ネガティブな自分もまたYOSHI☆彡
今回はしし座満月の前後でひとつ
心がラクになった体験があったので それをシェアしたいと思います。
昨日のことですが ツイッターである女性の投稿を見て 衝撃を受け 今日の昼過ぎまで動揺していました。その動揺はなにか自分の信じていたことがグラグラと揺らぐような感覚でした。自分の足場が不安定になったかのような氣がしました。
投稿の内容はその女性のお子さんたちが自分の容姿が大好きで『自分の人生には少しの欠けもない』と満足そうに話していて
彼女が「何故そう思うの?誰かに褒められたの?」と聞くと
「自分でそう思っていて 自分のことをそう認めているからだよ」
と答えたそうです。
自分はそのシンプルさに打ちのめされたような氣もちになりました!
ホントウの言葉は書き残さなくても 心の深くに届き いつまでも忘れることはない。というインディアンの言葉があるようですが それくらい自分はその言葉に衝撃を受けました。
それと同時に自分はなぜこれくらい自分をシンプルに信じきれないんだろうと自分のことが嫌な氣もちになりました。今日の夕方ごろまではそのような自己否定をする氣もちがどこかにあったのですが バシャールの『自分の存在を否定する』という誤ちは冒さないで下さい。という言葉を思い返しつつ 自分が引っかかっている部分を探っていました。
そして氣づいたのは『今の自分が今の自分の思う完璧でなくてもいい』ということでした。僕も出来るなら ただ自分でそう思って 自分のことを認めている自分になりたい。条件なしで自分を愛していますよ。と言いたい笑。でも今はなれていない。自分は駄目なんだ。というループに入っていました。
けれど落ち着いて考えてみると いつか理想の自分に会える氣がする。いつかそうなれるなら『今』そう思えていなくても(理想の自分でなくても)まぁいっか。というふうに思えました。
もうひとつはネガティブな自分を切り離して ポジティブな自分だけを自分と思い込んでいたことです。自分の思う 良い自分だけを残そうとして もう半分の良くないと感じる自分は否定し 切り離そうとしていた。そのことが自分のモヤモヤや不足感の原因だったように思います。
ネガティブな自分も自分なのにその自分を置いてきぼりにしようとしていたので 自分からの強烈な反発を受けていたのだと思います。
ポジティブな側面とネガティブな側面はコインの裏表みたいなもので
片面だけでは成り立たないのだなぁ……とあらためて感じました。
とまぁ自己否定していたときは凄く苦しかったのですが 視点を変えてみたらラクになったので今の視点が自分本来の視点なのだと思います。
ネガティブな自分もええんやで〜てことですね笑。
最近はネガティブな罠に対しては「お~まるで本物みたいに見えるやん。ネガティブ見方しか出来なく氣がするなんて さすがネガティブはんやなー」と一歩引いてみたりしていたのですが 自己否定に対しては全く氣がついていませんでしたね。
これからはネガティブな自分も含めて 二人三脚しているイメージで日々過ごしていこうと思います。