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【distance.media】Sonir(Yuta Uozumi)/望月昂/望月昂「サウンディング・ガーデン——植物・音楽・都市」
☆mediopos3674(2024.12.10.)
2023年9月に東京・小石川植物園で行われた
サウンドインスタレーション展示
「Sounding Garden of Koishikawa」のプロジェクトに参加した
電子音楽家のSonir(Yuta Uozumi)
植物学者の望月昂
建築学者でプログラムホストの森下有による
以下のテーマでの全四回の対話(distance.media)から
第一回の対話では電子音楽家・Sonir(Yuta Uozumi)による
テクノロジーと自然の融合による新しい音楽表現について
第二回の対話では建築学者・森下有による
環境全体をデザインの対象とする革新的なアプローチについて
第三回の対話では植物学者・望月昂による
植物と昆虫の相互作用研究を通じて見えてくる
自然界の姿について
まず第一回の対話から
「サウンディング・ガーデン」は
「都市に位置する植物園を舞台に、
都市というコンテクストにおいて
生物が高密度に存在する空間が持つ可能性の束を、
音という情報を介してより多くの方々と関係づける、
リレーションを試みるプロジェクト」であり
電子音楽家のSonirは植物学者の望月昂といっしょに
「chroma;chrono」という作品が作られた
(コメント欄から視聴できます)
「chroma;chrono」では
「ガスクロマトグラフィー質量分析計という装置で
香りの成分を詳しく分析して、
そのデータを基に音楽を構成」している
そこでは「マルチエージェントシステムという
プログラミング手法を用い、香りの成分をそれぞれ
「エージェント」、つまり自律的に動作する
小さなプログラムとして見立て」
「これらのエージェントが相互に作用し合い、
音楽が紡がれるような構成に仕上げ」られ
「一見無作為に聞こえるけれど、
じつは複雑な絡み合いを持っている」
「そんな「音が連鎖・連環する場」」が生み出されている
Sonir氏が面白いと感じているのは
「人間でもなく、完全に機械でもない、
その中間的な存在」だという
続いて第二回の対話から
建築学者でプログラムホストである森下有は
「人間と自然の世界は
シームレスにつながっていて、主客は曖昧」であり
「これまでの、人間を外から見ていた時代では、
社会的責任を取ることがうまくできなかったけれど、
この考え方に立つと、
責任というものの主体が変わって」くるという
ちなみに森下氏がおこなっている建築プロジェクトは
「生態学的というか、建築中心ではなくて、
場とその周縁の要素との相互作用を継続的に問うような、
広範なもの」となっていて
「命の過程と自分たちの関係性を共有できる場をめざし」
「プロジェクトではなくリレーション、
関係性を作る活動と捉え」られている
そして第三回の対話から
植物学者である望月昂の
現在の専門は「花と昆虫の関係性」であり
「花の匂いの研究を始めたところだったので、
香りと音楽を結びつけること」を思いつき
今回の「chroma;chrono」が作られることになった
「神経細胞を持たない植物には、
僕たちが考えるような意味での知性」はなく
「動物の知性とはまったく異なるもの」だとは思うが
「動物との相互作用」もあり
「研究者によって植物の捉え方はさまざま」だという
望月氏の研究においては
植物と昆虫の両方について知識が必要で
「たとえば、花の香りの研究でも、
昆虫の生態を知らないと植物の戦略を理解でき」ない
虫と植物の関係を研究する際の人間の介在については
「農地や植物園は人が手を加えた環境であり、
私たちが「自然」とするのは、手つかずの森や植生」だが
研究は「本当の自然」だけで行われるものだけではなく
人の影響が入った環境も研究対象で
「たとえば、道ばたの草やそこに来る虫を調べたり、
人の手がどの程度入ると生物同士の関係が
変わるのかを研究すること」もあるという
そして人間も自然の一部として捉えるべきかどうか
それは難しい問題だが
「自然の中で進化してきた植物は、
人間の活動とも無関係ではない」と考えている
今回のプロジェクトは
花の香りから音が紡がれ
「自然」と「人工」に響き合う
「サウンディング・ガーデン」という
