感情が動かされる「チ。」の4話を読んでほしい
魚豊先生の新連載が週刊スピリッツで始まった。タイトルは「チ。-地球の運動について-」で、タイトル通り地球の運動に焦点を当てており、地動説をテーマにしている。
時代は15世紀と書かれているが作中で架空の宗教を崇拝していることと、作者本人がツイッターでこう言っていることからフィクション色がかなり強い。
端的に言えば、「チ。」は地動説を突き詰めようとする人間と、天動説以外を認めない世界が対立する学問的宗教フィクション漫画である。
私は天文学に全く興味がないし知識もないので、地動説の何が面白いのかは全く知らない。連載が始まったと知った時も、地動説…?なぜ…?と困惑した。インターネットでは異世界ものが流行り、巷では鬼狩りや海賊の話が流行る中で地動説?何故??
魚豊先生の前作の「ひゃくえむ。」は100m走を舞台として人間ドラマと人生観を描いた漫画であり、その前の「佳作」はテニス以外何もない男と熱がよく絡んだ読み切り作品だった。人間と熱を描くのが半端なくうまい人だ。そんな人が熱とは程遠いであろう天文学を描いたらどんな漫画になるのかは興味深かった。
けど、地動説をテーマにした漫画と聞けば教科書的に歴史を述べられるだけの眠たい漫画だと思っていたので、あまり期待はしなかった。
私は天文学が成熟していく過程も年代も宗派も歴史の裏側にも興味はない。というかそれらをエンタメとして楽しむだけの学がない。どれだけ面白そうな作品でも、時代背景を勉強して理解してエンタメとして楽しむ、というシンプルなハードルが高すぎて手が出せなかった。歴史漫画は読まない。三国志も読まない。大河ドラマも観ない。
だから感想noteを書くのにもどうやって書けばいいのか悩む。地動説がテーマです、と言われて惹かれる人は私がnoteを書かずとも読むだろうし、惹かれない人にどう説明するかが難しい。
「ワンピース」は海賊の話、「鬼滅の刃」は鬼狩りの話、「チ。」は地動説の話。こうやって同じように主要要素を並べただけでも、テーマが教科書的な「チ。」だけは『面白そう!』よりも『そうなんだ…』感が強い。気がする。もし私が誰かに地動説の漫画を勧められたら『地動説の漫画なんだ…そうなんだ…変な漫画だね……』で終わる。
いくら魚豊先生は沸かせる描写を描くのがうまいとは言え、学問として確立している天文学を扱うのなら小難しい理論は必須だろう。盛り上がっている時に長々と鬱陶しい解説されるとどうしても熱は冷める、という嫌な経験から、理論よりも感覚を重んじてくれる描写は今作には無いのだと察した。「佳作」や「ひゃくえむ。」で味わった衝撃や熱は諦めた。仕方ない。小難しいお勉強には熱も衝撃も要らないから仕方ない。まぁそれらがなくても面白ければ読むし、魚豊先生が面白い漫画以外を描くはずがないので、私はドキドキしながら単話購入できる日を待った。
結論から言うと「チ。」は全くもって教科書的ではなかったので、私が変な心配する必要も全くなかった。変わらず人間の熱の部分の描写が強かったし、地動説をテーマに据え置くことで現実的な理論がガッツリ組み込まれ、前作よりも思想をガンガン打ち付けてくるのが大変気持ちよく、久しぶりに漫画を読んで面白い!!!!!と暴れた。本当に面白かった。教科書的な理論が熱を阻害するかもしれないと懸念していたが、真逆だった。それらが感情を後押しする大事なトリガーだった。勝手に教科書的煩雑さを予感して勝手に怯えていた時間は普通に無駄だった。本当に面白かった。
「チ。-地球の運動について-」のあらすじ
15世紀のP王国が舞台。C教という宗教が信仰されており、C教の思想に背く研究は全て’’異端’’とみなされガンガン火あぶりにかけられる時代。そんな時代でも異端ド真ん中の『地動説』に心を動かされた人間たちが、文字通り自らの生命を懸けながら真理を追い求める。
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【無料】 1~2話
読んでもらえると分かるが、まず1話の吸引力がすごい。キャラクターのことをほとんど知らないのにどうしてもこの次の展開が気になる。引き込まれる。私は1話を単話購入したあと即本誌買って2話も読んだ。
