桑の葉茶とボクシング(뽕잎차와 복싱 )
近所にある日本食のお店には、いつも温かい桑の葉茶(뽕잎차)が用意されている。初めて飲んだ時、それがとてもおいしくて、家に帰るなりネットで桑の葉茶を検索し、取り寄せて時々飲んでいた。パンデミック以降ほとんど行かなくなってしまったその店を先日久しぶりに訪れると、以前と変わらぬ様子で桑の葉茶が入ったポットが置かれていた。食事の前に一杯いただくと、緑茶や紅茶よりも渋みが少なく、すっきりまろやかで舌にほんのり甘みが残る。うん、これこれ。このお茶やっぱりすごくおいしい。
7年前に韓国へ来るまで、その存在に気づきもしなかった桑の木は、春の終わりから初夏にかけて濃い紫のような黒のような甘い実をつける。さっき小さなスーパーの前を通りかかると、오디と書かれた桑の実(マルベリー)がもう店頭に並んでいた。葉はカイコたちがムシャムシャと食べて繭を作り、それが絹糸になる。その葉はカイコだけでなく人間の食料や薬にもなり、韓国の農協や市場では春になると数々の野草と共に桑の葉もお目見えし、人々はそれをさっとゆがいてナムルにしたり、炒めたりチヂミにしたりして味わう。
その葉をフライパンで煎れば自家製の桑の葉茶が飲めると教えてくれたのは、7年前に農業体験取材でお世話になった有機農家さんだった。パンデミックと同時に相方の癌が発覚した2020年から、わが家では毎年5~11月の週1回、農家さんのとれたて有機野菜を直送してもらっているのだが、先週届いた箱の中に桑の葉がたくさん入っていた。
去年までの私なら、一週間近く冷蔵庫で眠らせてしまった桑の葉でお茶を作ろうなんて思いもしなかっただろう。この5年、日々の忙しさにかまけて食材の管理がうまくできず、冷蔵庫の中でご臨終してしまった野菜たちは数知れなかったわけだし...(本当ごめんなさい)。重い腰を上げてやっとナムルを作るか、食べずに終わってしまうか。そのどちらかになるはずだった。
しかし、この春は私の中で突然大きな変化が起こり、その影響が桑の葉にまで及ぶことになった。ボクシングを始めたのだ。まだ5回しか行っていない。いつまで続くかもわからない。でも確実に私の身体は変わり始め、日々の所作や意識も変わり、今まで見えなかったものが見えるようになってきた。今までやってこなかったことにもどんどん興味がわいてきた。だからだろうか。農家さんからのお便りを読み返していると、ある一文が目に留まった。桑の葉を煎ればお茶が飲めると書いてあるじゃないか。あのおいしい桑の葉茶を家で作れるなんて。失敗したっていいから一度やってみよう!
作り方は実に簡単で、よく洗って乾かしておいた葉を弱火で煎り、水分を飛ばしたら出来上がり。もしかしたら他に正しい作り方があるのかもしれないが、煎った葉にお湯を注いだらちゃんと私が知っている桑の葉茶の味と香りがしたので、これで良しってことで飲み干した。ああ、やっぱりうまい。自家製の桑の葉茶は、慣れない筋力トレーニングで筋肉痛に泣く私の身体と心に、優しく染みていった。
▲2017年、桑の葉を送ってくれた農家さんにファームステイした時のエッセイ。桑の実を収穫したり、桑の実ジュースやジャムを味わった日のことが書かれています