少しばかり不思議な試みだが
専門領域を超えたところで行われた
自然との新たなつながりが模索されることによって
自然と人工のハイブリッドが
どのような可能性をひらくことができるのか興味深い
■distance.media
Sonir(Yuta Uozumi)/望月昂/望月昂
「サウンディング・ガーデン——植物・音楽・都市」
(全4回のうち#1〜#3)
#1 花の香りが音を紡ぐ:小石川植物園で響き合う「自然」と「人工」(F4-7-1)
#2 「フィールドスタジオ」による新たな環境デザイン(F4-7-2)
#3 植物と昆虫の不思議な関係(F4-7-3)
聞き手:柴 俊一/構成:ナカガワヒロユキ/写真:秋山由樹
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**(#1 Sonir/森下有
「花の香りが音を紡ぐ:
小石川植物園で響き合う「自然」と「人工」」より)
2024.07.17
*「——最初に、みなさんの接点について教えていただけますか?」
森下/小石川植物園の「Sounding Garden of Koishikawa」がきっかけです。Sounding Gardenは、都市に位置する植物園を舞台に、都市というコンテクストにおいて生物が高密度に存在する空間が持つ可能性の束を、音という情報を介してより多くの方々と関係づける、リレーションを試みるプロジェクトでした。参加者を公募で募集したのですが、そのなかの応募者のひとりがSonirさんでした。
Sonir/現代美術や食のディレクターとして活動している津嘉山裕美さんから紹介されたのがきっかけです。僕が生態系を基にした音楽を作っているのを知っていて、「応募してみたら?」って言われて。公募でモチーフとして提示されていたいくつかの空間から一つを選び、プロポーザルを書きました。
——そこで、Sonirさんは、本日はいらっしゃらない望月さんと一緒に「chroma;chrono」という作品を作ることになったわけですね。
Sonir/そうですね。「chroma;chrono」では、ガスクロマトグラフィー質量分析計という装置で香りの成分を詳しく分析して、そのデータを基に音楽を構成していきました。香りの主題として選んだのは、ホヤ クミンギアナという植物です。
——これは単純にデータを音に変えるというわけではないんですよね?
Sonir/ええ。マルチエージェントシステムというプログラミング手法を用い、香りの成分をそれぞれ「エージェント」、つまり自律的に動作する小さなプログラムとして見立てました。これらのエージェントが相互に作用し合い、音楽が紡がれるような構成に仕上げています。植物が無秩序に見えてじつは相互に関係しているように、この音楽も一見無作為に聞こえるけれど、じつは複雑な絡み合いを持っている。そんな「音が連鎖・連環する場」を生み出しました。
——エージェントという概念は、人工生命(ALife)などでいうエージェンシー(行為主体性)に通じますね。人工生命の一つの指標は、自律して動くかどうかだと言います。花の香りをガスクロマトグラフィーで分析するのは科学的なプロセスですが、「chroma;chrono」はその成分にエージェンシーを与えるわけですね。ここに大きな飛躍があって面白いですね。
Sonir/分子レベルで成分がわかるのは素晴らしいことですが、一方で香りを要素に分解すると、全体としての質感(クオリア)は失われてしまう。だから、一度分析したものをエージェント同士の関係や音として再構成することに挑戦しました。これは一種のソニフィケーション(データから音を生成すること)ですが、フリーズドライのようなアプローチと言えます。つまり、ある主題をいったん情報に分解濃縮し、そこから味わい(元の質感)を音響的に再現するという試みです。」
*「Sonir/即興演奏の擬似的な環境を作り出すルールを加えてみたところ、自分たちだけでは出せなかったユニークな音楽構造が一気に生まれました。そうした相互作用を普通にやろうとしたら相当な修練と試行錯誤が必要だったと思います。そこからテクノロジーと生演奏の境界を意識せずに、いろいろな実験をするようになりました。」
*「Sonir/僕の作品は、パフォーマンスでありながら、同時にコンポジション(作曲)でもあるんです。これは森下さんの取り組まれている建築や設計との共通点が、かなりある気がしています。
——どのような部分に共通点を感じているのでしょう?