2話を読み、フベルトの死がたった一言で消化されたのを見て、『ラファウが捕まらなくて良かった』と思った。死んだのはフベルトだったのに、フベルトに対する感情は特になかった。キャラクターたちの人生の集合体からなる物語ではなく、魚豊先生が意図する展開のためにキャラクターが動いているのみなので、この時点ではフベルトに何の情も湧かなかった。多分そういう風に作れらている。
この漫画は本筋に関係ない情報を全て切り落としてるため、重要なものだけがダイレクトに伝わってくるのが特徴的だ。1話を読んでラファウに抱く印象は『可哀想な養子なんかではなく普通に賢い合理主義的な子』のみで、それ以外の情報がほぼ無い。これ以上の情報を汲み取る必要も無い。他のキャラクターに焦点を当てても同じで、とにかく余計な要素は絶対に盛り込まないことが徹底されている。
2話でフベルトが死んだからといって彼の死に涙する読者は多分あまり居ないだろう。顔が好みとか知り合いに似てるとか変な先入観を抱いてない限りは、大半の読者がフベルトに’’地動説を教えた人’’以上の印象を持たないし、サラッと書かれただけだったので死亡シーンが脳にこびりつくなんてことも無い。
もしもどこかで彼の日常をガッツリ掘り下げ、この人間の人生を知らされていたら死んだことに泣いてたと思う。死の前後で回想を入れて物語に深みを持たせる手法はよくあるわけだし。でも「チ。」にはそれがない。掘り下げも回想も必要以上に盛られないので、キャラクターに情が湧きにくい。この漫画にとってキャラクターの死は’’退場’’に過ぎず、物寂しいものでも泣くものでもない。
ラファウもフベルトが自分を庇って死んだというのにめちゃくちゃ落ち着いている。
余計な情が湧かないため、その分本筋のストーリーに集中できる。「チ。」は地動説の漫画でありながら学問的専門知識がなくても楽しめるどころか、キャラクターの名前を覚えるほど愛着を抱かなくても何となくで楽しめるのだ。顔の区別さえ出来てればある程度楽しめる。昨今の漫画講座ではキャラクターの強さを前面に出すよう指摘されていることが多いため、主人公に魅力的な印象を付与させるよりも展開を重視するようなこういった漫画は珍しく感じる。
と言いながらも私は「チ。」に感情持っていかれすぎてキャラクターへの情が湧きまくりなので、少しだけキャラクターに焦点を当てた感想も書こうと思う。「チ。」は展開重視の面白い漫画だが、展開重視すぎてだいぶスピーディーなため、読み溢すと多少の違和感が生じる。
まず最初の違和感は、地動説の研究を頑なに辞めようとしなかったフベルトが聡明な子供に否定された程度で研究を辞めるのか?ということだ。
フベルトの顔に色んな痕や傷が残っているのは恐らく拷問のせいだろう。過酷な拷問に折れ嘘をついて出てきているが、研究のために即脅迫した。
このシーンなんかどう見ても地動説の研究を辞められるように見えない。
しかしフベルトの最後の手紙では地動説の研究を消すように頼んでいた。「そこで貴方を全面的に信用して、私のやり残したことを頼みたい」「どうかこの全てを燃やしてほしい」「地動説は、恐らく証明できない」「だとすればこの不完全な説は消えるべきだ」は全てラファウ宛のものだ。そしてフベルトの意思をそこまで変えたエピソードとして考えられるのは、ラファウが真っ向から地動説を否定したことが挙げられる。フベルトはあのやり取りから数日が経過した頃に観測を終了させ、ラファウに地動説の全てを燃やされたがった。
だが、そう簡単に燃やされたがるか?というのが違和感だ。
この違和感の解消として、’’フベルトは地動説を諦めたわけではないが、終わらせる方が合理的だと判断した''のだと考えられる。
観測眼的な意味で自分より目が優れており、頭もキレるラファウに地動説を否定されたら地動説はこれ以上受け継がれない。フベルト自身が死ねばそこで終了となるし、そもそも目がやられているので十分な研究も難しい。他の人間を脅迫して研究を続けるにしてもすぐに密告されて火刑になるだろう。ここまで詰むと地動説は終わりにするべきと考えるのも当然だ。あとは手紙にある通りで、「終わりにしたいが燃やせない。だが貴方なら燃やせる。代わりに燃やしてくれ。」と任せている。
