ぼくたちは健全なケンカ仲間。「定性」と「定量」のオトナな関係 #note_growth
2019年11月14日にピースオブケイクで開催されたイベント「noteの躍進を支えた”定性と定量の甘い関係” ─ データと世界観をどう組み合わせる?」。
noteは、これまでCXO・深津貴之によって「世界観」に照らし合わせることで開発の意思決定をドライブしてきましたが、さらなる加速のために「データ」を活用するようになりました。具体的には、メルカリのデータアナリスト・樫田光がnoteのグロース戦略顧問に就任。
世界観(=定性)とデータ(=定量)と、一見相反するふたつをいかにバランスを取りながら意思決定を進めていったのか。CXO・深津貴之、そしてグロース戦略顧問・樫田光が語りました。
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<登壇者>
樫田 光(かしだ ひかる)
2016年メルカリに入社、データ分析チームの責任者を務める。US事業/国内フリマ事業の分析と戦略立案などの業務を経て、2019年現在は新規事業のメルペイのグロース戦略のための分析を担当。メルカリへのジョイン以前は、外資系戦略コンサル、スタートアップ取締役などでのビジネス経験を経たのち、30歳でデータ分析の仕事に興味を持ち転身。早稲田大学理工学研究科卒業、工学修士。
note:@hik0107 Twitter:@hik0107
深津 貴之(ふかつ たかゆき)
大学で都市情報デザインを学んだ後、英国にて2年間プロダクトデザインを学ぶ。2005年に帰国し、thaに入社。2013年、THE GUILDを設立。Flash/Interactive関連を扱うブログ「fladdict.net」を運営。現在は、iPhoneアプリを中心にUIデザインやInteractiveデザイン制作に取り組む。2017年10月よりCXOに就任。
note:@fladdict Twitter:@fladdict
<モデレータ>
松下 由季(まつした ゆき)
制作会社にてweb・APPのデザインを経験したのち、2014年よりヤフーで女性向けメディアプラットフォーム TRILLの立ち上げから運用までに従事。2018年よりピースオブケイクに入社。現在は主にnoteのグロースにおいて、施策の提案・管理および実制作を担当。
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経験則でドライブしてきたnoteが直面した壁
松下:樫田さんがグロース戦略顧問に就任したのが2019年10月16日。その半年ぐらい前からジョインはしていて。それ以前に抱えていた問題点から教えてください。
深津:シンプルに言うなら「リソースが全然足りない」ですね。
2年前、ぼくがnoteをお手伝いすることになったとき代表の加藤にリクエストしたのが「データチームをつくってほしい」とか「サイネージをたくさん買ってデータをプロットしてオフィスやSlackで見れるようにしてほしい」とかだったんですね。外苑前へ引っ越ししてからはオフィスの壁面にサイネージが設置され、みんなで見れるようになったんですが、専門的なチームは発足したばかり。手弁当で運用している状態でした。
さらにドライブさせていくためには向き合うべき課題や分析すべきデータが多すぎて、専門家の力が必要なのは明らか。でもリソースが足りないから、ぼくがGUILDという受託の会社で培ってきた経験則を打率に換算したもので「もうしばらくデータなしでドライブさせるけど、いつかチームつくってね」という状況でした。
「いよいよ細かいデータを取らなきゃマズイ」というタイミングで樫田さんが参加した。振り返ると、定性的なシステム化を進めて、やりながらバランスをみるという2年間でしたね。
樫田:ぼくがnoteに初めて遊びに来たのが2019年5月ぐらいかな。仕事の話をするつもりはなかったんだけど、CEOの加藤さんと話しているうちに「もしデータまわりをやってくれるなら……」という話になってトントン拍子で決まりました。
最初は加藤さんやCTOの今(こん)さんと少しずつはじめる予定だったんですが、「重要なテーマだから自分も入る」と深津さんも参加してくれて。だんだん取り組みが大きくなっていきましたね。ぼくがパッと入ったわりには、みなさんフットワーク軽く動いてくれて嬉しかったです。
深津:念願の体制ができたのでぼくらも嬉しかったです。
深津:データチームの規模が小さく、コアな部分しかお願いできなかったときに「最低限どこまでデータを見るべきか」「データ分析のしやすさ」をまとめた図です。課題が具体的で、短期で結果が出て判断できるとき、1対1の対応のときなどはデータ分析しやすいけど、課題が抽象的で、複数の原因が絡んでいるときなどはデータ分析のがゆがみやすい。
樫田:ぼくが来る前に運用されていたやつですね。
深津:データチームが小さいときは、図の右側のデータ分析しやすいところは経験則で対応する。左側のデータ分析しづらいところ、今期のグロースに関わりそうなところはデータチームにお願いしていました。
松下:そうですね。絶対にここだけはって部分に絞って分析だったり、数字を追っていたりしていた記憶があります。グロースの本当に重要なポイントに絞ってみるというか。
深津:将来的には、データチームがめちゃめちゃでかくなって……ぼくクライアントの日本経済新聞社さんから聞いたんですが、社内に非エンジニア含めてSQL使えるひとが200人いる体制らしく、数年後にはそうなっていたいと思っていますけどね。
樫田:データ人材に関わらず、ピースオブケイクはサービス伸びているし、いろんな人材を募集しているって感じですよね。
深津:ですね。そのためにもどんどんサービスを伸ばしていかなきゃいけないし、いまいるメンバーも少しずつ数字への苦手意識をなくして、データまわりの判断ができるレベルにまで登っていかなきゃいけないな、と。
定性・深津と定量・樫田の共通項とは?
