ウンブリアレポート~イタリア・オリーブオイルをめぐる旅
(なんかNHKの番組っぽいタイトルになってしまいました)
2024年2月にイタリア・ウンブリア州にある「丘陵地帯のオリーブ畑」を現地視察しました。この一帯はGIAHS(世界農業遺産)※に認定・登録されています。
オリーブ産地をめぐる旅。イタリアという国がこれほど身近に、かつ魅力的に感じられるようになるとは。
0日目:移動~フランクフルトと漫画寿司
かわいい我が子2人と妻を残しイタリアへ。送り出してくれてありがとう。必ず実りある調査にしよう、と心に誓い空港でお別れをして行ってきます。
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フランクフルト空港(ドイツ)経由で。着いたらフランクフルトを食べよう!と思いつき、探しますが見つからず。
1日目:空港~現地 伝統と革新のオリーブオイル生産
現地の空港で合流する共同研究のメンバー。便がバラバラだったことを後でいろんな方に驚かれましたが、みな大きな遅延や欠航もなく無事に合流。
私にとっては初のイタリアなのですが、ミラノやナポリ、ベネツィアといった有名な場所には一切行かず、ローマ空港から目的のウンブリア州に直行します(日本でいうと、京都とか東京・浅草を見ずに、いきなり栃木とか行く感じです)。
ウンブリア州(Umbria)は、イタリアで唯一海に面していない内陸のエリアです(州は、日本でいう県)。
まずは宿へ。アグリツーリズモ(Agriturismo)!
日本でいう農家民泊ですが、予想を上回る充実した設備とサービス。タオルを2枚ほど持っていきましたが、まったく余計な心配でした。
目の前の畑でオリーブを栽培しており、そこで作られたオリーブオイルは料理にもふんだんに使われています。
時差ボケであまり量は食べられない、と伝えてもらってはいるのですが、次々と料理が運ばれてきます。
料理によって使うオリーブオイルを変えます、とオーナーのジュディッタ(Giuditta)さん。私たち日本人のオリーブオイルに対する解像度がいかに低いかを思い知らされます。
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お母さんのアンジェラさんは日本の雑誌”Hanako”にも紹介されたことのある凄腕のパン職人。いまは焼いていないとのこと、残念。
旦那さんのフランチェスコ(Francesco)さんは、1949 年から続くオリーブオイル搾油所の3代目当主。主にアメーリア(Amelia)という地域に昔からある在来のラーヨ(RAJO)という品種から搾油しています。
所有する土地の約2,000本のほかに、手放す農家から借り受けているオリーブ畑もあるとのこと。日本の田畑と状況は同じです。
オリーブの木は1,000年を越えるものもあるといい、樹齢がとても長いのですが、50年ほど前の冷害で、このエリアの多くの木が枯れてしまったそうです。そうした中で残っているRAJOは耐寒性が高いということでした。
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夜はなんと、私たちの宿まで副市長さんがあいさつに来てくれました。非常にあたたかく歓待いただき感謝しかありません。
時差ぼけを整えるべく、夜は早めの就寝です。
2日目:Amelia市内散策
翌日はアメーリア(Amelia)市内を案内してもらいます。
伝統的な農業の歴史は地域の歴史と深いかかわりがあります。
スローフード協会の副会長を務めるフェデリコさんは地質学者。この日は道中にも同行してくれ、地質と食文化のつながりの深さを感じるようになったことが興味のきっかけ、と話してくれました。
当日のようすを翌日にはさっそく市の公式なSNSで報じてくれていました。
公務員で、土日にも関わらずです。イタリア人はあまり仕事をしないと言われたりしますがとんでもないですね。その熱心な姿勢に心を打たれます。これはまた行くしかない。
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アメーリア(Amelia)から移動し、今日の宿へ。
山道をぐんぐんと進むと立派な建物がでてきました。
ここもオリーブを栽培しています。
ウンブリアの主なオリーブ品種はモライヨーロ(Moraiolo)という種類で、16世紀から栽培されています。
3日目:Assisi ワインとビールとオリーブオイルと
オーナーは宿のほかにオリーブ栽培、クラフトビール醸造、ワイン製造とかなり手広く、宿も使われなくなっていた修道院を新たに改装してオープンさせるなど、やり手です。
オリーブ畑、ワイン用ブドウ、モルト(麦)、畜産(穀物飼料)・・・占めて120haを管理しているといいます。
1日目が家族経営的、今回が企業的経営ということで、好対称な事例です。
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午後は少し場所を移してワインブルワリーへ。
