見出し画像

103回目 "German Harry", "The Happy Man" & "The Dream" を読む。W. S. Maugham の短編集 'Cosmopolitans' に収載された 30 編中の三篇

前回につづいて Maugham の 'Cosmopolitans' にある短編を読み続けます。利用する原文は archives.com に公開された pdf ファイルです。

単語の「意味」、慣用句が持つ「特定の意味」を丁寧に辞書で確認しながら読み進めます。併せて「単語や慣用句や文法を理解して文の意味をとること」から、「一冊の本という長さの文章を読み続けること」の間に待ち受ける難しさ・関門の具体的な事例(だと私が思うもの)を取り上げて私なりのコメントを加えます。



1. "German Harry" を読む。

[原文 1](from line 5 on page 15) The pearl fishery at that time was in a bad way and a flock of neat little craft lay anchored in the harbour. I found a skipper with nothing much to do (the journey to Merauke and back could hardly take him less than a month) and with him I made the necessary arrangements.
[和訳 1] この時にあっては真珠貝漁の収穫がかんばしくない年とかで港には多くの漁船が投錨していました。仕事が見つからないで困っている一艘の漁舟を見つけて、その船主と契約を結んだのです。メローケまで行って戻ってくるとなると一か月以内では難しいのです。
《訳者コメント》この引用部では漁舟、特に仕事が無くて困っていると見えた舟を見つけたこと、その理由は今考えている行程が一か月といった長い日数の旅であることにあること、この文章がこれら事情を明示する文章であること、このらのことを読み手は理解せねばならない。読者がこれらをここで理解して初めて、ワクワク感を持って次の文章に進むことになります。)

"Somerset Maugham_E08003_Cosmopolitans.pdf", -found at archive.org site

《英語の勉強 1》 I picked up my ears. で始まる段落(Line 19 on page 15)。 私は聞き耳を立てたの意味ですが、段落が変わったことからこれまでの漁舟の手配の話ではない可能性を念頭に読み進めます。進むうちにこれは町の人々から情報を聞き出そうと一定の努力をしたものと解ります。これ以降の話は Hermit 本人からでなく、町で聞き出した情報です。

《英語の勉強 2》 He was absolutely fixed in his determination to stay. (Line 20 on page 16) は fixed to stay in that lone place の 'fixed' と 'to stay' の間に in his determination が挿入された文章です。

《英語の勉強 3》 Though now and then opportunity had been given him to leave he had never taken it. この文では now and then が強調の為に opportunity had been given him now and then とせずに文の前方に置かれ、話者の頭に残る now and then の句との繋がりを持つ had been given him が opportunity を限定する to leave の前に割り込むことになっています。読者にこの勧誘が一度でなかったことを印象付けるものです。また、opportunity を辞書 OALD で確認すると "[c, u] a time when a particular situation makes it possible to do or achieve something とあり、UNCOUNTABLE noun であるために opportunity に冠詞がないと分ります・


2. "The Happy Man" を読む。

[原文 2-1] (from line 1 on page 22) It is a dangerous thing to order the lives of others and I have often wondered at the self-confidence of politicians, reformers and such like who are prepared to force upon their fellows measures that must alter their manners, habits and points of view.
[和訳 2-1] 私は何度もその様なことがよくも平気で出来るものだとつくづく思ったものですが、政治家たち、社会の改革推進者を自認する人たち並びにこの同類たちというのはどこまで過剰な自信を持っているのでしょう、あきれてしまいます。この人たちと来たら、当に自分たちと似たような人々に対して、そのような人たちの振る舞い、習慣、個々人が胸に抱く様々な分野に関する考え方といったものに変更を求めるような方策を押し付けるのですから。