松下:今回のイベントタイトルが「noteの躍進を支えた”定性と定量の甘い関係”」で、「定性」と「定量」は対立しがちな構図で語られることってあると思うんです。
でも、おふたりは、深津さんはこれまで複数のサービスを担当されてきた中の成功体験やデータの蓄積によってアプローチしていて、樫田さんはサービス上の数値を計測したうえで「どういう結果に結びつくか」というアプローチ。一見対立しているのですが、おふたりの根底には共通したものがあるんじゃないかって感じています。
深津:そういう意味だとお互い、データ専門、クラフト専門という感じではなく、結構興味の対象は混ざっていますよね。
樫田:深津さんが8:2で定性に強いとしたら、ぼくは逆の2:8で、定量に強いという感じでしょうか。いちおうデータ分析が専門と言ってはいるんですが、最近はサービスの設計とかデザインにも興味があって。お互いの分野に関するリスペクトは最低限必要だと思っています。
深津:言葉がある程度話せるって感じですかね。ぼく自身のバックグラウンドはもともとプログラミングで、「多量データをアニメーションにする」みたいなこともやっていたんで。
もちろん自分自身では計算が嫌いとか、統計が好きじゃないとかはあるけど、重回帰分析のコードを書いたり、複数要因を回したり……みたいな経験はあるので、なんとなく「こういうところが大事だろうな」という勘所ははたらく。影響排除のように細かいところはわからなくても、予想がつくときは「こういう仮説なんですけどどうですかね?」みたいな感じで、樫田さんに聞いています。
樫田:「定性」と「定量」の対立構造への見解は、ふたつに分解して話せます。ひとつは個人対個人、もうひとつはもう少し一般的にみたCXOとデータアナリストの関係で。
1点目に関していうと、深津さんはひととして相当リスペクトできる部分があるのと、自分が得意だと思っている数字やロジックに関しても基本的な素養は持っているので、根本的なところはおなじだと思っています。あと、オトナなんですよね。もちろん子どもっぽいところもあるんですけど、「自分の想いを抑えて体験を優先させる」といった判断の仕方とか話の持っていき方とかがオトナ。ぼくもオトナという自負があるので、オトナ同士うまくやれている気がします。
深津:そういう意味で自分の仕事で一番統計っぽいと思うことは、施策を打率で処理するから、個々の施策にはあまりこだわらないこと。ようは「10個施策があるうち8個あたればOK」「確率で中央値に入るなら、ばらまけばいい」という考え方なので、どうしてもみんながやりたい施策があるのなら1個ぐらいやってもいいと思うし、逆に影響因子が強そうなところだと「これだけはやらせて」と。切り分けている感じですね。
樫田:ぼくはCXOとデータアナリストやグロースハッカーが関係性を築いていくなかで、職種同士の相性はいいように感じています。やりたいことは同じだけど、アプローチが逆で、相補完関係があると思うんですよね。全体と個別をどう捉えるかという話は結構真逆。
データアナリストはロジカルで、データを使って全体から見て、フォーカスするところを決めて、なかでも一番クリティカルなところに集中するから、数値に関して一気にグロースできる。
ぼくは全体からフォーカスポイントを絞っていって破壊力を発揮することが得意ですが、深津さんは一見バラバラで散発的な情報を全体的に俯瞰して見て、世界観を保っている。
データアナリストが全体から部分への絞り込みを得意とするのに対して、CXOは部分の集合として全体を見るのが得意。
ぼくはリソースを一気に投下してグロースさせたい。基本的には深津さんも同意してくれるんですが、バランスが崩れそうになるときもあるんですね。そういうときは、深津さんが一歩引いていろんなファクターを集めて「天の目」で見て、たまにブレーキをかけてくれる。
深津:「大胸筋だけきたえているんで、もうちょっと他もきたえましょう!」みたいな。
そういう意味だとぼくはデータの使い方が真逆ですね。手に入れたデータを抽象化したり、普遍化したりしています。ぼくはよく物事を人間にモデル化するんですが、人間だと「毎年1回人間ドックへ行こう」みたいなところはちゃんとデータをとるけど、腕立てを31回やるか32回やるかみたいなところはデータを取らないし、「医療書3冊読んで書いてあることを全部やれば、データをみなくても健康になるだろう」みたいな使い方です。
樫田:「自分の意見が通るか」みたいな視点で考えちゃうと、ブレーキをかけるひとってイヤな感じだけど、プロダクトのために言っていることは間違いないし、冷静になって考えてみると深津さんの言っていることって99%正しいんですよね。だから、自分がアクセル全開で踏み込んだとしても、「なにかあったら深津さんがブレーキをかけてくれる」みたいな安心感はあります。
深津:逆にぼくはブロッカーになりすぎないようにしなきゃいけない。バランスをとるときも振れ幅がありながらベストポイントに集約していく方がいいと思っているので、多少リスクがあってもやったほうがよければやってもらうようにしています。
樫田:最低限のオリは設けてくれているけど、かなり広く取ってくれている。
定性と定量の両輪で進めてきたこと
松下:では、そんなおふたりがここ半年で進めてきたことについても少し具体的に触れてください。
深津:それでいうと、ぼくはふたつ。ひとつは今までふわっとグロースのモデルをつくってきていたんですが、メンバーが増えてきたのでバリューや資料をロジカルにアップデートしました。
もうひとつはデータとして「このページを直すと数字が強くなる」というのがある程度明確になってきたので、そういうところはデータチームにお願いして、ぼくはそれ以外のイベントやビジネス提携、PRをふくめて接続のほうに回って、グロースフォーカスをちょっとずつ自分の手から離していきました。
樫田:そうだったんですね。
深津:ちなみにこの図がnoteに入る前に加藤さんから話があってつくったグロース図です。
樫田:この図を進化させたのがこちらですよね。
深津:ぼくが戦略レイヤーから関わらせてもらえる場合は、サービスがグロースするための因果関係を結んでいきます。
