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林田くんは今日もチャックのついた薄手のパーカを着ている。全体は紺色の無地で、フードの裏に青を基調としたチェック柄があしらわれたものだ。イオンで買ってん、と言うその服はまだ寒い今の季節における彼のデートコーデを支え続けている。 丸い眼鏡、古着のニット、ニューバランスのスニーカー。林田くんはそういった類のものが一切似合わない。彼は、不細工ではない。むしろ顔立ちはそれなりに整っているほうだろう。ちょっと垂れ目ぎみで、唾の照る八重歯があるけれど、黒い髪は会社員らしく清潔に整えられ
プロローグ人は誰しも、地上の顔と地下の顔を持っている。 その深さは人の数だけある故に、一緒に落ちてみないとわからない。 時は、2018年6月23日。渋谷。ハチ公前には、友人を待つ者、出会い系サイトで知り合った相手を待つ者、その横でハチ公と写真を撮る者。スクランブル交差点の信号が青になると雪崩のように人が動き、赤になるとまたテトリスのように人々が岸に溜まる。センター街では、偽物のブランドスニーカーを手に取る高校生、きょろきょろと辺りを見渡す男子の集団。その一歩隣のハンズ通りに
十二月二十四日、深夜十二時を過ぎた頃、お客様たちも帰り、さっきまで騒がしかった店に静寂がおとずれた。 私はシンガーズ・アンリミテッドというコーラスグループの歌うクリスマス・アルバムをかけ、お店を片づけ始めた。 シンガーズ・アンリミテッド、直訳すると「制限のない歌手たち」。メンバー数はたった四人なのだが、一九六〇年代当時、最新の技術だった多重録音を駆使し、何十人分もの声に重ねあげて、見事なコーラスワークを聴かせた。文字通り、「制限のない歌手たち」というわけだ。 当
あらすじ:2007年。メンヘラで作家志望のキャバ嬢・早季は、皮肉屋の男友達「四月ばか」と一年間限定のルームシェアをしている。社会のどこにも居場所を感じられない早季は、定住しない四月ばかの生き方をロールモデルとしていた。トリモトさんという変わった男性と知り合った早季は彼が気になり、デートする仲になる。 ※前話まではこちらから読めます。 ◇ 風邪が治ると、年末に締め切りのある新人賞へ応募するための作品を書き始めた。 直接的に自分を創作に反映させてしまうあたしは、主人公の想