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プラトンが言った不完全なボクシングと不完全なレスリングって何?パラエストラ東京で中井祐樹先生に聞いてみた(株式会社MI8)
プラトンが古代ギリシャのパンクラチオンについて「不完全なボクシングと不完全なレスリングの合体である」と語った言葉には、格闘技の本質が表れています。この「不完全さ」は、格闘技が多様な要素をどう統合し、進化させていくかを示しており、現代の総合格闘技(MMA)の発展にも通じます。本記事では、プラトンの哲学を背景に、古代から続く格闘技の進化とその哲学的意義を考察します。
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古代パンクラチオンと現代MMAの共通点
パンクラチオンは、パンチやキック、投げ技、関節技、絞め技などを駆使して戦う古代ギリシャの総合格闘技であり、現代のMMAと多くの共通点があります。当時の選手たちは、勝利を目指し、あらゆる戦闘技術を学び適応していました。この姿勢は、現代のMMA選手がボクシング、レスリング、ブラジリアン柔術、キックボクシング、柔道などのスキルを組み合わせ、スキルを磨いていく姿に重なります。プラトンが「不完全なボクシングとレスリングの合体」と表現した背景には、格闘技が探究心を持って進化していくべきだという哲学が込められており、その精神は今もなお受け継がれていると言えるでしょう。
「不完全さ」が持つ意味
プラトンがパンクラチオンを「不完全」としたのは、単一の技術には限界があり、異なる技術を組み合わせることで新たな可能性が生まれるからです。MMAでも、ボクシングやレスリングだけで勝利するのは難しく、状況に応じた多様な技術の組み合わせが求められます。現代のMMAでは、異なる技術が互いに補い合い、新たな戦術が模索されています。この「不完全さ」は、MMAにおける進化の原動力であり、その変化こそが格闘技に新たな価値をもたらしているのです。
格闘技における「完成」への挑戦
プラトンの語る「不完全さ」は、格闘技が無限に成長し続ける可能性を象徴しています。MMAでは、「これで完璧」という技術はなく、新たな技術や戦術が次々に生まれ、選手たちはその変化に適応し続けます。選手が自分の特性に合ったスタイルを編み出すことで、格闘技は「完成形」を持たない独自の芸術性を備えることができるのです。
ボクシングとレスリング、MMAとの関連
ボクシングの世界チャンピオンがMMAでもチャンピオンになるケースが少ない一方で、レスリングのチャンピオンがMMAで好成績を収めることが多いのは、その優劣ではなく、単に異なる競技特性があるからです。
また、初期のMMAではブラジリアン柔術が圧倒的な強さを見せましたが、対策が進んだ現在では、柔術だけで勝つのは難しくなりました。様々な技術の融合が求められることで、多様なスキルの統合が競技の進化を促しています。格闘技における「垂直思考(単一技術の追求)」と「水平思考(多様な技術の融合)」のどちらが優れているかは一概に言えません。プラトンが「不完全なレスリング」と述べましたが、レスリングのオリンピックメダリストがUFCチャンピオンとなる事例もあるように、レスリングやボクシング技術にも独自の強みがあるのです。
格闘技を哲学的に捉える視点
格闘技を哲学的に捉えると、そこには善悪の判断はなく、「解釈」だけが存在します。垂直思考、水平思考、ボクシング、レスリング、MMAなど、それぞれの技術や方法には優劣はなく、すべてはどのように活用し解釈するかが重要です。異なる格闘技が、それぞれの価値を持ちながら共存しています。私自身、学生時代から様々な武道を学び、柔道、空手、全剣連杖道、武神館などで段位を取得し、柔術やMMA等の大会に出場してきました。現在はパラエストラ東京で中井祐樹先生の指導を受け、柔術やMMA、レスリング等を学んでいます。中井先生は、レスリング、高専柔道、MMA、柔術など幅広い経験を持ち、私もその教えを通じ、多様な格闘技を社会に役立てる方法を模索しています。格闘技には終わりのない探究があり、それこそがプラトンが語る「不完全さ」の魅力であり、成長の秘訣なのかもしれません。