noteの場合は、「作者が集まる」と「コンテンツが増える」。「コンテンツが集まる」と「読者が集まる」と。そうすると「認知が増える」。そして、さらによい「作者が集まる」という。ひとつひとつのKPIを見るのではなく、これらの要素が切れないでつながっていくような管理をします。
樫田:ぼくも5月ぐらいに「noteで仕事しませんか」と言われたときに、「じゃあここを伸ばしましょう」と提案するよりも、まずは全体観から知りたかった。ぼくはメルカリでもメルペイでも、まずは全体像を描いて数字をマッピングしていくんですが、noteの場合ちょっと調べたらすぐにこの図が出てきて驚きました。
樫田:それで自分なりに解釈してKPIとかマッピングできるように、深津さんの図をほぼ流用してつくったのがこちら。「noteグロースに必要なドライバーってほぼここに集約できるよね」というまとめ方をしました。
樫田:クリエイターや読者の間のイベントは計測可能なものなんで、実際にKPIをマッピングしていったのがこちらです。
深津:もうぼく自身はここの数字はみんなに任せていますし、どちらかというとつながりが切れていないかのほうが気になる性質なので、たとえば「クリエイターが増えたのにコンテンツが全然増えていないとマッチしていないユーザーを呼んでいるのかもしれない」とか「オンボーディングやツールにバグがあって途中で投げ出してしまっているかもしれない」とか。「理論上、まわるはずなのに流れ落ちているところを直していく」が、いままでやってきたことですね。
それに加えて樫田さんが入ったことで、強みの部分を伸ばすこともやりやすくなったのかな、と。
樫田:強みを伸ばす文脈だと、「どこかひとつの部分しか力を入れられないとしたらどこに絞りますか、数字を見て決めましょう」というフェーズがくるんですよね。ぼくも結構数字ベースで決めようとしていたんですが、深津さんや加藤さんと議論していくと「そもそもnoteとはなんぞや?」みたいな世界観から考えた方がいいんじゃないかという話になって。
樫田:そもそもピースオブケイクの「だれもが創作をはじめ、続けられるようにする」というミッションを成しとげるためのサービスのひとつがnoteなんですよね。
深津:最初にミッションをつくるときに「夢、羽ばたく」や「愛、希望」といった”雰囲気ミッションはやめよう”ということで、完全にツール、武器として機能するものにしました。ターゲットがだれで、何がはじまって、その状態がどうなるといいのかみたいなことがすべて盛り込まれているような。
樫田:ミッションって何かが判断に困ったとき立ち返られる場所であるべきなんですけど、完全にそうですよね。
松下:さきほどの成長サイクルモデルやグロース図も、このミッションにもとづいていますね。深津さんはサイクルやフローの文脈で語ることが多いですよね。フローのなかで一番穴になっているところはどこかを体験ベースで考える習慣があるというか。
深津:エコシステムを人間に近いモデルだと考えています。大胸筋や心臓だけを超きたえても、脳に近い血管が切れたら死んじゃうので、人間ドック全体で心臓も筋肉もなんとなく健康である方が大事。
松下:一方、樫田さんは数値ベースで一番効果が出やすいことを判断してくれる印象があります。
樫田:ただ、ぼくも実際にマッピングして、「ここが一番伸ばせるところです」と伝えるのって難しいんですよね。noteっていわゆる2サイドプラットフォームで、サプライヤーも消費者も基本的にはカスタマーで。サプライヤーであるクリエイターの数字を伸ばしたかったら読み手がいっぱいいることが必要だし、読み手を増やしたかったらクリエイターがいっぱいいる必要がある。どこから着手していくかは、順序と解釈の問題でしかないんですよね。
利益はミッションを実現するためのガソリンである
松下:(イベントのハッシュタグ #note_growth から)質問が来ています。「この成長サイクルモデルにはサービスのグロースのKPIが割り振られていますが、noteではマネタイズをどうとらえているんですか?」と。
深津:大きいものと小さいものがあります。もちろん会社としてはしっかり儲けなきゃいけないんですが、サービスとしてみると利益はガソリンなんですよね。ようはガソリンをいかに有効に活用して目的地、つまりミッションの場所までたどり着けるか。
利益は大事でもあるけど、そこまで旅行しないならガソリンはいらないと考えているので、自分の立場からすると「売上げ利益は目的達成のために必要なツール」であって「目的」そのものではありません。
樫田:KPIのマップでも、売上に該当するところって読み手からクリエイターに対する反応のひとつとして「購入」が存在します。クリエイターが気持ちよく継続するための反応の種類というか。
深津:ガソリンということはガス欠したら遭難しちゃうんで、最低限補給して絶やさないのはマスト。もちろんいらないものではないんですけど、あくまでも目的地へ行くために必要なものという理解です。
樫田:数値見るのもいいけど、全体の輪のなかでクリエイターの創作、継続の観点から見ていこう、クリエイター中心で考えようというのは迷いなく決まりましたね。
深津:あとは、クリエイターたちが一番最初にぶつかる壁をきちんと直すこと。
先日ニュースで流れてきたんですけど、ギターをはじめたひとは1年以内に90%が挫折するそうです。同じようにせっかくものをつくろうとはじめても結構挫折してしまって、苦手意識がめばえてしまう。とくにほとんどのひとが小学校の図工や音楽の時間に苦手意識をすりこまれて、人生のはやい段階で引退してしまうんですよね。
そういうことってとてももったいないので、できる限り挫折を止めたいという想いがミッションには込められているし、実際のグロースのなかでも重要視されていることだと思います。
樫田:ぼくは基本的に数字を見ようとする意識が強いんですが、自分がnoteのヘビーユーザーなので創作を続ける大変さが身にしみていたし、周りにそういうひとが多いこともわかっていた。あと、深津さんはnoteに限らず、世の中の何かをはじめて続けることの難しさをいろんな例で説いてくれた。
たしかにお金を出してギターやバイクを買っても続けられなかった経験ってだれにでもあるんですよね。これって大きな社会課題だし、noteというサービスとしてもクリティカルだという。自分としては数字云々よりもハラオチ感はありました。
