【序章】名刺が運んできてくれた縁 #2
2017/03/17
2015年の秋、編集記者として働いていた会社を辞める直前、職場の方に「新しい名刺はある?」と聞かれ、慌てて200枚用意しました。その時名刺に書いたのが「食べることは生きること。生きることはつくること。つくることは感動すること。感動は国境をこえること。食・農・芸術・韓国を通して『人』を描きます」という言葉でした。
当時「農あるくらし」を少しずつ実践しながら、書く仕事を続けていきたいと思っていたので、名刺にはライターという肩書きを添えました。私にとっては書くことが唯一、「人様からお金をいただいても良い」と自信が持てるようになったことであり、生涯続けていきたいことでもあったからです。
しかし、退職前後にいくつか声をかけていただいたライターの仕事は、全部お断りしてしまいました。大学、企業の広報誌や住宅情報誌、新聞の記事型広告の取材・執筆など、どれも「はい!喜んで!」とお返事したいありがたいお話でしたが、取材する内容が食・農・芸術・韓国の分野に全く当てはまらなかったからです。
私はその分野について、実体験を積み重ねながら言葉を紡いでいきたく会社を辞めたわけなので、まずは初心を貫こうと思いました。
当面は「農あるくらし」に近づくための物理的時間を確保しながら、食・農・芸術・韓国に関わる仕事なら何でも挑戦してみよう。その体験から得たことを少しずつ書きため、発表できる先を作っていこう、と。もしライターの仕事を請ける場合は、「お金を稼ぐためなら何でも書きます」というのではなく、深めたい分野に関するものだけを選んでいこうと、心に決めたのです。
今振り返ると、その決断をしたことにより、少しずつ道が開けていった気がします。退職して真っ先に向かった京都府綾部市で『半農半Xという生き方』の著者、塩見直紀さんにお会いした時のことは忘れられません。
塩見さんは私の名刺を見るなり、「食・農・韓国といえば、WWOOF KOREA(ウーフ コリア)で働く日本人の男性が、韓国のスローフード協会のみなさんを連れて綾部に来てくれたことがありましたよ」と教えてくれました。
WWOOFというのは世界60か国以上に事務局があるNGO(非政府組織)のことで、有機農家(ホスト)と、世界中の農業体験希望者(ウーファー)をつなぐ仕事をしています。私は会社を辞める1か月ほど前に、有機農家を手伝いながらヨーロッパを何か国も旅したという同世代の女性と知り合い、初めてこの組織のことを知りました。
WWOOF KOREA。留学中、全くその存在を知らなかったことを残念に思いながら、塩見さんの案内で綾部市内の「農家民宿 イワンの里」にたどり着いた時。民宿のご夫婦が私の名刺を見て「韓国と農といえば、確か…」と過去の名刺ファイルを繰りながら、塩見さんと同じ話を聞かせてくれました。
「韓国と農業に関心があるなら、一度連絡とってみたらいいんじゃない?」
そう言って見せてくださった日本人男性の名刺情報を元に、翌日、早速メールを送ってみましたが、何日待てど返信は来ませんでした。しかし、それから約2週間後、おもいがけないチャンスが訪れたのです。
2015年10月、私はソウル国際図書展に出展される日本人の先生をお手伝いするため、韓国留学から戻ってきて初めて、2年4か月ぶりにソウルを訪れていました。日韓を始め、世界各国のさまざまな本や人との出会いを満喫していた図書展3日目。雑談中に先生がポロッと彼の名前を口にしたのです。「前回の図書展には来てくれたんやけど、今年は会えるかなあ」と。まさか先生と彼がつながっていたとは!
驚いて先生にこれまでの経緯を伝えると、その場ですぐに電話をかけてくれました。彼は1か月ほど前にWWOOF KOREAを辞めていたそうですが、まだソウルにいるとのこと。翌日の朝に会えることになり、胸が高鳴りました。
この出会いが、その後の私をどれだけ勇気づけてくれることになったか。その時は想像もできませんでしたが、「農あるくらし」を追い求めてこのまま進んでいいよと、誰かが背中を押してくれている。そんな気がして、とても嬉しかったことを覚えています。
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