レストランでは昼からワインが。いえいえ、これも仕事です。
4日目:Bettona オリーブオイルを極める
アッシジ(Assisi)からベットーナ(Bettona)へ移動し、市の歴史博物館へ。まずはファンクな館長にごあいさつ。コシノジ〇ンコ的ヘアスタイルにハートマークが印象的なタイツ、この人はきっとただものではありません(写真でお見せできないのが残念)。
夕方の会場ではキラキラの眼鏡をかけていました(インパクト強すぎ!)。博物館の館長にも、いろんな方がいるのだと実感しました。
1990年代くらいから、州がお金を出し、一度は閉設してしまっていた小さな市の博物館を次々と再開させていったそうです。こうした取り組みはウンブリアが初ということです、素晴らしい。
見た目はファンクですが、お話はいたって真面目です。
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この日は商工会が主催するメディア向けのオリーブオイル品評の試写があるということで、参加させてもらいました(あとで聞くと、私たちの渡航スケジュールとも調整いただいたそうです、感謝!)。
開催場所がウンブリア州内の各市持ち回りで、今年はベットーナ(Bettona)が担当ということでした。
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ウンブリア州のオリーブ生産量はイタリア全体の2%ほどですが、伝統的かつ高品質な生産が多く残るといいます。
いくつかの搾油所を回っていくツアーに同行します。まずは昨年の品評会でも評価の高かった生産者さん。
日本では主に小豆島で作られているオリーブオイルですが、縁あって小豆島のオリーブオイル生産者を多く知る共同研究のメンバーは、こんなにキレイな状態の搾油所は小豆島ではみたことがない(攪拌の作業で飛び散るので、普通はもっと床や壁が汚れている)、と驚いていました。
拡大路線をとると、目が行き届かなくなって質が下がるから、程よい規模での生産を続けたいとオーナー。
それでも20~30haを管理しているといいます。
こだわりのオリーブオイル、とてもおいしかったです。細かな違いの分かる舌と嗅覚があればもっと楽しめたかもしれません(遠くにアーモンドを感じる、とか言ってみたかったです)。
10月に収穫し搾油、2か月ほどかけて質があがっていくそうで、作り手目線でいえば、1月半ば~2月以降に売りたい(使ってほしい)そうですが、どうしてもその年の新物が好まれるため、早く出さないと商機を逃すから早めに出荷せざるを得ないのが実情とのこと。
新米のようなものですね。
篠山の黒大豆やボジョレーのワインのように、解禁日のような取り決めなどはないのか、気になったところです。
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お次はさらに若いオーナー。
先代より引き継ぎ、兄弟で経営しています。
搾油の際にはオイルのほかに、種と水が生じます。種は燃料用に回ることがほとんどですが、ポリフェノールなどの成分を含むため、化粧品などに使えないか研究中だといいます。
イタリアでオリーブオイルといえば、断りなくエキストラバージンを指す、というのも文化の違いですね。
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夕方からはテイスティング。
場違い感が満載ですが、席に着きます。
まずは手で温度をあたためてから香りを、テキスチャー(粘度かな?)や色をたしかめたのちに口に含みます。
違いは分かりました。全部、おいしかったです(←語彙 2度目)。
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最後は立食のパーティにも混ぜていただき、オリーブオイルを使った料理をいただきます。
どの料理もさすがにおいしい。
こちらは中華風。すると見覚えのある食材が。
あれ、ゆず? おそらくちょっと変わり種の柑橘ということでシチリア風の中華料理(?)に使われていました。私たちの反応に笑顔のシェフたち。
レモンがあるのにあえてのゆず。異国の地では「ゆず」も特別感のある食材として「おまえら見たことないやろ?ドヤーー」と使えるわけですね。
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最後はこの日いろいろと、事前の調整からお世話になった方に日本からお礼の品「KINAKO(きな粉)」をプレゼント。
きな粉のことは知らなかったようですが、詳しめに説明したので喜んでもらえました(たぶん)。
5日目:オリーブの森を抜けて
いよいよ本丸、ウンブリア州でのGIAHS認定を中心的に進めたトレビ(Trevi)市役所での聞き取りです。
ここまで品種のこと、オリーブオイルの使われ方、地域文化や歴史的なかかわり、いまの生産者や搾油技術など、周辺的な情報を現地で見て聞いて知ることができたからこそ、ここでの聞き取りにもグッと力が入ります。