松下:また質問が来ています。「先ほど売上自体は目的じゃなくてガソリンである、という話がありましたが、KPIの上位概念であるKGIはどのようにとらえているのか」と。
深津:単一KGIに関しては、そんなに議論されていない気がします。
樫田:そうですね。KGIというと数字としてどう表現するって話になりますけど、noteの場合、日本語にすると「創作によって生み出されたクリエイターと読み手の幸福度の総和」みたいなところですよね。それが金銭的なものなのかはいろんな考え方がある。
深津:ちなみに、樫田さんが来る前にKGIとして使われていたのが「コンテンツパワー・発見性・継続性」。「いい作品があること」「みんなに届いて読んでもらえること」「書き続けてもらえること」の3つが鼎(かなえ)の足のようにバランスを維持しながららせんのように積み上げていこうというコンセプトでした。
松下:もうひとつ質問が来ています。「noteはよくクリエイターという言葉を使いますが、そのなかに”ぼく”は入っていますか。ぼくはまだ2本しか記事を書いていません」と。
樫田:めちゃいい質問じゃないですか。
深津:「ぼくもあなたもクリエイター」ですよ。具体的な定義はないんですが、代表の加藤と話していると読者もクリエイターです。感想を言うという行為すらクリエイティブなものであるというスタンスなので。
継続率にフォーカスするまでの議論の日々
松下:では、続いて。ここ半年でやってきたこと。7-8月ごろの施策について教えてください。
樫田:クリエイターの継続率にフォーカスすることが決まりました。そうしたら、次にやることってクリエイターの継続率を高めるために何をすべきかだと思うんですね。
深津:このあたりはもともとあった経験則からダイエット、宗教、ランニングまで、ひとに何があると続けられないのかを樫田さんと延々と話していましたね。
樫田:していましたね。そのなかで仮説として、「noteを書きはじめることができても書き終えることが難しいんじゃないか」という話があって。たとえばエディターの中身をもっとブラッシュアップしたり、書き終わらせるように励ましを出したり、下書き状態の記事を掘り起こしたりとかいろいろ策は考えたんですが、まずは数字で見ようということになりました。
樫田:ざっくりいうとこんな感じです。
樫田:ぼくらがフォーカスしたのは、すでにある程度作品をつくったことがあるクリエイターを母数として、継続率を上げることでした。
記事を書きはじめたけど書き終えられなかったという「ラストワンマイル問題」は5%程度。みんな創作をはじめてくれさえすれば、なんらかのカタチでパブリッシュしてくれていることが数字でわかったんです。だから、エディターの改善や下書き掘り起こしについては優先度が低くなった。
次に既存のクリエイターが創作を継続しないのかという話になったときに「noteに来なくなる」と「noteは使っているけど創作はしない」というケースが考えられました。調べてみると、クリエイターのうちnoteに訪問しているひとが3割ぐらい。そのなかで記事を書いているひとが3割ぐらい。ぼくらはnoteに来てくれているけど、記事を書いていない7割の層を注力ポイントに決めました。
深津:ぼくはこういうところはデータチームに任せています。「一番のスイートスポットを見つけてください」みたいな感じ(笑)。
樫田:でも、かなり議論に加わってくれましたよね。図のなかの(1)と(2)はどちらも30%なので悩むんですが、「(2)を高めないと(1)を高めても意味がないんじゃない?」と言ってくれたのは、深津さんでした。あと、(1)はあとからでも上げられる自信もあったんですよね。
深津:そうですね。「ゆがんだ集客をするとあとで痛い目をみる」というのがここ10年いろんなクライアントと共に導き出した結論なので。「むちゃな集客はやめて、いろんな問題が解決してからにしましょう」と。
樫田:あとはこの数字を出す際に継続しない理由をディスカッションしたおかげで、(2)への策の種も無数に生まれて。(2)へ注力することが不可能じゃないように見えたのも大きかったですね。
樫田:なので、noteを使っているクリエイターのなかで創作を続けられない人に絞ることはできました。そして、継続できない要因を100個ぐらい洗い出して、抽象化したところ、継続できる理由は3つに分類されるというのがnoteチームの結論です。
樫田:ひとつ目は、「モチベーションがあること」。ふたつ目は、「コンテンツがあること」、みっつ目は、忙しいとかPCが壊れているといった「物理的に制約がないこと」。この3つに分類される。
深津:あとは、0.5要素として創ることへの「トリガーがあること」ですね。これらが揃っていれば、みんな創ってくれるんじゃないかという感じです。
松下:この条件を割りだすミーティングに参加して感じたのが、参加者のだれしもがnoteを継続しようと努力したことがあって、なにが障壁となるかを体感的に理解していましたよね。仮説を立てられるくらいは理解があったからこそ、割りだせていけたのかな、と。
深津:それでいうと、ぼくはミーティングがはじまったころからマンツーマンのトレーニングジムに通って、自分が継続しない理由を考えるようにしていました。「コーチはこういうことを言って来週も逃げられないようにするのか」とか。
樫田:深津さんってサービスについて考えるとき、noteというよりも普遍的な世の中の平均をうまく取り入れますよね。
深津:そうですね。ぼくは確率統計を雑に使うことに特化しているので。ダイエット、受験勉強、筋トレなど挫折しやすいものを集めて、すべてに共通している解決策は基本的に正しい可能性が高いと思うので、効果がありそうかどうかはデータチームに聞くというスタイルなんですね。
樫田:それがやりやすいですね。3つすべてやってもいいんですが、データアナリストとしてはフォーカスをしたい。
お題機能を拡充すべきか問題
樫田:当時noteがもっていた一番大きな仮説が、こちらです。ようは書きたいけど、なにを書けばいいのかわからないというひとがかなり多い。これは定性的仮説ですね。