Sonir/僕の場合、演者同士が何をするかの詳細な楽譜は書きませんが、全体の構造や、環境が変わったときの動き方などのルールを設定します。これは一種の「設計」だと思うんですね。ただし、すべてをトップダウンで定義するのではなく、先の即興演奏の例のように、構成者同士のボトムアップによる「関わり」を重視する。これを「スキーマ」と呼んでいます。
森下/確かに、それはかなり僕の「建築」に近いと思います。昨今の建物設計では多くのものが標準化されていて、それを設計者が選び合わせるだけになりがちです。でも、環境とその場に生きる人々とともに作りながら考え、応答していく方法だと、従来の設計とは異なる対話のスキームが生まれます。だんだん周りのものや人がこれまでとは異なる関係性に巻き込まれていくような感じですね。
Sonir/僕の場合も、人と機械が環境をはさんで呼応するような感じです。同じ環境でも種やエージェントによって、その見え方や意味は大きく変わります。そこがコンポジションの根幹になる。
——Sonirさんの作品づくりにおいては、ノンヒューマンではなく、やはり、肉体を持ったミュージシャンの存在は必要でしょうか。
Sonir/僕が面白いと感じているのは、人間でもなく、完全に機械でもない、その中間的な存在なんですね。以前、バンドでドラマーがエージェントベースで演奏していたときは、少し非人間的でサンプラーのような音を出していました。」
(2024.07.17 小石川植物園園長室にて)」
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**(#2 森下有/Sonir
「「フィールドスタジオ」による新たな環境デザイン」より)
2024.07.17
*「森下/望月さんの研究もそうですが、いまでは植物の香りの源泉となる化合物が個別に分析されるなど、主観的な感覚が科学的に説明されつつあります。人間の感覚と世界のつながりをめぐる認識が大きく変わってきたわけですね。
――どう変化したんですか?
森下/当たり前といえばそうですが、人間と自然の世界はシームレスにつながっていて、主客は曖昧だということ。これまでの、人間を外から見ていた時代では、社会的責任を取ることがうまくできなかったけれど、この考え方に立つと、責任というものの主体が変わってきます。
――植物は何らかの作用をして人間や他の生物を引き寄せ、うまく利用しているように見えます。それは植物が何か意思を持ってそうしているのか、それとも別の要因があるのか。今日、来られなかった望月さんに聞いてみたいですね。
森下/僕も聞いてみたいですね。最近では、菌類がお互いに通信をしているという説なんかもありますし。
Sonir/植物が菌類によって相互接続されていることを表す、ウッド・ワイド・ウェブっていう言葉がありますね。ちょうどいま、マーリン・シェルドレイクの『菌類が世界を救う』(河出書房新社、2022年)という本を読んでいて、その話題が書かれています。
森下/偶然なんですが、僕もいま、その本の英語版(Merlin Sheldrake,Entangled Life: How Fungi Make Our Worlds, Change Our Minds & Shape Our Futures, Random House, 2020)を読んでいるところです。
Sonir/彼の父親、ルパート・シェルドレイクは超心理学者でニューエイジの有名人だったらしく。父がビジョンを作って、子がそれを引き継いでいるのが面白いですね。」
*「――動物と人間の相互関係についてお聞きしたいのですが。環境によって、人に対する動物の反応は変わりますよね。同じ動物が人を警戒したり、しなかったり。この違いの理由や、生物の意識について探究は進んでいるんでしょうか。
森下/フィールドで見ていると、生まれたての鹿は人を見てもまったく逃げません。それが、だんだん逃げるようになってくる。牛も、牛舎で叩かれながら育っている牛はすぐ逃げますし。放牧でおおらかに育てられて、のんびりしている牛は、こちらが行くと逆に近づいてくる。
――確かに、犬も猫も、育成環境で態度や性質はかなりちがいますね。
森下/この前も、建材を作るために牛の糞を集めに行ったら、牛が「何してんだ?」って感じで集まってきて、頭をペロペロなめられて(笑)。警戒じゃなくて、逆に興味があるみたいでした。フィールドでいろいろやっていると、そういう関係性がちょっとずつ見えてきます。
Sonir/以前、望月さんのスズメバチの研究について聞いたことがあります。野良人参の受粉を手伝っているという話が興味深かった。
森下/望月さんのあの観察は驚くほどアナログだそうですね。カメラを仕掛けて、植物の前で膨大な時間を費やして観察する。もちろん、ガスクロマトグラフィーなどの分析も行いますが、現場での観察が基本だそうです。
