きな喪失を経験していて、その気配がここに濃厚に漂っており、単純に円熟した清澄な世界になっているわけではない。二つの喪失とはポーランドにおける社会主義体制が一九八九年に崩壊したこと(およびその後社会的混乱が続いたこと)と、長年のパートナー、コルネル・フィリポヴィチが一九九〇年に亡くなったことである。」

「旧体制の崩壊および最愛のパートナーの死という二つの喪失体験は前の詩集『終わりと始まり』(原著一九九三年)の刊行直前のことなので、すでにそちらに直接的な影響を見ることができるが、『瞬間』ではその経験が時を経てより深く浸透しているように感じられる。加えて、シンボルスカ自身の老いの自覚と、もはやさほど遠い未来ではないかもしれない自らの死の予感も重なり、一種の「総括」の気分も漂い、読者はいつも彼女の詩から受け取る、世界のあり方に関する驚きとアイロニカルであると同時に優しく透徹して見晴らしだけでなく、より厳しく苦い諦念のようなものを感じるのではないだろうか。
 ただし言葉の使い方を見ると、現代詩の世界では珍しく比較的単純な言葉と平明な構文を用いながら、深い意味へと導いていくシンボルスカの作風に本質的に変わりはない。その一方で、時折実験的な表現方法も試みてそれまでの詩法に安住することなく、新しい境地を切り拓こうとしている面もある。」

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