松下:それを受けて出た施策案のうちのひとつがこちらですね。お題機能。
樫田:「書きたいネタがあったらここから選んでね」みたいな。ぼく自身ネタがないときはこの中にもある「買ってよかったもの」とかで書いたことがありますけど、お題を拡充してバリエーションを増やすことでコンテンツがないひとを救って継続率を上げたいという仮説がありました。
深津:元ネタとしては共通課題、お笑い芸人も漫画家も創作コミュニティーはお題を採用しているので、「コストパフォーマンスに関して実装ラクだから試してみるか」と。
樫田:実は、自分の感覚としてはこの仮説についてはあまりしっくり来ていなかったんです。ぼくは書くネタの範囲というのは決まっていたし、まわりにもセルフブランディングやビジネスツールとして活用したいひとが多かったので、外部からお題を与えられても、それで書く気になるひとってそんなに多いのかな?という疑問はありました。だから、この案が刺さるひとがどれくらいいるのかは純粋に気になったんです。
松下:というわけで、クリエイターにアンケートをとってみました。
樫田:このときのアンケート内容も深津さんや松下さんと相談しながら、いままでの仮説を抽象化して落とし込んでいった感じです。
樫田:ぼくが一番知りたかったのがこちら。お題として認識する範囲によってクリエイターを4つに分類しました。たとえばぼくは「あの恋」とかはお題として認識しなくて、分析やマーケティングといった自分の領域のものしかお題として考えていないんですね。ぼくのようなタイプを3と4、日記やコラム、ポエム、漫画なんかを書いていて、「お題もらえたらやりますよ」というクリエイターがタイプ1と2。これらを分類して、きっちり数字を見てみました。
結果としてはここに書いてあるとおりで、タイプ1と2は32%ぐらい、タイプ3と4が64%ぐらいとパシッとわかりました。
松下:この結果を受けて、さきほどの「お題を拡充したらどうか」という案は、クリエイター継続のための施策としては最適ではないのではという話になりました。
深津:ただ、お題拡充にバンバンリソースつぎ込むのはデータ的にやらないほうがいいので一旦ペンディングではあるけど、一方でタイプ1と2は32%もいる。タイプ3と4は好きに書いてくれればいいという考え方もあるなかで、書きたいものが見つからなかったから挫折しちゃうひとがいるのも事実だから「エブリワンを拾い上げる」というnoteのミッション上はちゃんと残しておきたい。だから、エネルギーは投下しないけど残してあげたいというリクエストになるという。
樫田:この差が、ぼくと深津さんの関係性、考え方や立場の違いなんですよね。ぼくのような人間は「タイプ3と4にフォーカスするぞ!」ってなりがちなんですが、深津さんは全体のバランスを見ている。
タイプ1と2もゼロではないし、フォーカスしすぎるとおかしなことになるから、力の比重は入れ替えるけど、「100:0はやめようね」ということをやんわりと、でも、ちゃんと言ってくれる。これが深津さんのオトナ力(りょく)ですよね。
松下:次のスライドが、アンケートからわかった「なにが創作を続けるうえでのペインか」なのですが……。
樫田:このアンケートの文脈上聞いているんですが、(1)(3)(4)がモチベーションに関わるもの。たとえば「投稿に反応がもらえない」「他のひとに読んでもらえて役に立てている実感がない」「noteでビジネスにつながるかと思ったけど、あまり効いている気がしない」とかモチベーションに関するペインがいまの既存クリエイターにとってはマジョリティーという結果が出ました。
一方で最初に想像されていた「ネタがない」とか「ネタを忘れてしまう」とかもあるけど、意外とそういうひとって数としては少なくて。ネタを拡充するよりもモチベーションをどう上げていくかっていうふうに方向性が決まったという分析の結果でした。
深津:さきほど話したギターの例と同じですよね。「ひとりでジャンジャカやってもモチベーションが上がらない」「Fを弾こうとして指が届かなくてマメができてしまう」とか。
樫田:「やってみたけどモテない」とか。
深津:彼女に「○○くんにあの曲弾いてほしい」って言われたらもう少しがんばれるかもしれないのに。
「お題特定型クリエイター」のペインを探れ
樫田:この図はさきほどのユーザー分類との掛け合わせですね。この灰色のやつが、全体を平均としてそれをペインと感じるクリエイターがどれだけいるかっていう話なんですが、さきほど棒グラフでお見せしたように「なんでもお題型」のクリエイターと「お題が特定型」のクリエイターがAとBで多くいるんですが、タイプによってペインの種類が違うことがわかります。
ざっくり分類すると「なんでもお題型」のクリエイターはコンテンツそのものがペインになるのに対し、「お題が特定型」のクリエイターはモチベーションがペインになる。
ただ、比較してもコンテンツにペインを感じているタイプのクリエイターでも、全体からみるとモチベーションへのペインが大きいこともわかりました。とくに投稿への反応がないことはかなり顕著で。チームとして「ダブルチェックとしてコンテンツに困っている人はいるけど、モチベーションに多くのリソースを投下しても外さないんじゃないか」という結論に合意できました。
深津:モチベーションが重要という話は昔から出てたけど、ようやくデータで証明されたから「堂々をリソースをかけられるぞ」って感じになりましたよね。
松下:肌感でみんなが思っていたことにデータの裏付けができたというか。
noteってクリエイターの方たちと話す機会があるんですが、そういう場に足を運んでくれるのはここでいう「モチベーション」がなくても書き続けられるパワーがあるひとたちだったりします。でも、この調査結果を見て、「やっぱりマジョリティーはそうだよね」という納得感が得られたことで、安心して次に向けた施策が打てました。
樫田:データで新しいことがわかるってそんなにないと思っていて。ただ、数字のように客観的なもので示されていないものに大きなリソースを注ぐことは怖いと思うんですよね。そこへの自信を深めて、チーム全体の方向性を定めるときにデータは活用できる。データによって船の舵先が一致できたのは、いい流れでした。
