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甲野 善紀・方条 遼雨『上達論/基本を基本から検討する』

☆mediopos2906  2022.11.1

学ぶとき
障壁となるのは
むしろ「基本信仰」である

「基本」を身につけることは
なによりも大切なのだが
その「基本」を真に知る者は稀有である
むしろ誰も知らないとしておいたほうがいい
そのため「基本」は
そのもともとの「基本」から見当する必要がある

知らないままに
「まず基本を身につけよう」とし
思い込みでしかない「基本」を覚え
それを繰り返しても
「下手な動きを支える道筋」が
どんどんできてしまうばかりになる

「概念」や「定義」を学ぶときにも
同じことが言える

そのときの「基本」である「概念」や「定義」は
その多くが固定化され死んだ姿をしている
そうした死んだものを基本として
それを繰り返し学んで記憶していっても
思い込みが重ねられていくばかりだ

甲野善紀の武術には「基本」がないという

学ぶ者はすでに与えられた
「基本」なるものを身につけるべく
やみくもにそれを繰り返すのではなく
その都度瞬間瞬間の対応を迫られる

決まったことを「わかる」ことに意味はない
意味のあるのは
常にどうすればできるようになるか
その「工夫」を創造し続けること以外にはない

「考える」ということ
「学ぶ」ということも
決められたことを「覚える」ということではない
この用語は権威ある人がこんな定義をしているとし
それをたくさん覚え込んでアーカイブをつくっても
それは創造的な思考とは対極にある

本書『上達論』のなかでおそらく最も重要なのは
「基本に替わるもの」として挙げられている
百十二の項目のなかの「百十、武装解除」だろう

「身の内にある「余計なこと」」
つまり「期待」「不安」「恐怖」「迷い」
「殺意」「闘争心」から自由になる必要がある

「プライド」や「誇り」も
自分を護ってくれているであろう「鎧」ではあるが
それはみずからの動きを鈍重にしてしまう「弱さ」となる
「プライド」や「誇り」が傷つけられたとき
ひとはどうしても過剰反応のように
それを護ろうと頑なになってしまうからである

そのために必要なのが「武装解除」なのだ

世に尽きることがなさそうな「論争」も
その多くが不毛な戦いであることが多い
双方がみずからが身につけてきた「基本」と
相手が身につけてきた「基本」との争いとなる
そしてその勝敗も決して創造的なものへとは向かわない

論じるときにも「武装解除」を事とするのがいい
相手に勝って論破(勝利)しようとし
じぶんの論が論破されるかもしれないと思う「怖れ」から
さまざまな「鎧」を身につけ
みずからの「プライド」や「誇り」を護ろうとするのは
それらそのものが不毛な議論となる

「上達」ということの極北にあるのは
それらから自由であることに他ならない
「学ぶ」ことは創造であって
「武装」することではないのだから

■甲野 善紀・方条 遼雨『上達論/基本を基本から検討する』
 (PHP研究所 2020/1)

(「序・「基本」に替わるもの」より)

「甲野善紀先生は物事の習得において、「基本をひたすらに繰り返せ」といった練習法に否定的な立場を取られています。
 それは、「この世に基本など存在しない」と言い切っているのではなく、「安易に基本を定める」事の危険性について語っているのです。
 そこには、主に二つの大きな問題が関わっています。

{○単純な「繰り返し」になってしまう

様々な流儀・分野で多く見られるのは、「素振り何百回」などと繰り返す練習をしながら一向に上手くならない、「初心者のようなベテラン」です。
(…)
 人間には、良くも悪くも「適応力」というものがあります。
 一つの動きを繰り返せば、その動きを支える筋肉がついてゆきます。
 当然、「下手な動き」を繰り返せば、「下手な動きを支える筋肉」が増強されます。
 胎内に、「下手な動きを支える道筋」がどんどんできてしまうのです。
 それが「癖」です。
 (…)
 単純な筋力に頼らない武術的な技に対しても、余計な「癖」のない素人の方が、柔軟な耐久力を発揮したりします。
(…)
 体の使い方が「上手い」とされているプロや指導者達の「特定の動き」を植え付けてきた経験が、かえって未知の世界に対する」「対応力」や「習得」の障害となっている場合があるということです。
 本来、この世のあらゆる事象は「初見」であり、「未知」です。」

「○「基本」を断言できる指導者がどれだけいるのか
 
 古の達人のように、抜群に体を使える人が正確にその「意義」を把握し、慎重に誘導するならば大きく道を逸れないで済むかもしれません。
 しかし、そのような人がほぼ絶滅状態にある昨今、よほど自信のある人でも他人に「これが基本だ」と植え付ける行為は、本来恐ろしい事なのです。
 甲野先生自身、その「恐ろしさ」をよくよく把握しているからこそ、いまだ自分の武術に「基本」を定めていないのだと思います。
 では、「基本が無い」甲野先生の武術をどう学べば良いのでしょうか。
 多くの人が、ここで頭を悩ませる事になります。
 残念な事に、手掛かりが無いまま早々に挫折をしてしまう人もいます。
 一方で、甲野先生は驚くほど多彩な人材を輩出しているという面もあります。
 「基本がない」はずの先生の元で学んだ人達の中から、武術やスポーツに留まらず、多くの分野で活躍する指導者や選手が生まれているのです。