"Somerset Maugham_E08003_Cosmopolitans.pdf", -found at archive.org site

原文 2 で示した引用部は、Maugham の作品に一貫する「話の先行きを一定の方向に予測するように読み手を誘いながら、やがて肩透かしを喰らわせる手口」。この仕掛けへの入り口を担う文章です。この文章を読むと政治家どもや社会のリーダーたち、指導者たちを揶揄して留飲を下げる話を予測するのは私だけではないと思います。しかし実はそうではない話なのです。

《英語の勉強 4》 ここで引用した文中に見つかる単語ですが、fellow を OALD で復習します。次の通りです。
 《OALD からの引用》 fellow: [noun] 1. 省略 2. [usually pl.] a person that you work with or that is like you; a thing that is similar to the one mentioned: → *She has a very good reputation among her fellows. Many caged birds live longer than their fellows in the wild.  3. 省略

すなわち、あくまでも同類の人間であって自分とかけ離れた経歴の人に advice を与えるのではありません。すなわち、一旦は "order the lives of others" と言ったのに、直ぐ後にその範囲を大幅に限定しています。これに気付くと気付かないのとでこの短編の面白さの一つを見逃すことになるのではと思います。

短編後半で話題の中心になる Happy Man は、二ページ目の中頃に登場するのですが、唐突に話者の自宅を訪れ advice を求めます。それでも自宅の部屋に、そんな赤の他人が踏み入るのを許すなんて不自然だと思ったのですが、二度目に読む時に fellow の意味を調べた結果、この違和感は解消しました。

この語り手がえらそうに述べ立てる理屈ですが短編第一ページの中だけでも、注意深い読者には乱暴な、穴だらけの理屈であると判断すべき箇所がいくつかあります。

[原文 2-2] (From line 10 on page 22) We can only guess at the thoughts and emotions of our neighbours. Each one of us is a prisoner in a solitary tower and he communicates with the other prisoners, who form mankind, by conventional signs that have not quite the same meaning for them as for himself.
[和訳 2-2] 自分のご近所の人の考えや感情となると「想像したそれ」を持ってそれが解ったと言うしかありません。会話を交わす私たちはそれぞれが孤立したタワー(ロンドンの時計塔のごとき建物)に幽閉された囚人であって、別のタワーに幽閉された別の囚人と言葉を交わすのです。このような囚人たちがあり合わせの信号、それも各囚人間で意味が同じとは言い切れない信号を用いて人類という集団を形成しています。

"Somerset Maugham_E08003_Cosmopolitans.pdf", -found at archive.org site

この引用部分にあってはお隣の人との日常会話に潜む微妙な齟齬の話が突然にして哲学者の一般論であるかのごとき世界に跳び移ります。読み手の私は遊びの延長で哲学の勉強の味を経験できるという錯覚に陥ります。

*****

"Once I know that I advised well." と切り出して Happy Man が登場する場面が始まるのですが、その直前にこの語り手は念を押すように他人に advice を与えることの理不尽さを述べたてます。

[原文 2-3] (From line 3 on page 23)  But there are men who flounder at the journey's start, the way before them is confused and hazardous, and on occasion, however unwillingly, I have been forced to point the finger of fate. Sometimes men have said to me, what shall I do with my life? and I have seen myself for a moment wrapped in the dark cloak of Destiny.
[和訳 2-3] しかしながら、旅を始めるに当たって、その先の進路が複雑であり、危険でもあると考え、どうすべきか判断付きかねる人は居るのです。そんな事情から私には不承不承ながら運命を担う指をある方向に指し示したことはあります。一度ならず、他人が私に向かって私の生きる道をこの先どうするのですかと質問してこられたこともあります。そんな時でしたが、私は、一瞬の間であったものの運命の黒いマントに覆われた自分の姿をイメージすることになりました。

