最高の戦略教科書 孫子
戦わずして、勝てるならそれが最善の策
孫武の基本的な考えに、勝つことよりも負けないことが大前提にある。その理由としては、戦は負けることと死ぬことがイコールだからだ。
百戦百勝することが最善なのではない。百戦百勝しても体力がすり減り、101回目の戦いで敗北すれば、ゲームオーバーだ。
それよりも、いかに自分の体力を使わず、漁夫の利を得るかの方がはるかに重要なのだ。(第3者が得る利益のこと)
例えば、自分よりも力の弱い相手と戦うとき、どうするか?
相手を味方に引き入れてしまうのだ。
戦場ではなるべく戦わない。
いかに勝つか?ではなく、いかに戦わずして相手を屈するか?だ。
現代に例えれば、M&Aがそれに当たる。
相手が自社よりも資本をもっていないが、使えそうなアイディアや技術があるなら、それを自社のものにしてしまうのだ。
資本主義においては資本力が戦闘力の象徴だ。
では、戦力に大差ない相手だとどうするか?
勝算がなければ戦わない
だが、相手が攻めてきたら、対抗せずにかわす
そして相手のエネルギーが小さくなってきたら、摘み取る
真っ向から勝負することはまずない。
相手の意図を汲み取り、力の緩めるところを見極め、その瞬間を待ち続ける。
たとえ相手の戦力の方が上でも、戦力が疲弊すれば勝機は生まれる。
その瞬間まで兵を温存し、かわし続けるのだ。
ビジネスで言うと、同じ地域に同じような商品を売りにしている店がかぶってしまうような状態だ。
お互いwinwinでやれば、それに越したことはないが、いつ相手がしかけてくるかわからない。
そのため、共同してしまうのも一つの手だ。
それが敵わないなら、認知を広げることに徹するのか、クオリティを上げることに徹するのか。
できるだけ真っ向から戦わないことが求められる。
自分が相手よりも弱いと判断した場合どうするか?
これには2つのパターンある。
・相手の傘下に入る
・対抗するために、弱者同士で連合を組む
相手の傘下に入ることは現代でも用いられる手法だ。中小企業が大企業の傘下になることや、個人が大企業で務めることが挙げられる。
悪い選択肢では決してない。
だが、この方法では勝つことはほとんどない。
または、弱者同士で連合を組むことだ。
しかしこれには問題を抱える可能性がある。
それは、「味方のふりをして、相手側につくチームが現れる」ことだ。
つまり、「相手に勝つこと」を目的とするならば相手が強者ならそれを果たすことは容易ではない。相手が規模を拡大しすぎたり、戦略を誤ったりしない限り、弱者の逆転は期待できない。
しかし、現代においては、「相手に勝つこと」以外の目的を持つことができる。
同じ目的を持って戦うと、どこかで同じ目的をもったもの同士でぶつかる。
であれば、違う目的で誰も通ったことがない道を進むことで争いは避けられる。
「勝てる場所でしか戦わない」ということだ。
勝てる場所で戦う
ウサイン・ボルトをご存知だろう。
世界中のほとんどの人が彼に100m走で勝つことはできない。
しかし、自分だけ早くスタートを切ることができれば誰もが勝つことができる。
それか、全く違う競技で勝負することでもいい。
ビジネスに存在するルールは、法律だけだ。
だから、競技のルールなど関係ない。
法律を遵守していれば僕らはどんな戦い方でも許される。
「勝てる場所で戦う」
このためには、一つ条件がある。
相手よりも情報をもつことだ。
「彼を知り、己を知れば、百戦して危うからず」
兵法に記載されている最も有名な言葉だ。
要約すると、相手を知り、己を知れば、絶対に敗れることはない。ということだ。
この考え方はもとに、「何で勝つか、どこで勝つか、いつ勝つか」を組み立てるのだ。
相手に弱点は必ずある。
大企業であれば、資本で勝てることはまず諦めるべきだ。
そうではなく、大企業が製造している一部の部品でもいい。
その部品の品質だけにこだわり、一点集中で勝ちに行く。
自らの能力、戦うジャンル、領域、時間を把握し、相手に負けない点を見つけ、勝てるところで勝っていく。
これが弱者が生き残るための原則だ。
短期決戦で勝てる戦い
孫子は、戦うかどうかを決める時、次の2つのパターンを考える。
1.短期で勝てる戦いであり、短期で終結させることができる条件が揃っている場合→戦う
2.それ以外→戦わない
かなり極端だが、負けたら死ぬ戦いにおいて、それだけシビアに判断することは妥当だろう。
また、体力を消耗しないことの重要性もここで見出される。
前述したように、勝っても体力が消耗してしまうならその戦いはできるだけ避ける。
戦う時は、勝てる時だけでなく、「短期で」という条件も必要だ。
では、短期で決着をつけるにはどうすればいいか。
情報格差だ。
情報は強力な武器になる。
例えば、「かかと落とし」
格闘技の技として知られているが、これがまだ世の中に広まっていない頃
かかと落としを編み出し、試合に臨んだ選手は大会で無双したのだ。
しかし、その後かかと落としは対策されてしまったようだが、短期決戦で功をなしたことに間違いはない。
相手の弱点を知り、自身の強みは隠し、短期決戦で攻める。これを可能にするのは情報からの戦略設計だ。
現代において、情報格差は大きくないのではないか?
