ヤクに溺れて死にかけたときほどいい曲を作るあなたが、なぜまだ生きているのですか。
"薬漬けの毎日を
過ごしても良い方向に進まないと生きてる間に気がついてよかった。"
(彼自身のコメント。引用元)
学校の廊下に設置されたパソコンに、10人ほどのクラスメイトが群がっていた。少女の悲鳴、血しぶき、内臓を潰す音が校内に響き、ぼくたちは君を殺して先に進んだ。
インターネット黎明期。『イルカの夢でさようなら』というサイトで、ぼくはAtolsを知った。『イルカの夢でさようなら』は、検索してはいけない言葉として、文字通りインターネット上でカルト的な人気を誇るウェブページだった。
ウェブページ制作者は当時、better名義で音楽活動をしていた。受験勉強とコーヒー中毒で参っていたぼくの心は一撃で、その猛烈な狂気に射抜かれた。
ぼくは、耳をつんざく騒音と、暴力的かつ直接的な狂気が欲しかった。人間の奏でる楽器の音や、喉や舌から出される音ではまるで足りなかった。工事現場のドリルのようなテンポ、1曲聞くだけで耳や頭が痛くてボーッとする感覚、恥ずかしいほどの純粋さ、すべてを吹っ飛ばす破壊的な音を求めていた。
彼の暴力的作品の数々は、そのすべてを満たしてくれた。粗削りで、雑で、純粋で、うるさくて。ほとんどの人は顔をしかめるようなアンダーグラウンドな彼のスタイルは、2004年から2005年にかけて耳を疑うような大変貌を遂げる。
彼の音楽が神性を帯びるようになったのは突然のことだ。
最初に紹介した『イルカの夢でさようなら』の音源は、最後に発表されたのが2004年。2005年制作の『ADAM』に至るまでの期間は1年に満たない。
荒削りさと雑さは消え、暴力性は陰を潜めた。しかし個性はそのままにして現れたのは、丁寧で美しく整えられたメロディ、前衛的でいて聞きやすいパーカッション、物語性のある楽曲構成。それは急激かつ大幅なクオリティアップといって差し支えない。
そして明らかに、この世のものではない、圧倒的に美しい何か、超越的な美、宇宙の誕生と終焉、そういったものをテーマにした作品を連続して制作し、作品のタイトルにも『ADAM』『The last world』といったものが増えた。それに加え『gomeo』(後に”I (Orange)”に改題)など、ドラッグをモチーフにしたものも、アートワークと共に相変わらず現れた。
「宇宙の創生まで観せられたような感覚」
―【対談】SUGIZO x ATOLS(引用元)
90年代のテクノ、IDM、アンダーグラウンドシーンを出自(出典)とし、薬物性の幻覚的な美、超越的な神性、宇宙創世や終焉をテーマにし、インストゥルメンタルで構成された彼の電子音楽は大衆性を持たなかった。ボーカロイドを手にし、ボカロPとしての人気を伸ばしつつある今も、彼の核となる作風は変わらず、大衆性を持たないことまでそのままだ。
"『THE LAST IRA』は、私の生まれ故郷に最も近い作品"(引用元)
ドラッグの使用によって楽曲が良くなるケースは稀だ。通常、重度の服用は心身を崩し、作品は雑になり精細さを欠く。これはbetter時代に発表された、おそらく最後の音源に付された彼のコメントだ。
薬漬けの毎日を
過ごしても良い方向に進まないと生きてる間に気がついてよかった。
(引用元)
『薬漬けの毎日』と『90年代のテクノシーン』が彼の青春を支え、アーティストとしての礎を作った。『良い方向に進まないと生きてる間に気がつい』たのち、彼の作品は急激に精細さを増した。
しかし、彼のアーティストとしての礎は、『薬漬けの毎日』と『90年代のテクノシーン』である。大衆的であることを許さない。もしも彼が大衆的なボーカロイド作家として爆発的な人気を勝ち得たとしたら、そこで彼が音楽を作り続ける理由はどこにあるのだろう。
以下は2018年発表の、インストゥルメンタル、ミニマル・テクノ4曲構成のアルバムに付した彼のコメントだ。
自分は、一体何者なのか?(中略)削ぎ落とされ浮き彫りになる ATOLS という生き物の正体
それがこのアルバムです。
(引用元)
『ATOLS という生き物の正体』がミニマルテクノから表出するのは、彼の礎が紛れもなく『90年代のテクノシーン』だからだ。
Atolsの音楽性の高さは、muzieだの、ニコニコ動画だの、YouTubeだので消費されていいものではない。チャンネル登録者数3万人の彼に声をかけるのは、SUGIZO、貞本義行、横田守といった錚々たる顔ぶれだ。
ATOLSさんと直接お会いした中で、そのピュアさが最も印象に残ります。(引用元)
彼に尖り続けていてほしいと願うのは、ぼくが迷惑な古参気取りのファンだからだろうか。尖り続けたまま、ピュアなまま、耳のいい人達に捕まって評価され続けてほしいと願うのは、勝手なわがままだろうか。
ぼくの記事が、そういう流れの一助になればいいと願ってもいいだろうか。
だから、推しのアーティスト、語らせて。