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『コンビニの蛍光灯の下で』: 短編小説

東京、新宿。
深夜のコンビニで、佐藤麻衣(28)はレジに立っていた。

「いらっしゃいませ」

機械的に繰り返す挨拶。商品をスキャンする音。レジの引き出しの開閉音。

これが麻衣の日常だった。

大学で映画を学んだ彼女だが、就職氷河期に阻まれ、正社員になれずにいた。夢見ていた映画の仕事とは程遠い場所で、彼女は時間を浪費しているように感じていた。

深夜2時。店内には客がいない。
麻衣は、スマートフォンで友人たちのSNSをチェックする。

海外旅行の写真。
結婚式の様子。
昇進のお知らせ。

みんな前に進んでいるのに、自分だけが取り残されたような気分になる。

そんなある日。

「あの、このお弁当、温めてもらえますか?」

声をかけてきたのは、スーツ姿の中年男性だった。疲れた表情で、どこか寂しげだ。

「はい、かしこまりました」

麻衣は男性の様子が気になり、思わず声をかけた。

「お仕事、お疲れ様です」

男性は少し驚いたような顔をしたが、すぐに柔らかな表情になった。

「ありがとう。君も夜勤、大変だね」

何気ない会話が始まった。
男性は広告代理店で働いているという。
昔は夢を持って仕事をしていたが、今はただ惰性で生きているような気がする、と。

麻衣は、自分と同じような気持ちを抱えている人がいることに気づいた。

「でも、君みたいな優しい子がいてくれるから、こうして生きていけるんだよ」

男性はそう言って去っていった。

その言葉が、麻衣の心に残った。

自分は何もできていない。そう思っていた。
でも、誰かの一日を、ほんの少し楽にできているのかもしれない。

それから麻衣は、来店する客一人一人をよく見るようになった。

疲れた顔のOL。
テスト勉強に励む学生。
終電を逃した会社員。

みんな何かと闘っている。そして、みんな前に進もうとしている。

ある日、常連の老婆が麻衣に言った。

「あなたがいてくれるから、このコンビニに来るのが楽しみなのよ」

その言葉に、麻衣は胸が熱くなった。

自分は、誰かの人生の一部になっているのだと気づいた。
それは、映画を作ることとは違う形かもしれない。
でも、確かに誰かに影響を与えている。

麻衣は思った。
今の自分にできることを、精一杯やろう。
そして、その中で自分の道を見つけていこう。

それからの麻衣は、仕事の合間に短編小説を書き始めた。
コンビニに来る人々の物語。
一人一人の小さな人生の断片を、言葉にしていく。

まだ誰にも見せていない。
でも、いつか誰かの心に届く日が来るかもしれない。

そう信じて、麻衣は今日もレジに立つ。

「いらっしゃいませ」

その言葉に、少し前より温かみが増していた。

コンビニの蛍光灯の下で、麻衣の新しい物語が始まろうとしていた。

#ai短編小説

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