泣いた日と、セルフラブ
昨日は泣いてしまった。
仕事で涙を流したのは何回目だろうか。取引先と商談しているときではないものの、上司と面談しているとき・ミスを報告したとき・先輩から引き継ぎを受けている時などで、今回で4回目になる。
現在3年目の冬なので、まもなく4年目になろうとしている。
私には、「あ、泣いてしまいそうだ」となることがある。フッと現れるその息が詰まるような、声がなかなか出ないような、涙が出てしまいそうなときとは、どんなときか。
・細かく理詰めで冷たいことを言われている時、詰められている時。そんなことして何も解決にならないだろうに、世の中の人は恐ろしいものだ。そもそも私は理詰めされるのはひどく苦手なのだ。
・後から行った飲みの席で、自分の席がない時。自分の席がないって、ないのに、どうしてじゃあ誘ったの?わたし、来たくなかったんだけど。(無論その会はとても、とてもつまらず参加したことを後悔した)
昨日決心した。私には、2022年のうちに転職など何らかのキャリアの見直しが必要だ。
今の課題:職種の不一致、上司と合わない、所属している会社の売上が悪く改善の見通しが立たない。
結論、ここにいる意味がないのだ。もちろん職種と上司は異動すれば現状は変わるものの、そもそもの売上が悪いので事業としても成長の見込みがない。
転職活動をはじめたのは2021年秋なのだが、そもそも異職種への希望というのはなかなかハードルが高い。コロナで一層企業側もコンサバになっているとエージェントからも聞いた。
ただ今の会社にこのままいる未来は考えられないのだ。
だって、わたしはもっと自分の持っているセンスとか特技とか、「褒められること」をたくさんしてお金をもらいたい。今みたいな好きでも得意でもないことをしてる自分が好きかって言われると、そうではない。働いている自分が好きかどうかって私には重要なことだ。いつ何時だって自分を愛したい。
大人になってから泣くことって、小さい時と比べて減った。泣くことを我慢することって、すなわち私にとって大人になることみたいな定義だ。
わたしは繊細と言われる。繊細だっていいじゃん、適してないことをしてたらあなただって嫌でしょ?
上司(合わない上司ではない直属の上司)は、弱みを指摘してもらえるのはありがたいことだと言った。
でも、その先にあるのは何?わたしが仮にその弱みを克服したことで手に入るのは何?わたし、それ欲しいんだろうか。いや、別に欲しくないしどうでもいいことなんだけど。だから、結局社風があわないのかも。成長意欲が高すぎて私にはついていけない。
そして、その合わない上司はまだマシな方とすら言っていた。でも、そう言うことじゃないんだけど。合わないひとは合わないんです、むりなんです、〇〇だと諭されたとこでなにもわたしには響きません。(なんでそれがわからないのだろうか)
最初から完璧なひとはいない、できるひとはいないという慰めの言葉をもらったことがあるが、そのとき私の気持ちに全然響かなかった。
なんでだろう。わたしが、それをできるようになりたいと思わないからなのだろう。
「営業だから、これをやらないと。」この言葉うれしくない。結局わたしは営業をしている自分が好きではない。
わたし働いてる自分も好きでいたいし、弱みがあるならそれも含めて愛してあげたい。
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