GIAHS認定を足がかりに、次はUNESCOの世界(文化)遺産の認定を目指したいとTrevi市。
すると、すかさず「GIAHSと文化遺産のポリシーは矛盾するのではないか」とミラノ大の4年生。実はGIAHSの評価を卒論のテーマにしている大学生がこの聞き取りに一緒に参加していたのですが、鋭い指摘です。
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やや専門的になりますが、私たちが解明課題としているのが「伝統的な農業システムの動的保全(Dynamic Conservation)のメカニズム」についてで、農業遺産においては伝統的な農法や栽培をいまの社会経済システムに合わせながら、変化させながら残していく”動的”という考え方が要点になるわけですが、世界遺産の考え方は、いわゆる氷漬けの保全で”保護”が主眼になるわけです。
つまり、オリーブ畑の景観や栽培技術を文化遺産として認定(氷漬け)すれば、オリーブ生産を動的に保全していくことと対立することになるのでは、と彼女は指摘したわけです。
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実は国内のGIAHS事例である静岡県の水わさび栽培の担当者は、ワサビ田の畳石式と呼ばれる石垣や栽培技術は世界遺産級と考えながらも、そうしたことを理由にUNESCOには申請しない方針を持っています。
(観光、ツーリズムを主眼に考えると、認知度の低いGIAHSより世界遺産に認定された方が観光客の目が向くので、申請を目指すという考えも理解はできるのですが難しいところです)
イタリアの大学生はよく勉強しているということが窺い知れました(上から)。
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その後はオリーブオイル博物館へ。
日本では農業系の博物館はあまり多くないですが、ヨーロッパには各地に結構ある印象です。
オリーブに関して、品種と栽培技術は驚くほど昔から変わっていないのですが、搾油や保存に関する技術革新は目覚ましいものがあります。
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後半は移動し、オリーブの森へ。
オリーブ畑の中に散策道がついていて、中を通ることができます。
写真では伝わりきらないですが圧巻の眺めです。これは誰がなんと言おうと遺産です。
犬を連れた散歩の人とちょこちょこすれ違いますが、時期もあるのか観光客はほとんどいません。驚き、桃の木、オリーブの木。
6日目:ペルージャを中心に 種の図書館とかGASとか
この日は、ウンブリア州の中心地であるペルージャ(Perugia)の町を訪れました。
ペルージャといえば、日本ではサッカーの中田英寿選手が過ごしていた町として有名です。ペルージャ在住の日本人いわく、今でも日本人をみると「ナカタ」と声をかけられるそうです。
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お昼はフェアトレード協会の方々と。
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午後は種の図書館へ。
図書館で本を借りるように花や野菜、ハーブの種を借り、育ててできた種をとって返すしくみで、米国やヨーロッパの公共の図書館を中心に広まっているそうです。
ここの図書館の特長は、種の貸し借りだけでなく、庭があり、自家採取していること。
種と庭の管理はお一人でされていますが、ステファニアさんのほかに登録ボランティアの人たちが15名ほどいるとのこと。
日本でもやってみたい、と思い調べていると、いくつか実践例もあるようです。
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続いてGASの生産者のもとへ。
イタリアのGAS(Gruppo di Acquisti Solidale)は、日本ではCSA( Community Supported Agriculture)のようなものと紹介されることが多いですが、よく聞いていくとかなり異なります。
このあたり、細かいので内容は割愛しますが、かなり詳しく聞くことができました。今回の共同研究者には産直をテーマに博士論文を書いたメンバーがいるので、理論と実践の両面で、今後きっと発展させてくれるはずです。
今回は一回目にも関わらず、GIAHS事例(丘陵オリーブ)の調査に限らず、なんとも実りの多い滞在となりました。
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この日の宿は節約ぎみに選んだのですが、なかなか衝撃的でした。
2Fでエレベータを降り、矢印の方に向かうと段差、またその先に段差、スーツケース泣かせな建物だなーと思って部屋の前に着くと。。
旅の後半、疲れた身体には応えました。何かの嫌がらせかと思いました。
7日目:最後はローマへ!