建物にスズメバチが巣を作ってしまったら、以前なら殺虫剤駆除が当たり前と思ってましたが、野良人参と関係性があると知ると、簡単に殺せなくなりますよね。面白いことに、野良人参はアイヌの人々が風邪や二日酔いのときにお茶として飲んでいたらしく、人の文化的にも関係性が深い。スズメバチもその文化の一部なわけですね。そうであるなら、必要なとき、一時的に良い距離を、物理的に作るほうが良いと。これは熊との関係性にも通じます。かつては排除する時代がありましたが、今後は適切な距離や関係性をどう具体的に作るかが課題です。関係性を消す時代から作る時代に変わったのだと思います。」
*「Sonir 森下さんがやっているプロジェクトは、生態学的というか、建築中心ではなくて、場とその周縁の要素との相互作用を継続的に問うような、広範なものですよね。」
「森下/僕のイメージとしては、みんなで対話をしながら作り上げていくというものです。みんなでこういうふうに作っていこう、こうあるべきだという理解を分かち合うところから始まる。
Sonir/そうなると、単なる受発注の関係を超えていて、コンペティションのような形式にはなりようがないですね。むしろ「一緒にやろう」という巻き込み型になる。
――その手法はいいですね。モデルとなる実験都市みたいなものができれば、それが多くの人に参照されて広がっていく可能性がありそうです。
森下/そうなんです。実際に作ってみないと見えてこないこともたくさんありますから。望月さんや川北さん(小石川植物園園長の川北篤教授)にも関わってもらって、メムではさまざまな取り組みをしています。たとえば、環境整備の方法について、昔はランドスケープアーキテクトのようなデザイン主導で前もって描き切るアプローチでしたが、いまは植物学の観点から、「これはこうではないか」という問いに現地のメンバーが日々応答しながら、さまざまな土地固有の植物を植えたり、森から借りてきて実験したりしています。
Sonir/一方で、「発注者や受注者の関係性の変化」「共同責任」といった概念は、従来の「所有」の概念とどう関わってくるのでしょうか。通常、所有・発注・責任はセットですよね。この関係性が変わると、人々の動機付けや責任のあり方も変わってくると思うんです。
森下/そのあたりの考えは、まだ完全には整理できていないんですが……物と接する責任、つまり資源との関わり方が重要になると思います。資源は共有して、それに対する責任は個々が持つ。コモンズ(共有地)の考え方も、資源が豊富にあった時代には成立したかもしれませんが、いまは世界中で資源が枯渇している。だからこそ、みんながお互いの応答可能性を理解しないと、共有するものがまず失われてしまう世界になりかねません。すでに失われてしまったものも多くあります。
Sonir/従来の所有概念を超えた責任の形があるということですね。で、共有と責任の二項対立をいかに解消するか。難しい。フリーカルチャーの世界でも、著作権分野などで個人の権利が優先され過ぎると利用の環境が制限されて、文化や技術的な進化のチャンスが失われるといわれていますからね。」
*「――「Sounding Garden of Koishikawa」に続いて、今後の計画はありますか?
森下/「Sounding Garden of Koishikawa」は一つの方法論としては良かったのですが、課題もありました。多様な方々が参加してくれて良かった反面、人数が多すぎて一人ひとりと十分に対話できなかった。今後は参加者を絞って、より深い対話と協働をめざしたいと考えています。
Sonir/「Sounding Garden of Koishikawa」では「フィールドスタジオ」という概念がよく使われていましたが、実際には屋内での作業が多かったですね。
森下/そこは、僕は屋内の作品が屋外の環境と対話するという観点で取り組んでいて、作品単体では完結していないと思っています。
Sonir/なるほど。現代の技術では、ミクロの世界の音など、通常は聞こえない音も捉えられるようになりました。そういった新しいサウンドスケープを作り出す試みは面白いですね。」
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**(#3 望月昂/Sonir /森下有
「植物と昆虫の不思議な関係」より)
*「——現在おられる小石川植物園は、日本の植物学の重要拠点の一つだと思いますが、どのような研究をしているんですか。
望月/この植物園は日本の近代植物学の発祥の地とも言えるんです。江戸時代の「本草学」から、明治時代に西洋式植物学が導入されて以来、ずっと日本の植物学の中心地でした。いまは純粋な分類学だけでなく、生態系全体を見る幅広い視点が特徴です。僕たちは、おもに植物と動物の関係性に注目した生態学的なアプローチをとっています。