深津:繰り返しになるけど、ぼくは確率で処理するし、一度失敗しても怒らないし、気にしません。それよりも重要そうなところに投網をかけるほうが大事だと思っています。
樫田:それは重要ですね。分析もひとつひとつの施策にABテストをするようなことをすると全体のバランスや機動力を損なうので、明らかに「これやれば喜んでもらえる」ということはCXO判断で通すことがオトナのやり方かな、と。
深津:「運動するかしないか」みたいなところはエビデンスがほしいですが、「腹筋と腕立てどっちからやるか」みたいなところは「両方やっとけ!」みたいな話ですよね(笑)。
松下:つぎは、実際の意思決定をどんなふうに進めていくのかという話ですね。
データがもたらした意思決定のスピードとサイクル
樫田:ぼくは外部パートナーなので、よく「どういうふうに関わっているのか」を聞かれます。ぼくの場合は毎週、topsとbottomsという2種類のミーティングを交互に主催しています。topsミーティングでは、加藤さんや深津さんといったハイレイヤーのひとたちを含めて方向性の意思決定を進めていきます。
深津:そのなかでデータの話を共有したり、ブレーキかけてほしいところを相談したり。最近だとOKRの話ですよね。OKRは強い武器だから、リソースの5〜6割は投下していいと思うけど、100%をつぎ込むのは避けてほしいとか。バランスの問題ですよね。受験勉強と同じで「英語100点でその他の科目が0点」だと不合格になっちゃうので、バランスよく点数を取りたいですよね、と。
樫田:参加者は、加藤さん、深津さん、今さん、ぼく、松下さんのようなデザイナー兼PMの方が何名か、データアナリストの中川さん、GUILDの方、オブザーバーとして事業開発の方やフロントエンドエンジニアの方が入れ替わり立ち替わり来てくれて、ディスカッションしています。そこでなにをやってなにをやらないのかの大枠を決める。その方針をbottomsミーティングに持ってかえって、松下さんやデータアナリストと集まって、どういう仕様・分析をするかという具体的なところを決めていきます。
深津:topsミーティングはプロダクトにコミットすべきC○Oが揃っているので、「うえに上げます」とか「決裁を待ちます」みたいなコミュニケーションはなく、「やるか・やめるか」のどちらかの結論が即座に出ますしね。
樫田:たしかに社内の意思決定としてはけっこう重要な場という実感はあります。
深津:スタートアップで一番怖いのは慎重になりすぎて沈んでしまうことですからね。
樫田:あと、ぼくが入ったころはtopsミーティングしかなかったんですよね。ハイレイヤーで大枠を決めてあとは「よろ」みたいな。でも、やっぱり動きづらいんですよね。だから加藤さんや松下さんに協力してもらってbottomsミーティングを始めてから、かなりスピードアップしたし、サイクルも生まれて、とてもいい感じだと思います。
深津:7〜8割がパスして、残り2割がストップか修正って感じですね。
樫田:そうですね。ぼくも結構ギリギリラインまで提案しますから2割くらいは落ちますね。
松下:現場としても、そういうスピードやサイクルが生まれたことは、樫田さんに入っていただいてよかったポイントだと感じています。つぎは、実際に動かしている企画を見てみましょう。
施策の優先度は「アセット・スケール・横展開」で決める
樫田:モチベーションのところでは、読者からのリアクションをいかに円滑かつたくさん届けていくかを考えています。通称「スキがあふれる世界作戦」。
松下:ハッシュタグから質問が来ています。「施策がいろいろ出てくると思うんですが、その優先度はどうやって決めている?」と。
深津:普段デザインチームに「アセット・スケール・横展開」ということをよく言っているのですが、単発の実装機能ではなく、アセットできて一度つくったらテコ入れするだけでスケールできて、横展開できるものは優先度が高いです。オーダーメイドで全体整合性を破壊する可能性があるものは、よほどの理由がないとボツにするということはよく言っています。
樫田:ぼく的には自分なりに企画段階で優先順位をとってアイデアを出して壁打ちしているので、最初の段階でフィルタリングはしています。そのうえで気をつけていることは、まずユーザーがよく通る場所にあることは結構大事だと思います。これはメルカリでも学んだことなんですが、見るひとが少ない場所にマニアックですごい機能をつけても、「みんなが使う大通りのちょっとした改善」には勝てないってことはあるんですよ。
深津:「(情報や認知の)距離を短くして」というリクエストはよくしていますね。
樫田:たとえば「スキを増やす」といっても方向性はいろいろあるんですよね。スキする人を増やすのか、ひとりあたりのスキを増やすのか。そのなかでもある程度ロジックをもって、優先順位というよりフェーズという意味でひとつひとつフォーカスして順に対応していきます。
あとは「数字を見て余地があるか」と「学びがあるか・一般化できるか」というところも重視しています。「学び・一般化」の話だと、「スキをしよう」というフキダシが出る施策をやったんですが、これで数字が伸びるのであれば汎用的に使えると思うんですね。ユーザーにアクションしたいことや教えたいことをフキダシで表現すれば何%が理解してくれるという学びが得られるので。転用が効きやすい。
単に効果が出るかどうか以上にチームとして学びを得て、その学びをコンセンサスに変えることで次の施策を打つときは時間をかけずにサクッと着手できることは重要だと思います。このあたりはさきほどの「アセット・スケール・横展開」の話に近いですね。
深津:ただ、ここでもぼくはブロッカーになります。「スキを増やすときテクニカルに増やしすぎるのはやめてね」とか「点滅はさせないでね」とか「ボタンを巨大化させないでね」とか行きすぎないように先回りしてお願いすることが多いですね。
樫田:深津さんってすごく先を見て言っていますよね。若干ごちゃつくけどそこまでは変わらないという改善に関しても、「その改善自体はいいけど、繰り返すとnote全体がドツボにはまるから一歩目も許さない」みたいな。
深津:一歩目を許して死んだサービスたちをたくさん見てきたからですね(笑)。
施策は振り返る? 振り返らない?
