巨象も踊る:極私的読後感(20)
巨大で、歴史のある組織を変革させる事の難しさを、そしてその過程で起こる可笑しくもあり憐れむべきエピソードなどを交えつつ、この本の著者、ルイス・ガースナーは丁寧に書き上げている。
成果と報酬が連動しないが、高収入を安定して支給する組織は、(悪い意味で)官僚的に硬直化する。そして、巨大なそれ(本書では「巨象」と称している)が瀕死の危機に直面したときに、「踊る」(再生)事が出来るか?というのは、字面以上の難しい経営が求められる。しかし、ガースナーはやり遂げた。
「第1章 掌握」の中に、彼が着任して早々に開いた会議で話した経営方法が書かれている。
・手続きによってではなく、原則によって管理する。
・われわれがやるべきことのすべてを決めるのは市場である。
・品質、強力な競争戦略・計画、チームワーク、年間ボーナス、倫理的な責任の重要性を確信している。
・問題を解決し、同僚を助けるために働く人材を求めている。社内政治を弄する幹部は解雇する。
・わたしは戦略の策定に全力を尽くす。それを実行するのは経営幹部の仕事だ。非公式な形で情報を伝えてほしい。悪いニュースを隠さないように。問題が大きくなってから知らされるのは嫌いだ。わたしに問題の処理を委ねないでほしい。問題を横の連絡によって解決してほしい。問題を上に上にあげていくのはやめてほしい。
(以下、略)
かつて大阪府の公務員の労使交渉の場で、橋下元大阪府知事に対して「どれだけサービス残業やってると思ってるんですか!」と叫んでいた公務員は、自ら問題の解決に努力をしたのだろうか?
残業を奨励するつもりは無いが、労働意欲というものが、必ずある一定レベルを保てるというのは幻想だ。ナウル共和国の高い失業率(日経ビジネス記事リンク)は、その実例となるだろう。
労働組合の団交のような話しぶりは、自らの報酬の源泉(市場)を無視してでも、自らを利する姿勢にしか見えない。故に、ステークホルダーたる納税者の支持が得られない。
彼ら彼女は、市民から何かを得よう学ぼうとしていたのだろうか?労働行為自体は利益や成果を生まない事に、多くの人は気付かない。その結果が満足された時点で利益や成果になるのだ。労働行為の押し付け合いをし続けている役人や労働組合は、その収入源を自ら傷めつけている事に気付かないのだろうか?
『問題を解決し、同僚を助けるために働く人材を求めている』という言葉は、労働組合という「巨象」には響かないのだろう。