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書き続けるには理由がある。

昔から言葉が好きだった。

本、漫画、雑誌、ドラマ、映画、と形は問わないが、そこで語られる言葉によく心を動かされた。

特に小説が好きで、言葉でつづられる世界観にどっぷりと浸かることができる、あの没入感が好きだったのだと思う。小さい頃は、冗談ではなく本当に寝食を忘れるほどに小説を読んでいた。

選ぶ言葉で印象や伝わり方は変わるし、人生を動かすことだってあると思っている。そうした魅力を何かと感じていたこともあって、物書きではないが、私は文章を書く仕事を選んで今に至っている。


昔からそういう仕事をしたいと思っていたわけではない。中学生までは『もののけ姫』を見てオオカミの研究がしたくなり、そうした研究をしている大学に入れる可能性が高い高校を選んだ。けれども「それを仕事として暮らしていけるのか」と思った末に違う大学に入り、ドラマ『絶対零度』を見て刑事になりたくなって、大学の専攻を選んだ。

夢がころころと変わるという話は珍しくないだろう。けれども就職活動を意識するようになり、働くことが少しずつ現実味を帯び始めた時に困った。

「自分がやりたいと思うことを仕事にする」というの軸はぶれていないけれど、やりたいことがその時はまっていた物語に左右されていることに気づいたのだ。そして怖くなった。物語でなりたい職業が変わっているということは、この先もやりたいことが変わるのではないか、と。

すると何がやりたいのかわからなくなって、就職活動は迷走した。金融業界、保険業界、不動産業界などいろいろな業界の説明会に参加したり1日だけのインターンシップに参加したり……。「まあ気兼ねなくいろいろな業界を見られるのは、この学生のタイミングならではだよね」と理由をつけて。

ただ平日は大学の講義とバイト、週末は説明会という生活をしていると、さすがに疲れてきてしまった。同時に少し焦り始めてもいた。周囲では早い子はインターンシップ先から内定をもらっていたし、ほかの子も目指す業界を見つけて動き出している。

自分だけがスタートラインに一人留まっている。そんな感覚だった。


そんな時、出版社の説明会に行った。

正確にいえば、さまざまな業界の企業が集まるよくある大型の合同セミナーに出版社も来ていて「そういえばまだ出版業界の説明会に行ったことなかったな」というぐらいの気持ちで聞きに行ったのだ。

ブースに設けられた席は、確か満席に近かったと思う。時間になるとスクリーンの前に採用担当の人が現れ、挨拶をしたあとに説明を始めた。

かれこれもう約10年も前のことだから、正直なところ、具体的にどんな話だったかまでは記憶にない。ただ、今でも鮮明に覚えているのは、決して順風満帆とはいえない出版業界の現状をグラフを用いて隠すことなく伝えてくれたことと、誰かに楽しさや感動を届けるという仕事についてその魅力と共に話してくれたこと、そして、話を聞いているだけでとにかくワクワクしたという強い感情の動きだ。

この説明会で、私にとっての人生を変えるような言葉があったわけではない。けれども自分の純粋な気持ちを呼び起こされた。本を読んだ時の感動、新しいことに触れた時のときめきやワクワク感、劇中の登場人物が語る台詞に心を揺さぶられる瞬間。「そういえば、私は言葉が好きだったな」と。

「自分の好きなことを仕事にできたらいいな。私の人生が物語に動かされているなら、文章に携われる仕事であれば続けられるのではないか」。そんな風に思うと同時に志望先を決めた。

「マスコミの仕事がしたい。出版社で働きたい」

それからの行動は早かった。一度目標が定まれば、そこを目指す道をつくっていけばいいだけだ。知り合いの伝手をたどって社会人訪問をし、一般教養にマスコミ対策。動き出した時にはすでに募集を締め切っていたところもあったけれど、なんとかご縁があって出版社に入ることができた。

入社してからは激務で体力的にこたえるなと思うことは度々あったものの「この選択は間違ってなかった」と思える楽しさがあった。一緒に働く人たちも個性があって、刺激的な日々だった。


その後、転職をして出版社とは違うところへ行って、文章を書く仕事に携わっている。言葉を使う職業といえばコピーライターもあるけれど、文章を書くことを選んだのはさまざまな人の話や情報を言葉で表現して誰かに届けることが特に好きだからなんだろうなと最近感じている。

その反面、社会人歴が長くなったことで「“好き”だけで仕事をしていいのか?」と思うようにもなった。「インフラのような仕事でもないし、そもそも社会に貢献できているだろうか」と。

それがちょうど昨年、少し前に読んだ本でちょっと救われた言葉があった。

好奇心っていうのは、誰にでもあるものだよ。ただ、好奇心を活かせるかどうかっていうことが大事だと僕は考えている。自分の好奇心を、人間とか社会の役に立つことに使いたいだけだよ。

森博嗣『喜嶋先生の静かな世界』より

文脈的には私が感じたことと少しずれるかもしれない。書く仕事を選んだ理由の後付けかもしれない。けれども自分の根底にこういう想いは確かにあって、好きなことで誰かの役に立ちたい、読んでよかったなと思う文章を届けたい。そう思って働き続けることで、今の選択を肯定できるような気がした。

同時に、また言葉に私の人生が動かされたことに気づく。きっとこの先も誰かの言葉に動かされるのだろう。ただ、いつかは私自身が誰かの心を動かせるような文章を書けたらと思う。そんな未来を目指して今も、そしてこれからも書く仕事を続けていく。


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