以前よりは確実にそうだろう。
しかし、情報が飽和する中で、ほんとうに必要な情報を得てる人は少ないように思える。
誰でも知れる情報に価値はない。誰でも知り得ない情報に辿り着くことで本当の自分の武器となるのだ。
自分が知りたい情報を明確にし、それを事実ベースで情報を得ることを心掛けたい。
負けることで自分の弱さを知る
相手を知ることの重要性は前述したが、自分を知ることも同様に重要だ。
それは自分の能力や資本だけでない。
目に見えないメンタル面だ。
自分のメンタルを知るには負けることが必要だ。
それは痛みを伴わない負けではない。
痛みを伴う負けだ。
欧米の紳士エリートは負けるためにギャンブルごとをするほどだ。
そういった心構えでギャンブルをし、負けた時のメンタルを鍛えたり、負けた時に自分の心情がどう動くかを知るのだ。
メンタルは自分の能力をも壊してしまう可能性がある。
負け慣れておくことで、そこからの這い上がり方を学ぶのだ。
戦争において負けることは死ぬことを意味するが、ビジネスにおいてはそうではない。
現に、吉田沙保里選手も、デビュー以来負け知らずだったが、2008年のワールドカップにて判定負けをしてしまう。
その後オリンピックで金メダリストとなるのだが、金メダルを取れた要因に、この敗戦があったからだと挙げられたのだ。
この敗戦があったからこそ、自分のメンタル面や技術面の進歩があり、金メダルに繋がったと本人も話している。
また、2010年の男子サッカーワールドカップでも、日本はベスト8まであと一歩の成績を残したのだが、その本戦前の試合で4連敗を味わった。
それがあったことで、修正点が浮き彫りになり、選手達の意識が変わったのだろう。
失敗は成長に変わる最高のチャンスなのだ。
サイズダウンを嫌わない
存続する会社は生き残ることを堅く決心している。
存続しない会社は規模を大きくすることしか考えない。
ビジネスにおいて、サイズダウンすることはマイナスだとされるが、規模拡大をはかり破産してしまえばゲームオーバーだ。
生き残りたかったら、サイズダウンすることがマイナスだと捉えず、生き残るために必要なことだと捉えるべきだ。
向上することが常に善ではない。波を捉えて、勢いに乗る時は乗る。振るわない時は乗らない。あえてマイナスを選択するのだ。
アサヒビールの逆転
ビールといえば何を思い浮かべるだろうか?
アサヒのスーパードライか?
1980年代半ばだと違っただろう。
キリンのラガーがシェア60%を占めていたのだから。
その当時、アサヒのビールはシェア9%ほどだったという。
しかし、今では逆転してしまったわけだ。
その要因は一言で語ることはできないが、大きな要因として
「キリンがアサヒの生ビールに対抗する準備ができていなかったから」
が挙げられる。
当時、生ビールは邪道だと考えられていた。
アサヒは加熱のビールで勝つことができないと踏み、生ビールに選択と集中を下した。その当時のアサヒの副社長の言葉に、孫子の言葉が用いられていた。
「虞(おそれ)を以って不虞(ふぐ)を待つものは勝つ」
準備をしている者が準備をしていない者を待ち受ければ勝つ
という意味だ。
キリンは生ビールを邪道だと考え、過去の成功を捨てることができなかったために、対抗することができなかったのだ。
まとめ
孫子の兵法には、戦いにおける戦略だけでなく、ビジネス、スポーツ、ギャンブル、将棋・囲碁、生き方など様々な物事に転用される。
その根本的な目的に、「生き残ること」が読み取れる。
勝つことよりも生き残ること。
それを前提とすると、勝てる相手としか、勝てる場所でしか、勝てる時にしか戦わないことが戦略として挙げられる。
そのために、情報を仕入れ、メンタルを鍛え、時には一時的な負けを選択し、最終的には勝てる戦略を練るのだ。
ずっと勝つ必要はない。
規模を小さくすることを嫌わない。
引くべき時は引く。致命傷を避けることを意識して、負けの定義を自分で定め、そこに至らないためにはどう戦略をたて、どう行動するか。
考え抜くんだ。
以上。