松下:また質問が来ています。いま紹介しているような施策と、樫田さんがジョインするまえの施策とで回答が変わるかもしれないんですが、「施策を打ったあと、どのように振り返っているのか」と。
深津:正直申しあげて、ぼくはほぼ気にしていないです。施策10本打って、8割の打率だとしたら「どれが当たってたか」を明らかにするよりも「この方向性で合っていた」と次の10本を用意するほうがはやい。少なくともスタートアップとして成長が鈍化する危機が見えてくるまでは。
重要になってくるのが、あまりに負債になったり、後戻りできなくなるような実装をしないこと。ダメだったときに即座に戻れる前提なら、気軽に走っていい。これがぼくの設計思想、グロース思想です。
樫田:ここに関しては最近ぼくがストップをかける役割を担いはじめているかもしれませんね。大枠は深津さんのやり方でいいと思いますが、できる限り学びは蓄積していきたい。短期では分析を省いたほうがスピードが出るように見えますが、中長期では分析をしてちゃんとラーニングを繰り返していくことがスピードアップにつながるとは思っています。
もちろん、深津さんの意見も的を射ているのですべてにABテストをするわけではないんですが、どこにフォーカスするかはぼくらでも議論が分かれるところだと思います。ぼくはラーニングを最大化したいし。
深津:確率で当てて、イケそうなやつだけデータチームにお願いするという。
樫田:ここは「解」がないところですね。短期のスピードなのか、中長期のラーニングなのか。ただ、実装する側も自分の担当した施策に意味があるのかわからなくなったり、ABテストするから面倒だったり……施策検証はしすぎてもしなすぎてもいろんなストレスがあると思います。半年間やってここは単一の答えがないと思ったんで、健全なケンカを続けましょう(笑)。
深津:綱引きしながら、ですね。バランス取りながらケンカしていきましょう(笑)。
松下:わたしから見ても、おふたりはリスペクトや共通理解があって、意見がぶつかることはこれまではなかったんです。でも、数値計測に関しては意見が割れるという……。
深津・樫田:(笑)
樫田:こちらは全体の流れに対して実際どういうふうにフォーカスポイントを絞りこんで企画に落としこんでいるのか。そのときに定性と定量をどう使い分けているのかを示した図です。深津さんは定性だけじゃないし、ぼくも定量だけじゃないんですけどね。フェーズによって使い分けながらやっています。
深津:たとえば「ユーザー像の仮説」という流れで、チームにも共有したエピソードを紹介させてください。
世界で成功しているアスリートやアーティスト、ノーベル賞受賞者が子どもの頃になにをやっていたか調べ見ると、最初に出会った先生に、そのスポーツや演奏、創作、科目が「楽しいこと」を教わっているそうです。先生の質とか教育にかける費用とかよりも、影響因子が高かったという。こういう話をたまにSlackに投げて、「そういうわけで楽しくやろう」という話をしています。そこから先はデータチームに任せて……って感じですね。
樫田:深津さんの頭のなかにあるものってすごく価値があって、それをどんどんポストしてくれるので、それを拾い集めて、体系化して、誰にでもわかるようなカタチにしてロジカルにしていくのがぼくの仕事だと思っています。こういう場だから言うわけじゃないですけど、深津さんと一緒にやってて楽しいし、相性いいと思います。
深津:うん……楽しいですね(照)。
樫田:……や、やめましょうか(笑)!
松下:甘い関係……ってこういうこと(笑)?
定性と定量のバランスをとるコツ
松下:気を取り直して、最後に質問をいくつか用意しています。「定性と定量をうまくバランスするためのコツは?」。
樫田:いろいろ話しましたけど、人間的なリスペクトと分野に対するリスペクトは必要だと思いますね。
深津:ぼくの場合は、歴史や普遍的なもの、日常生活のなかで人間が自然にモデル化しているものとサービスをたとえて比較し、そこで乖離が起きていないところを打率の高いツールとして使って、それをデータで答え合わせする感覚です。
樫田:リスペクトって「すごいですね」って言うだけじゃなくて、浅くてもいいから勉強して、相手が口に出す言葉の意味を理解できるようにしておくことは大事だと思います。
深津:わからないことがあっても妥協で流さないという。ちゃんと聞くとかツッコミをいれるとか。
樫田:もしかしたら最初のうち、定量側のひとは定性側に対し「数字が正しいのになぜ動いてくれないんだ」とか、定性側のひとは定量側に対し「すぐデータで話してきて、全体的な世界観を理解しろ」とか思うかもしれません。
でも、最初の一ヶ月ぐらいは我慢して、本当にいいことはないかじっくり見てほしいですね。じつは、ぼくも最初は深津さんに対してしっくりこないことがあったけど、やっているうちに「このやり方が正しい」と思えたので。
定量はデッサンを、定性はシュークリームを
松下:次の質問にもつながると思うんですが、「それぞれの限界について」。こちらいかがでしょう?