——望月さんがSonirさんと参加されたプロジェクト「Sounding Garden of Koishikawa」についてですが、どのような形でコラボレーションが始まったんでしょう。
望月/もともとは森下さんからお話があって、当時いた3人の教員それぞれの研究テーマと植物園内のトピックについて、15個ほどのテーマを立てることになりました。僕のいまの専門は花と昆虫の関係性なんですが、ちょうどその時期に花の匂いの研究を始めたところだったんです。そこで、香りと音楽を結びつけることを思いつきました。Sonirさんは本当に熱心で、2週間に1回くらいのペースで来てくれました。
Sonir/大学附属の植物園という空間や、生物学の研究所そのものが新鮮で、子どものようにさまざまな質問をすることから始まりました。ガスクロマトグラフィーという非日常的な装置自体、非常に興味深かった。
望月/僕は正直、ノイズ音楽を含む現代音楽についてはほとんど知識がなかったんです。でも、それがかえって新鮮で面白かったですね。
Sonir/僕も植物の専門的な知識はなかったので、お互いに新しい発見があって刺激的でした。
望月/専門分野の異なる人と協力することで、思いもよらないアイデアが生まれました。この経験は、学際的な研究の重要性を改めて感じさせてくれましたね。」
*「——前回、森下さんとSonirさんとのあいだで、植物が他の生物を引き寄せて利用するのは、そこに意思があるのか、それともなんらかの知性を持っているのかという疑問が出ました。
望月/神経細胞を持たない植物には、僕たちが考えるような意味での知性はないと思います。ただ、化学反応による因果関係の連鎖が、あたかも思考しているように見える可能性はあります。これは動物の知性とはまったく異なるものです。
Sonir/相互作用が知性的に見えているだけだ、ということですね。『菌類が世界を救う——キノコ・カビ・酵母たちの驚異の能力』(マリーン・シェルドレイク著、鍛原多恵子訳、河出書房新社、2022年)のなかでも触れられていましたが、生物学と生態学は分かちがたいものですよね。望月さんの研究も植物単体ではなく、動物との相互作用を扱っています。こうした流れは他の分野でもあるんでしょうか?
望月/生物学の中でも、研究者によって植物の捉え方はさまざまです。僕は植物と他の生物との関係性を研究していますが、これは生物学、生態学、植物学、昆虫学など、複数の分野にまたがっています。実際、これらの分野は明確に区別されているわけではなく、連続的なものなんです。
Sonir/つまり、各分野はスペクトラムのようなもので、明確な境界線があるわけではない?
望月/そうですね。僕らはあまり厳密な区分けはしていません。おそらくどの分野でも同じだと思います。」
——昔は植物学は植物だけを扱っていたのではないですか?
望月/確かにそういう傾向はありました。でも研究を進めると、必然的に他分野との関連性に気づくんです。たとえば根の研究で、実験室と野外の結果が違えば、他の生物との関係も考慮せざるを得ません。一方で古代ギリシアのアリストテレスの時代にも、植物と他の生物の関係を観察していた例はあります。学問はさまざまな分野が影響しあいながら発展してきた。現在の学際的アプローチは、その延長線上にあると言えます。
——望月さんの場合、植物と昆虫の両方について知識が必要なんですね。
望月/そうです。たとえば、花の香りの研究でも、昆虫の生態を知らないと植物の戦略を理解できません。どちらも必要なので中庸な立場になります。」
*「Sonir/話を聞いていてふと思ったんですが、昆虫や植物の進化にはなんらかの必然性があるのでしょうか?
望月/難しい質問ですね。進化の研究者は通常、必然性を主張しません。ただ、細胞内のタンパク質の複雑な構造など、洗練されたシステムは一見、偶然とは考えにくい部分もあります。そこは研究分野によって見方が異なっていて、たとえばキリンの首が長くなった理由についてもさまざまな仮説があります。上の葉を食べるためという説明が一般的ですが、オス同士の争いのためという可能性もある。重要なのは、一見明白な説明だけでなく、他の可能性も考慮することです。
Sonir/以前、生得的な特徴も遺伝子に取り込まれる可能性があるという話をされてましたよね。
望月/エピジェネティクスですね。遺伝子のDNA配列(ATGC)は変化しませんが、DNAが折りたたまれてパッキングされる過程で、「修飾」と呼ばれる小さな分子がDNAにくっついたり取れたりします。DNA配列に枝がつくようなイメージです。
——その「修飾」によって、遺伝子が外部から制御されることがある?