「挫折をした人」と「残った人」。この違いは何なのでしょうか。

それは「基本に替わるもの」を手に入れた人達だと私は考えています。」

(「百十、武装解除」より)

「私は武術や身体を通し、次々と身の内にある「余計なこと」が見えて来ました。
「期待」「不安」「恐怖」「迷い」
 そして、「殺意」や「闘争心」もそうです。

武術には「気配」というものがあり、それは相手に自分の初動を察知させてしまう事前情報のようなものです。
 殺意や闘争心が湧き上がると、「事前情報」が如実に伝わります。
 お互い雑な戦い方をしていれば、その「ぶつかり合い」で何とかなりますが、「見える」人には「見えて」しまうのです。
 そういう戦いの中で、「殺意」が漏れ出していては、相手にこちらの攻撃は当たりません。
 また、「殺意」を成す上で、殺意も闘争心も「妨げ」になります。
「相手を殺したい」「倒したい」、それらも「期待」の一種であり、まさに「変わりかけの信号機」だからです。
「怒り」もそうです。
「頭に血が上っている」状態では刃筋が乱れ、「最善」から必ず外れます。
 それは、武術においては「死」を意味します。
「プライド」「誇り」もそうです。
「プライド」とは自己に対する強烈な「固定観念」で、自身を「上等な存在」という認識に縫い付けようとします。
 しかし本質的に「上等な存在」などこの世にはなく、誰しも必ず「欠点」があります。
 しかしプライは、そうした「欠点」に目を向ける事を拒絶させる力が働きます。
 それは先述したように、人間の持つ最大の「弱さ」の一つです。

「プライド」「誇り」も、ちっぽけな自分を保つための「メッキ」の一つであり、「本性」はその奥で怯えながら縮こまっています。
 ある時期までは自分を護ってくれる防壁として機能しますが、その「殻」を破らない事には先へと進めません。

今挙げてきた「期待」「殺意」「闘争心」「怒り」なども含め、これらは自分を護ってくれていた「鎧」であるとも言えます。
 ただし、自らの動きや思考をも制限する、鈍重な鎧です。

心体における本当の「自由」とは、鎧すらも脱ぎ捨てた「武装解除」の果てにあるのです。」

《目次》

序・「基本」に替わるもの

一、変わらないもの
二、原則
三、我田引水であるという事
四、原則・「不安定の使いこなし」
五、原理・「膝抜き」
六、体重移動
七、筋力系と重力系
八、フラフラ歩き
九、習得と言語
十、幼児と習得
十一、技を「受ける」
十二、理解と吸収
十三、日本語英語
十四、捨てる力
十五、上達と更新
十六、忘れる力
十七、窮屈と解放
十八、根幹から変える
十九、栄養
二十、解釈の精度
二十一、解釈は後
二十二、余計なこと
二十三、才能
二十四、不親切と能力
二十五、ランダムとアナログ
二十六、ロボット
二十七、デジタル
二十八、たとえ
二十九、想像力
三十、たとえ負け
三十一、飛距離
三十二、武術と創造性
三十三、引用型と創造型
三十四、ゴルフクラブ
三十五、根本原理
三十六、根本原理の組み替え
三十七、通底するもの
三十八、三層分類
三十九、松聲館スタイル
四十、稽古を読みとく
四十一、無自覚である事
四十二、嚙み合わない
四十三、稽古の病
四十四、本格派ごっこの病
四十五、未完成な土台
四十六、単純な動き
四十七、癖
四十八、手慣れた動き
四十九、依存
五十、呪い
五十一、手術とレース
五十二、根本原理組み替えの三原則
五十三、道具癖
五十四、植え付けと組み替え
五十五、整理
五十六、偏見の形
五十七、許し
五十八、許せない人
五十九、怒り
六十、許しの練習
六十一、寛容と我慢
六十二、難易度設定
六十三、その場しのぎ
六十四、上達ポイント
六十五、武術的キャッチボール
六十六、触覚情報
六十七、能力を育む
六十八、スポーツの可能性
六十九、優劣
七十、試合の有無
七十一、理想形
七十二、試合の無い武道
七十三、武術
七十四、術
七十五、絶滅危惧種
七十六、達人映像
七十七、カルト化
七十八、幻想
七十九、口合気
八十、気
八十一、本当の「技」とは
八十二、できない姿
八十三、落とし穴
八十四、身の程
八十五、遊離
八十六、強さ
八十七、考察
八十八、発想
八十九、オープンソース
九十、問題のまとめ
九十一、綱渡り
九十二、勝ち負け
九十三、現実
九十四、変わりかけの信号
九十五、宝探し
九十六、正面押し
九十七、笑い飛ばす
九十八、実験
九十九、取り組み方
百、向上心
百一、転ぶ
百二、放り込む
百三、失敗
百四、甲羅
百五、天才
百六、期待
百七、心
百八、今を生きる
百九、一致
百十、武装解除
百十一、暴力
百十二、理

おわりに

対談「武装解除」論

体に任せる
「完全武装解除の原理」に気づく
もう一つの装解除」
『猫の妙術』をよみとく
小児の戯れの如くなり
ウラ崩し
影観法について
「走り」について
現代武道について

【本書の刊行にあたって】
あとがき

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