"Somerset Maugham_E08003_Cosmopolitans.pdf", -found at archive.org site

念には念を入れて話のオチの落差を大きくしようとしている文章なのでしょう。


3. "The Dream" を読む。

この短編では何をして面白いとすべきなのか、私には確信が持てません。

何とかこれなのかと思いいたったのは「相手に気を使うことを全く知らない男の行動を観察し続け、それをレポートしてくれたのだろう」という結論です。

この根拠とした文章を拾い上げて見ます。

シベリア鉄道で Petrograd まで一人で旅をする語り手がその始発駅 Vladivostok で時間待ちします。レストランで同席したのがロシア人男性、弁護士であって Moscow に帰るのですと自己紹介しました。cabbage soup をスターターとして注文しそれを待っている間に20本目のタバコに火を着ける男です。今は widower(男やもめ)だとも白状しました。語り手が自分は journalist で空いた時間には小説も書くと明かすと Russian novelists を話題にできるなど intelligent な男です。

[原文 3-1] 《From line 4 on page 33》 "My wife was a very remarkable woman," he continued. "She taught languages at one of the best schools for the daughters of noblemen in Petrograd. For a good many years we lived together on perfectly friendly terms. She was, however, of a jealous temperament and unfortunately she loved me to distraction."
  It was difficult for me to keep a straight face. He was one of the ugliest men I had ever seen. There is sometimes a certain charm in the rubicund and jovial fat man, but this saturnine obesity was repulsive.
[和訳 3-1] 「妻は素晴らしい特技の持ち主でした。」と言い出してた彼は言葉をつづけました。「最上位クラスにランクされるもので、ペテログラードに住まう貴族の娘たち向けの学校で外国語の教師をしていたのです。何年もの間私たちは何の問題も無く、仲良く暮らしていたのですが、彼女は嫉妬心に心を乱される性癖があって、不幸なことに私への愛の為に、日々イライラを募らせていたのです。」
  そんな話を聞いていて、私は自分の本音を顔に出さないよう堪えているのがいよいよ出来なくなりました。この男はそれまで見たことのある男の顔としては最も醜い顔をしていました。確かに、時々ですが血色の良い話好きのデブの男に特有の可愛さが垣間見えることがあったことは認めます。そうであったとしても、肥満しきったこの男の非情な醜さには同席していることが辛いのでした。

"Somerset Maugham_E08003_Cosmopolitans.pdf", -found at archive.org site

この男、亡くなった自分の妻の資格・職業は自慢してもその人格となると全く評価していないのです。事実だとしても事実を一方的でしかない認識力の男だとモームは暗示しているように私は思います。地の文では、語り手にとって耐え難いまでに見苦しい風采、顔つきの男だとされます。この男の妻にとっても無念だった筈ですがそんなことに気付く様子はない男です。

[原文 3-2] 《From line 10 on page 34》 ”The constant scenes she made me did not very much affect me. I led my own life. Sometimes, indeed, I wondered whether it was passionate love she felt for me or passionate hate. It seemed to me that love and hate were very near allied.
[和訳 3-2] 「日常茶飯事のごとく私を巻き込んで引き起こされた大騒ぎ・立ち回りでしたが、私の心情を大して損なうまでにはならなかったのです。私は自分の生活を維持しました。実の処、時には私にも考え込むことはありました。彼女は私に感情的な愛を、それとも感情的な憎しみを感じているのだろうかと考え込んだのです。考え込んだ結果、愛と憎しみは結構近しい関係にある似たもの同士なのだという見解でした。

"Somerset Maugham_E08003_Cosmopolitans.pdf", -found at archive.org site

この部分も妻が自分に対して力を貸してくれと頼んでいることに気付かず、自分の心的状態を安らかに保つことばかりに関心を持つ男なのです。

このような無残な男を描く舞台に、Maugham は嫌悪の対照であるスターリン支配のソ連を敢えて選んだのだろうとも思えます。


4. Study Notes の無償公開

読書対象の三篇、"German Harry", "The Happy Man" and "The Dream" に関わる Study Notes を無償公開します。お役に立てれば幸いです。従来通り A-5 サイズの用紙に両面印刷し左綴じにすることを前提にレイアウトしています。Word 形式、PDF 形式の二種類ですが内容はどちらも同じです。