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【随筆】美しいものと恐怖と(端的に僕について)

 美しいものを数えようと思った。
 背後から、ただ忍び寄ってくる真っ黒な不安から逃げるように。

 この世で一番美しいものは何だろう。紺色の空に浮かんだ黄金色の月だろうか。それとも青空に透ける白百合の花びらだろうか。

 もしかしたら猫が運んできたツバメの骸の、きらきら輝く青い羽根だろうか。それとも灼熱のアスファルトに焼かれた甲虫の、黒光りする体だろうか。

 僕にとっての「美しいもの」は少しだけ拗れて、捻じ曲がっている。眠る君の鼻筋と睫毛の生え際を、とても美しいと思うのと同じように、前を歩く少女の膝後ろの筋をとても美しいと思う。

 僕は僕のこういう所を、酷く醜く思う。好きじゃない。僕の心は僕のものの筈なのに、僕の思うようには動いてくれない。まるで水が高いところから低いところへ流れるように自然に、僕の目は「美しいもの」を捉え続けている。

 僕の心はそうやって絶え間なく動くから、不安も後ろから同じペースでやってくる。僕が漆黒の不安感から逃れるためには、この思考を止めなければならない。分かっているのだ、そんなことは。しかし美しいものを求めることを辞められるだろうか。

 病的な不安と、美しきものを求めることとは、殆ど僕の心の同じところから端を発している。鶏が先か卵が先か。考えても仕方ない。廻る円環の日々だ。僕は今日も、終着のない心の競争に興じている。


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