最終日、ようやく初めての私でも聞いたことのある場所に。すべての道はローマに通ず。
ローマの中心あたりから、コロッセオを抜けた先にGIAHS認証機関であるFAOの本部があります。
そして帰国。さよならイタリア、また来ます。
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久しぶりに帰った我が家。ただいま。
下の子の足どりがかなりしっかりしてきていて驚き。成長著しい。
まとめ:次につながる大事な一歩
イタリアにはオリーブの品種が595種あるといいます。
生産量ではスペイン(30%)に抜かれ、世界第2位(19%)ですが、品種の多様さ(variety)は随一で、各地で適した品種や在来品種が栽培されており、そうしたことで生物多様性(diversity)の点からも評価されていることが分かります。
(生物多様性については専門外ですが、地中海性気候の生物相をオリーブ畑においても維持している、という評価が主で、オリーブ生産を中心に独自の農業生態系を創出している、という評価ではないようです)
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オリーブというのは知れば知るほど不思議な作物です。
樹齢が長く、毎年実がつき続けるという点では梅やみかんに似ていて、油糧用にも食用にもなるという点では大豆とも共通します(大豆の場合、木ではなく一年生ですが)。
気候や立地、加工という点もあわせると、総じて梅に近いでしょうか。
オイルではないですが、果肉を絞るという点、傾斜地、収穫が短期間に集中するという点ではゆずなどの柑橘系にも通じます。
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イタリアと日本は農業分類上(地質や気候面)は異なりますが、社会情勢(人口減少、高齢化、農業政策など)面では類似点もかなりあります。
このあたり、国内事例や中国事例とどう比較していくか、力量が試されます。
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そして有難いことに、今回ウンブリア州を中心にイタリアとのつながりの端緒ができた気がします。これは何よりの成果です。
新たな農村研究の胎動がここから始まる予感がします。
そして研究は続く。
Chao!
おまけ:用語について
オリーブの認証について、DOPというものがあります。
日本でいういわゆるGI認証に似た概念としてIGP、IGPが特定地域での生産(栽培、飼育、収穫)か加工がされていることを保証するのに対して、DOPはさらに限定的なエリアで、明確に規定された生産方法(多くは伝統的)に基づく食品であることを保証するもので、地理的特徴と人的要素の合わせ技で製品を保証する制度です。
その点で、フランス語のテロワール(Terroir)とも異なり、より厳密に個性を定義し守ろうとする姿勢が窺えます。
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関連して、フィリエーラ(Filiera)という概念があります。
訳すとサプライチェーンになりますが、生産~加工~食卓までの行程にかかわる全主体(と構成されるコミュニティ)を指すようで、かかわる主体間のつながりだけでなく、構成されるコミュニティ性をより強調した概念のようです。
まったく創造の域ですが、サプライチェーンというと、やや無機質に感じられもするつながりに、サステナビリティへの共感に基づく(信頼や連帯性といった)コミュニティの温度感を持たせたようなニュアンスの不在と必要性から生まれた言葉でしょうか。興味深いです。
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