『電姫戯院』(ホウ・シャオシェン、2007年)
もはや週1でもなんでもなくなったレヴューですが、ネットサーフィンをしていてたまたま見つけたホウ・シャオシェンの短篇が小さな驚きに満ちたものだったので、書きます。
本作は、カンヌ国際映画祭60回記念として製作されたオムニバス映画『それぞれのシネマ』Chacun son cinéma ou Ce petit coup au cœur quand la lumière s'éteint et que le film commence(2007年)の一本です。
映画館にまつわる3分間のショート・ムーヴィーというお題のもと、北野武やデイヴィッド・リンチがいたかと思えばヴィム・ヴェンダースやテオ・アンゲロプロスまでいるというかなりごった煮状態の名匠たちが、それぞれに腕を振るっています。
なかなか面白い作品も多いのですが、とりわけ台湾の、いや世界映画界の巨匠、ホウ・シャオシェンの映画からは凄まじいインパクトを受けました(そもそも4分もあるというこの人にしか許されぬルール違反)。
まるで生そのものを切りとるかのように緩慢で豊かな長廻しで知られるホウ・シャオシェンらしく、本作のカット数も3つと極めて少ないです。撮影はこの監督とのコンビで名高いリー・ピンビン。そこでは、次のように詩が語られてゆきます。
民謡や街の喧騒が流れるなか、建物にかかったくすんだ大きな看板。イラストや漢字から察するに、『シェルブールの雨傘』(ジャック・ドゥミ、1964年)、『愛染かつら』(中村登、1962年)などの看板だと思われます。キャメラは緩やかな弧を描きながら下へ動き、ざわめきの源が街ゆく大勢の人々だと判明。先の看板や新たに映る値段表などから、どうやらここが映画館であることも分かります。
決して止まることなく、しかし動きすぎることのない撮影のおかげで、われわれは画面の細部にまで目を凝らすことが可能になります。辺りには、饅頭を売る人、連れ立って映画を見に来た人、あるいは映画なぞ目もくれずに通り過ぎる人がいて、活気に溢れている。
すると、画面右から一台のジープが突然やってきて、フレームを占有します。車体に刻まれた「軍」の文字をこちらが認識するやいなや、軍服を着た男が、ふたりの子供と妻らしき人物とともに降りてきました。
平穏な日常を切り裂くようにして現れた軍人に思わず身構えてしまいますが、街の人々はなんら恐れている様子などありません。この一家は、ただ映画を見に来ただけのようです。人々のざわめきが続くなか、家族が画面奥の入口へ消えていきます。
カットが替わると、映画館の内側。もぎりのお姉さんが先ほどの一家のチケットを確かめ、場内へ進むよう促します。キャメラも笑顔を浮かべる家族のあとをゆっくり追うと、どういうことか、彼らの姿がふわりと消えてゆきます。廊下に掛けられた赤い幕が風になびくように揺れ、その隙間を縫ってキャメラだけが前進移動。
そして廃墟。壁はひび割れ、椅子は壊れ、人はいない。残るのは、数秒前まで聞こえていたいた喧噪の残響だけ。
そうか、これが現在の映画館なのか――事後的に映画の構成が理解されます。あの人々も、あの映画も、今はもうない、あるのはこの廃墟だけなのだ、と。
かねてから台湾映画界は瀕死状態にあるといわれています。もちろん80年代には〈台湾新電影(タイワン・ニューウェーブ)〉と呼ばれる運動が起こり、エドワード・ヤンやウー・ニェンツェンといった映画人たちが世界に飛び立ちました。ほかならぬホウ・シャオシェンもその旗手のひとりです。ところが残念なことに、台湾の映画産業全体が盛り上がるまでには至らず、ニューウェーブの火は瞬く間に消えてしまいました。90年代以降、台湾映画界は衰退の一途をたどっています。
ディゾルヴによって繋がれたショット2、3の時間経過が示すのは、台湾映画そのものでしょう。華やかなりし時代は過ぎた。人も物もほとんど失くしてしまった台湾映画にできるのは、ただ廃墟に住まうことのみである。
本来楽天的であるはずのホウ・シャオシェンがここまで陰惨なメッセージを打ち出したことがあっただろうか、と頭を抱えたそのとき、小さな驚きが映ります。
廃墟となった映画館で、おもむろに映画が上映されるのです。『少女ムシェット』(ロベール・ブレッソン、1967年)のバンピングカーの場面です。
学校ではいじめられ、男にも暴行される少女が世を恨んでついには自害するという絶望的なこの映画のなかで、ムシェットが生を謳歌する唯一のシーンであり、遊園地に流れる長調の音楽が廃墟にも響きだします。
この引用をどう捉えるべきか、議論のあるところでしょう。これは果たして、それでもなお映画は生き続けるという希望なのか、あるいは死にゆく映画界の絶望なのか。
台南市で実際に映画館として機能していたこの建物は、現在でも文化遺産として存在しているようです。映画館ではあるが映画館ではない。これを生死の境といっては、できすぎでしょうか。