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穂村弘「連載 現代短歌ノート二冊目 #050 棺の歌」(『群像』2024年12月号)/春日武彦 穂村弘 ニコ・ニコルソン (イラスト) 『ネコは言っている、ここで死ぬ定めではないと』

☆mediopos3646(2024.11.12.)

吉野源三郎の『君たちはどう生きるか』は
宮崎駿の映画のタイトルともなったが
穂村弘と春日武彦の対談
『ネコは言っている、ここで死ぬ定めではないと』で
春日武彦は「俺たちの場合は、さしずめ
「俺たちはどう死ぬのか」ってところかな。」と宣っている

穂村弘の『群像』での連載(2024年12月号)
「現代短歌ノート二冊目」の#050は「棺の歌」は

上記の死についての対談から
「棺桶に何を入れるか」という話ではじまる

棺桶に何を入れるか・・・

春日武彦は父親の葬儀のときに
遺言は残さなかったので聞かれて迷ったが
書き込みとかのいっぱいあるコンサイスの英和辞書を入れた
「三途の川で鬼と英語で喋ったり」はしないのに・・・

穂村弘は母親の儀のとき
甘い物が好きで糖尿病だったから
アイスクリーム
そして誕生日に贈ったカードを入れた

そのとき詠んだ歌

 お誕生日おめでとうと記されたカードが燃え上がる胸の上

「棺の歌」には
「我々の生の特異点が描かれているから」
今回の連載では「棺に何かを入れる歌」がとりあげられている

祖父らしき人への祖母のことばを引いた歌

 「吸いすぎちゃいかんけんね」と棺桶に祖母は煙草を一本入れた

「生の側の都合が優先される」葬儀の歌

 「燃やすとき公害になる」補聴器の電池を抜いた入棺のとき

世界中のホテルからドントディスターブの札をもちかえって
コレクションしていたらしい寺山修司の葬儀の歌

 四十七歳修司の棺に入れられし『起こさないで』のホテルのカード

与謝野晶子が夫である与謝野鉄幹(寛)への愛を詠う歌

 筆硯煙草を子等は棺に入る名のりがたかり我れを愛できと

こうした「棺に何かを入れる歌」は
死者のための歌ではあるが

「君たちはどう生きるか」が
ほんとうは
「どう死ぬのか」でもあり
逆もまたそうであるように

おそらくは「生者」がどう生きるかの歌でもある

個人的にいえば
じぶんの葬儀そのものさえ不要だと考えているが
あえてじぶんの「棺に何かを入れる」かを考えると
「無人島にもっていく一冊の本」
あるいはそれに代わるもの
といったことと似ているように思われる

あるいはひとつを除いて
すべての記憶を失ってしまうとしたら
どんな記憶を残したいのか・・・といったこと

生と死を超えた
いちばん大切なものとは?

■穂村弘「連載 現代短歌ノート二冊目 #050 棺の歌」
(『群像』2024年12月号)
■春日武彦 穂村弘 ニコ・ニコルソン (イラスト)
『ネコは言っている、ここで死ぬ定めではないと』
 (イースト・プレス 2021/7)

**(穂村弘「連載 現代短歌ノート二冊目 #050 棺の歌」より)

*「  精神科医の春日武彦さんと死についての対談をした時のこと。「棺桶に何を入れるか」という話になった。

 春日/うちの親父は、そういった類の遺言は残さなかったな。だから、火葬の時に葬儀会社のスタッフから「何か入れますか」って聞かれて迷った。本かなぁ? とかは思ったんだけど、親父が棺桶に入れるほど好きな作家がわからなくて。だから晩年まで愛用していた、書き込みとかもいっぱいある薄いコンサイスの英和辞書を入れたよ。でも、あとで考えてみたら、三途の川で鬼と英語で喋ったりするかよ! って(笑)。

 穂村/お母さんの時は?

 春日/母親の時は何も入れなかったなぁ。好きだったアガサ・クリスティのポケミスでも入れればよかったかな。

 穂村/僕も別に遺言とかはなかったけど、母の時にはアイスクリームを入れたよ。

 春日/え、本物の?

 穂村/うん。甘い物が好きだったんだけど、糖尿病だったからさ。もう好きなだけ食べていいよ、という気持ちを込めて。

    『ネコは言っている、ここで死ぬ定めではないと』

  母の時はアイスクリームの他にも、誕生日に贈ったカードを入れた。棺にバースデーカードというのは、なんとなくズレているような気もしたけれど。

 お誕生日おめでとうと記されたカードが燃え上がる胸の上
              ————穂村 弘『水中翼船炎上中』

 母の顔を囲んだアイスクリームが天使に変わる炎のなかで
              ————同

 棺打つ石を探しに来たけれど見渡す限り貝殻ばかり
              ————同」

*「  歌集や投稿歌の中に棺の歌があると目に留まる。そこには我々の生の特異点が描かれているからだろう。今回は棺に何かを入れる歌を見てみたい。

 「吸いすぎちゃいかんけんね」と棺桶に祖母は煙草を一本入れた
              ————おり『短歌ください』

    亡くなったのは祖父なのだろう。煙草を箱ごと入れるのではなく、「一本」なのだ。天国ではもう健康に気を遣うこともないはずなのに。おそらくは生前にかけた言葉そのままの「吸いすぎちゃいかんけんね」に胸を打たれる。」

*「「燃やすとき公害になる」補聴器の電池を抜いた入棺のとき
              ————加藤千恵『ハッピーアイスクリーム』

    「入棺のとき」も、生の側の都合が優先されるのだ。近年ではどんどん規則が厳しくなって眼鏡もNGらしい。だから骨壺に入れることになる。」

*「四十七歳修司の棺に入れられし『起こさないで』のホテルのカード
              ————小坂井大輔『平和園に帰ろうよ』

    寺山修司は世界中のホテルからドントディスターブの札を持ち帰って、コレクションしていたらしい。棺に入れられたというのはたぶん実話なのだろう。いかにも寺山という感じがするから。」

*「筆硯煙草を子等は棺に入る名のりがたかり我れを愛できと
              ————与謝野晶子『白櫻集』

    夫の寛が亡くなった時の歌。愛用の筆や硯や煙草を子どもたちは入れたけれど、彼がもっとも愛したのは自分だったという思いだろう。それをこんなふうに詠えるところが与謝野晶子だ。」

**(春日武彦 穂村弘 ニコ・ニコルソン (イラスト)
   『ネコは言っている、ここで死ぬ定めではないと』より)

*「春日/何年か前に『君たちはどう生きるか』というベストセラー本があったけど、俺たちの場合は、さしずめ「俺たちはどう死ぬのか」ってところかな。」

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