望月/染色体レベルでの修飾が変わることで、遺伝子の配列自体は変わらなくても、その遺伝子の制御が変わります。これは現在、遺伝学の分野でホットなトピックなんです。アメリカのハエドクソウ科の植物で、花の色の分布が年々変化しているという研究があって、これは送粉者であるハチドリの分布変化と関連していて、エピゲノムが制御しているようです。
ただ、生物の進化は非常に複雑で、単一の理論だけでは説明しきれません。進化論、分子生物学的知見、そしてエピジェネティクスなど、さまざまな視点を組み合わせて理解を深めていく必要がある。これからの研究でさらに新しい発見があるかもしれません。」
*「森下/望月さんに聞いてみたいんですが、虫と植物の関係を研究する際に、人間の介在をどう考えていますか? 細胞レベルでは人間の影響は除外されるのでしょうか?
望月/僕らの分野では、都市生態学(アーバンエコロジー)といった、人間の関与を考える研究も盛んです。ただ、一般の方が「自然」と呼ぶものと、研究者が考える「自然」には違いがありますね。たとえば、農地や植物園は人が手を加えた環境であり、私たちが「自然」とするのは、手つかずの森や植生です。
森下/その違いは面白いですね。研究は「本当の自然」だけで行われるものなのでしょうか?
望月/いえ、人の影響が入った環境も研究対象です。たとえば、道ばたの草やそこに来る虫を調べたり、人の手がどの程度入ると生物同士の関係が変わるのかを研究することもあります。
森下/進化の観点から見ると、その影響はどう考えられますか?
望月/理想的には人間の影響を受けていない環境で長期的な変化を観察したいんです。たとえば、植物の色や形、匂いがどのように形成されてきたかを、受粉する生き物の視点から200万年とか500万年というスケールで見たい。でも、現実にはそれが難しい。
——日本の森林も、江戸時代に植林されているんですよね。
望月/そう。日本は森林が多いと言われますが、ほとんどが植林なんです。本当の自然度を測るには、自然林の割合を見る必要があります。
人が人工的に環境を造成すると、砂地に巣を作るようなハチがいなくなったりする。そういう場所では、「ああ、虫がいないな」ってすぐわかります。だから、研究では可能な限り人の手が入っていない環境や、虫が住める環境を保っている場所を選んで調査したりしますね。」
*「望月/進化の観点で考えると、人間の影響を無視することはできない場合もあると思います。実際、研究の際にも、データへの人間活動の影響とか、そういった指摘はよく受けます。
森下/人間も自然の一部として捉えるべきなんでしょうか? それとも別に考えるべきなんですか?
望月/それは難しい問題です。イデオロギー的な側面も関わってきますからね。たとえば、霊長類と植物の関係性はとても興味深いものです。マダガスカルではキツネザルが植物の受粉を手伝っていたりします。日本でも、猿が受粉に関わる例があるんですよ。」
「森下/自然の中で進化してきた植物は、人間の活動とも無関係ではないんですね。」
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○望月昂(もちづき・こう)
東京大学大学院理学系研究科附属植物園(小石川植物園)助教。研究分野は植物学、生態学。研究テーマは花の多様性と進化の解明。送粉者と花の関係性を、フィールドワークや花の匂い分析などを用いて研究している。
○Sonir(Yuta Uozumi, a.k.a. SjQ)
電子音楽家。即興と実験による音楽プロジェクトSjQのリーダーとしても活動。ソロプロジェクトのSonirでは、独自のソフトウェアgismo(ギズモ)を使って音響を生み出す。慶應義塾大学政策・メディア研究科特任講師。 写真:秋山由樹
○森下有(もりした・ゆう)
東京大学生産技術研究所特任准教授(建築情報学)。UTokyo Ushioda Memu Earth Labの活動において、北海道十勝エリアの芽武(めむ)を中心にリサーチを行い、「建築」を軸に多分野の専門家とコラボレーションしている。
#1 花の香りが音を紡ぐ:小石川植物園で響き合う「自然」と「人工」(F4-7-1)
#2 「フィールドスタジオ」による新たな環境デザイン(F4-7-2)
#3 植物と昆虫の不思議な関係(F4-7-3)
◎chroma;chrono
花香を音楽に
Sonir + Ko Mochizuki