樫田:限界はもう残酷なぐらいあると思いますよ。定量的なものを使うひとって、データやロジックを武器にしています。ロジックというと、ぼくが最初のほうにお話しした全体からブレイクダウンしてひとつのところにフォーカスするというやり方が一番強いですよ。
でも、全体観や自分がフォーカスしている以外の場所で起きている事象に気づけなくて、最終的に自分の街に雨を降らせてしまう可能性もある。そういうときに定性のパートナーがいると簡単に取り除けることには気づくべきだと思いますね。
深津:分野特性がそれぞれ違うので、定量のひとは1回鉛筆デッサンで石膏像を書いたらデータだけじゃどうにもならないことに気づくし、定性のひとも量りとかを使わずにシュークリームをつくったら数字の大切さに気づくでしょう。お互いやれば「自分たちのノウハウだけじゃ足りない」って気づくと思います。
樫田:松下さんはどうですか?デザイナーですけど、ぼくからみてもロジカルだし数字にはかなりお強いですよね。
松下:そうですね……限界……というよりも、それぞれがカバーすることの効果は大きいと思います。わたしは数値が好きなんですが、それでも、実際にクリエイターと接してみてわかる「気持ちいいと思うポイント」「イライラするポイント」なんかは定量だけだと出てこないケースは多いですね。
樫田:まぁ、とくにぼくたちnoteというサービスが扱っているものがクリエイティブなので、データ分析に関していえば限界だらけですよ(笑)。だから限界があることを知ることが大事だと思います。
松下:お互いへのリスペクトは大事という話ですが、できることと限界を知ることで、結果としてリスペクトできるのかな、とおふたりを見ていて感じます。
深津:どんな分野も究極的には両方組み合わせないとうまくいかないってことですね。
定性と定量のゆずれない想い
松下:続いては「これだけはゆずれない点」について。こちらいかがでしょう?
深津:ぼくは個々の施策は譲ってもいいので、全体分布、全体バランスの評価をスキップすることはゆずれないですね。
樫田:ぼくは施策をバンバン出すことは全然反対しないんですが、分析して学びを抽象化してストックすることが会社の強さにつながると思っています。
会社って、スケールすることを前提に設計されているじゃないですか。noteが今後すごくグロースしたら、深津さんもひとりでは判断できなくなる。そういうときの判断基準や新しい施策をつくるタネをつくるためにも、定量っていう「誰でも使えるツールをベースにしたラーニング」は不可欠だと思う。だから多少工数がかかっても、分析してラーニングしたいという点はゆずれないですね。
深津:定性的なテキストはぼくが埋めて、定量的なところを樫田さんに手伝ってもらうカタチになるんじゃないかと思います。
松下:樫田さんジョインの前後とも体験していますが、全体の体系化を進めていくというキーワードが一貫している点は強く感じています。今後深津さんが全体にコミットしづらくなってきたときに、ノウハウを共有していくきっかけづくりをしてくれている状態なのかな、と。
樫田:それはありますね。詳細はnoteに書きますので。
「学びのストック」を定義しよう
松下:質問が来ています。さきほど施策を打つ際の判断基準として、「学びをストックできるもの」は積極的に打っていくという話しがあったんですが、「学びのストック」とはなにを指しているんですか?
樫田:いい質問ですね。これはふたつに分類できます。ひとつ目は、ドキュメントが残っていてみんなが閲覧できる状態です。
もうひとつは、会社やチームでのコンセンサスですね。たとえば「ボタンの色を赤にすると押されるよね」だったり「メインの動線に施策を打った方が数字がよくなるよね」だったり、会社として全体のコンセンサスがあると次の施策を検討するとき議論をスキップしやすくなるんですよね。
そのときにドキュメントを読むことも大事だけど、分析結果を噛みくだいて消化しておくと、そのラーニングが会社のOSレイヤーにまで共通認識としてインストールできるので。もちろん定期的にアップデートしないとレガシーな思い込みがはびこってしまうけど、「共通認識としてみんなが知っている」という状態を学びのストックの定義としたいです。
松下:一方で深津さんは、ミッションの浸透に力を入れている印象です。
深津:そうですね。基本的にはひとが増えれば増えるほど、全員が超人というわけにはいかないので、ぼくの場合は雑に運用しても正しく機能することのプライオリティーが高いですね。精緻なマニュアルをエースクラスが使えることはすごくありがたいので、それはそれで。北極星に向かっていけば転ぶメンバーもジグザグ歩くメンバーもいるけど、中長期でみると全員北に向かっているような粒度で。
あとは、いちばん大雑把に動くバランスシステム。万が一、ぼくがいなくなったあとに俯瞰するためのツールとして「コンテンツパワー」「発見性」「継続性」という3大要素をつくっています。そういう簡易的に、定性である程度の判断がつくツールも増やしていきたいですね。
これからも健全なケンカを
松下:最後の質問です。「これからnoteをどうしていきたい?」。
深津:楽しくしていきたいですね。ぼく個人のチャレンジとしては、今後noteを外側と接続しなきゃいけない。たとえば今回のようなオフラインのイベントだったり、出版の世界やテレビの世界だったり。noteの外側にnoteの場所をつくっていかなきゃいけないので、そのときにどうやって定性・定量で見ていくかはがんばらなきゃいけないところですね。
樫田:この質問は、ぼくにとってはふたつの意味を含んでいます。ひとつはnoteをサービスとしてどうしていきたいか。もうひとつは、ピースオブケイクを組織としてどうしていきたいかという話ですね。
ひとつめについては、世界中で使ってもらえるようになって、noteなら書くことを続けられる状態にしたいと、心のそこから思っています。ぼく自身もnoteで書くことを続けられて人生が変わったし、実際にnoteで働くこともできた。それはnoteの魅力だと思うし、自分のようにnoteを使うといいことがあると気づいてくれるひとをひとりでも増やしたいと思っています。
会社としては、データ分析を生業にする人間としては、単に施策単位の分析ではなく、会社や経営のレイヤーに踏み込んでいくことが重要だと思っています。キーワードとなるのは学びや再現性なんですよね。世界観をうまく使ってグロースしてきたピースオブケイクという会社が、人数が増えても安定して飛行できるような学びや再現性を経営レイヤーに組み込んでいくこと。
そのふたつがぼくがやっていきたいことの答えですね。
深津:さきほどお話しした「アセット・スケール・横展開」とちょうど重なるところですね。
樫田:ぼく、結構深津さんの影響を受けていますからね(笑)。
松下:甘い関係になった…ということでタイトルどおりですね。では、このあたりで結びとさせていただきます。ありがとうございました。
Text by 田中嘉人、Photo by 佐賀野宇宙
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