貴方を笑わせるのがすき、貴方を困らせるのがすき、貴方がすき、 人がすき、声がすき、音がすき、リズムがすき、 色がすき、幸福がすき、悲しみがすき、痛みがすき、生がすき、死がすき、 ぺらり、べらり、ガタガタ、ちりんちりーん 私たちは音のない所に音を作り、音のある所に静寂を作り出す 矛盾がすき、効率がすき、面倒がすき、 正解がすき、答えのないものがすき、頭の中心の中がすき、 今さっきまで考えていた事がつるつると滑り、深く暗い海へと漂い始める 結末は無く、
クラスメイトや知り合いに「推し」って使うの気持ち悪いって人、結構沢山居ますね。(インターネットで!)私は使います。好きな人って言うと、お付き合いしたいだとか、リアルに生々しい関係を求めている様に捉えられるから。そうでは無くて、ただ単に愛しい人なんです。でもそう呼べるほど親しくないような。勿論、本人には伝えません。言われても困るだけですし。黙って心の中だけでそう呼べばいいのでは?って思われるかもですけど、愛し〜かわいい〜という気持ちは溢れ出てちゃうのです。どうしようもない。
趣味は読書です。いつもそう答えるけれど、本当は違うのかもしれない。読書、というか本に依存しているだけで、趣味なんて良いものじゃない。私のこのぼんやりした頭を元に戻すのは、好きな人からのいいねでも、美味しいご飯でも、睡眠でもない。残り2000円しか無い財布を開けて、825円の本を買う。明日はお昼抜こう。本が無くても死なないけれど、本が無ければ死ぬ。愛も恋も共感も発見も全てはそこにあって、世界ってこれなんじゃあ無いかと思う。世界中にある本全てを生きている内に読みきることは出来ない
大好きなアーティストたちが歌を歌って、それで生きようってなんで思えないんだろう。寧ろ死にたいって思う。サイテーだよ。皆さんすいません。 人の愛し方が分からない。言葉や行動、見える物に価値があるって思ってるから、愛は沢山伝えたいし、なんでもしてあげたい。でもそれは重いらしい。何で愛が重いといけないんだろうね。束縛することと愛が重い事は切り離して考えて欲しい。 今まで結ばれない相手のことばかりを好きになってきた。誰にも言えなかった恋たちをここで綴ろうと思います。まず一人は
人が死ぬのは何故悲しいのだろう? もう話せないし触れられないし感じれないからだろうか。それが突然訪れるからだろうか。もしこういった理由で悲しいのだとすれば、生きている人との別れも同じように悲しいのだろうか。少なくとも私の周りの人たちは思い出さなくなっていった人たちとの別れを同じように嘆くことはない。 相手のことを考えて、生きることは素晴らしく、死ぬことは辛いため、可哀想と思っているからだろうか。別に死ぬことが辛いとは考えていない私には到底理解できない。そうか。とだけ思う