フベルトは、自分と同じ“合理的であることを美とする価値観”を持つにも関わらず、地動説を知って尚「愚かだ」と言えるラファウに、自分の全てである地動説を『受け継いでくれ』と託すこともせず、ただ放棄する権利だけを与えた。つまり、フベルトは地動説を否定したいのではなく、肯定したくとも証明できないなら燃やすべきと考えている。
そして、このフベルトへのアンサーが3話にもある。ここだ。
フベルト!!!!!聞いたか!?!?!?地動説は!!!証明!!!!できるらしいぞ!!!!おい!!!!!!!!!!!フベルトは死んでいるのでもちろん聞けていない。このラファウの断言を聞くことができたのは、ラファウの養父でありフベルトの師であり自身も異端の前科を持つポトツキだけだ。
なぜポトツキはラファウを密告したのか。異端研究を匿っていたことによる、二度目の異端を避けたかったからだ。しかしどうしてもこのやり取りに違和感がある。恐らくラファウが馬鹿正直に「はい」と答えたのが違和感だ。
ラファウは、1話でポトツキが欲する答えを完璧に答えた。
3話の冒頭でもポトツキが求める宣言を完璧に答えた。
どうして「証明できるか」という問いは誤魔化さなかったのか。ラファウほど器用であればあの燃やし損ねた紙も「フベルトが残していた残骸をたまたま見つけたから燃やしていた」等と適当に嘘をつけただろうし、もしポトツキが「お前は異端研究してないよな!?」と聞けば「してません!」と嘘くさい笑顔で言えたとも思う。
恐らく、「地動説は証明できると思うか?」への答えは、フベルトの「地動説は恐らく証明できない」の反論でもあったからだ。
この時ラファウが地動説の全てを燃やせなかったのは、地動説を信じたがったからだ。理屈では燃やせたのに感情では地動説を消せなかったラファウはここだけ嘘をつけなかった。
しかしその後の行動は素晴らしいものである。
異端審問官であるノヴァクにペンダントを指摘されてすぐにペンダントを外していたし、
ポトツキに地動説の研究をバラしてからはすぐ怪しげな袋を取り出してゴソゴソやっていた。
このくだりのポイントは、朝起きたときのラファウの反応だ。ノヴァクの顔を見て最初に出た言葉は「あ、あー…」である。
ラファウは動揺すると決まって「えっ」と言うので、それを言わないということは、この反応は動揺ではない。現状理解の言葉だ。ラファウは密告されることを可能性の1つとして予期して行動していたのだ。
なぜあの怪しげな袋をそこで用意したのか、“地動説の証明”だけに嘘をつけなかったラファウがどう立ち回るのか、予期していた密告にどう抗うのか、4話に余すことなく全て描かれている。今回のnoteでは4話の感想を書こうと思ったが、万が一にも本編の前に感想を読んでしまうようなことがあれば余りにも惜しすぎるし、今から4話の感想書けば文字数がシンプルに大変なので一旦ここで区切ろうと思う。
とりあえず有料の3話と4話を買って読んでください。
余談
読み返してたら4話関係ないけどめっちゃ滾ったシーンがあるので、ついでに書きます。1話と2話のとあるシーンの比較です。
これ言語化する必要ある!?説明しなくても良さが伝わるえぐいシーンだけど言語化して消化しないと寝れないから書きます。
これがこうなるのにたった1話しかかかってない。これがこうなる理由はさっき書いた『フベルトが地動説を燃やされたがったこと』とも関係していると思う。フベルトはこの後すぐに連行されていくから、ラファウにこれを言ってる時点ではもう既に地動説を燃やされようとしてた。
ということは、フベルトは、「ラファウ自身のために天文をやれ」と言いながら「これは地動説の全てだ。どうかこの全てを燃やしてほしい。貴方なら燃やせる」と書いてたわけだよ。自分自身のために天文をやれと言いつつ地動説を燃やしてくれと頼むわけだよ。
「命令だ!」と脅迫していたのは「提案だ」と優しくなるし、「いいな!?」と無理矢理頷かせたのは「では今までありがとう」と感謝に変わった。その裏でフベルトはラファウに地動説を燃やさせる気でいた。正直、私は、こういう…在り方が…すごい…好き………。
ということで、「チ。-地球の運動について-」は間違いなくめちゃくちゃ面白い漫画ですので、読んでください。私が持たない視点でこの漫画を読んだ感想とかもどんどん知りたいです。よろしくお願いします。