古代オリンピックの格闘技競技
古代オリンピックにはボクシング、レスリング、パンクラチオンの格闘技種目が存在しました。
1. ボクシング
古代ギリシャのボクシングは拳を使って相手を打ち倒す競技で、現在のボクシングの前身とされています。革のバンド(カストス)で拳を巻き、ノックアウトや降参を目指しました。防具はなく、激しい試合が行われました。
2. レスリング
古代オリンピックのレスリングは組み技が中心で、相手を地面に3回倒すことで勝利が決まりました。立ったままで行い、現代レスリングの基礎に似た技術が使われていました。
3. パンクラチオン
ボクシングとレスリングを融合した総合格闘技で、打撃(パンチ、キック)と組み技(関節技や絞め技)が許されていました。噛みつきと目つぶしのみが禁止される、非常に過酷な競技でした。
これらの格闘技は古代ギリシャで勇敢さや力を象徴する種目として人気があり、古代オリンピックの重要な競技でした。
複数競技での同時優勝の例と難しさ
古代オリンピックで複数の格闘技種目で同時に優勝する選手は稀でしたが、テアゲネス(Théagenès of Thasos)はその一人です。紀元前5世紀のオリンピックでボクシングとパンクラチオンで優勝し、他の大会でも多くの勝利を収めた伝説的な選手です。ボクシング、レスリング、パンクラチオンは異なる日程で行われましたが、各競技が非常に過酷で、体力的にも大きな負担があり、複数の競技で優勝するのは例外的でした。これらを制覇する選手は非常に稀で、尊敬の対象となっていました。
パンクラチオンと古代ギリシャの戦闘技術
パンクラチオンは、古代ギリシャにおいて単なる格闘スポーツに留まらず、スパルタやアレクサンダー大王の兵士たちが戦闘技術としても取り入れていました。
私は中井祐樹先生に「レスリングのオリンピック金メダリストがUFCチャンピオンになったように、プラトンが述べる『不完全なレスリング』には何らかの矛盾があるのではないでしょうか?」と質問しました。
先生は、「まず、何をもって完成されたレスリングとすべきかが問題です」と答え、「ヘンリー・セフード選手がUFCで活躍した際のレスリングは、オリンピック当時よりもMMAに適応されたものだった」と説明されました。この話を通して、私は選手の視点における時間軸の変化を見落としていたことに気づき、改めてプラトンの言葉の奥深さを感じることができました。
私は、武道や格闘技、例えばブラジリアン柔術などが提供する健康維持や護身のメリットを、より広く社会に届けたいと思います。
世界の法執行官の方々にも武道・格闘技の価値を理解していただき、日々の業務に役立てていただければと考えています。
また、以前から武道や格闘技が法執行官にもたらすメリットについて提案してきました。
その武道・格闘技の第一人者である中井祐樹先生などを企業や警察等の武道・護身術講師として招き、実践的な護身の知識を広めるプロジェクトにも携わってきました。
今後の目標
これまでこの活動に協力してくださった日本ブラジリアン柔術連盟の中井祐樹会長をはじめ、さまざまな武道・格闘技の専門家の先生方から助言をいただきつつ、デジタルコンテンツの制作を計画しています。
またオフラインのイベントも企画して行きたいと思います。
私は2024年6月から中井会長が主宰するパラエストラ東京のメンバーとなり、柔術だけでなく総合格闘技や打撃系格闘技の技術も学んでいます。これらの学びを活かし、社会に役立つ格闘技コンテンツを作成し、イベント等の企画・実施に取り組んでいきたいと考えています。
株式会社MI8では、さまざまなテクノロジーと方法論を社会に役立てることを理念としています。「武芸十八般」をイメージし、その英訳として“18 Martial Arts”という発想から社名を株式会社MI8と名付けました。今後も多様な武道や格闘技の知識や技術を活かし、社会に貢献できる格闘技コンテンツの制作等に力を入れていきたいと考えています。
参照
パンクラチオン:古代ギリシャのオリンピック競技で、現代の総合格闘技に似た格闘技。
「善悪はない、あるのは解釈だけ」
この表現は哲学者ニーチェの言葉「道徳的な現象などというものは存在しない。あるのは現象の道徳的な解釈だけ」に由来しています。