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学生寮

作・高山 遥/登場人物:4人/時間:約5分


【1】
永沢、渡辺、谷は同じ寮の同じ部屋に住んでいる。
3月末のある日、午前中。

永沢はその日の夕方に退寮するため、荷物をまとめている。
渡辺は外出している。
谷は歯磨きをしている。が、やがて口をゆすぎ

永沢  なんかあんの今日
   え?
永沢  早いじゃん、起きるの。
   だって永沢さん朝からごそごそうるさいんスもん。
永沢  いやお前に言われたくねえわ。ああでも絶対こんな早起きしなくてもよかったなあ。

谷、髭を剃り始める。

   じゃ今日はもうどこも行かないんすか。
永沢  え、まあ。もう挨拶しに行くような人もいないしな。
   じゃ今日は珍しく暇なんですね。
永沢  ん、まあな。

谷、おもむろにテレビをつける。
センバツ高校野球大会の中継。音だけが聞こえてくる。

   うわあ・・・
永沢  知ってんの?
   厳しいなあ・・・
永沢  (そんなに興味無さそうに)お前野球部だっ  たんだっけそういえば
   母校なんすよ。
永沢  へえ、すげえじゃん。(間)やっぱ野球部ってさ、
   ちょっと黙っててください。

(沈黙)
テレビに見入る谷。
ちょっとむなしそうに荷物を片付け始める永沢。

永沢  ん・・・(散らかっている机から谷宛ての手紙を見つける)おい、
   ・・・・
永沢  これ
   え、ああ、
永沢  ごめんなんか俺ずっと持ってたわ、これ時期大丈夫?
谷   ああ、いいっすよ。今年で打ち切るんで、(テレビ見ながら)ああやばいなあ・・・
永沢  二月二十七日・・・こんな早かったっけ奨学金て
   うちの大学は毎回この時期ですよ。

【2】
そこへ渡辺が入ってくる。

渡辺  うっす・・・俺の財布見てない?
谷   いや、知らないっすね。
永沢  (渡辺に対して)よくこの天気の中走れるよな。
渡辺  どこやったっけな・・・困るんだよなあ。
   (テレビに対して)ああ・・まじか・・・
渡辺  いやあもう急に振り出してさ、困ったなあ・・・
永沢  どこで落としたん?
渡辺  ええ?
永沢  とりあえず拭けよ。(タオルを渡す)
渡辺  え、これ慎太郎の母校?
   そうなんです。
渡辺  へえ、ツーアウト満塁・・・
   静かにしててくださいよ。

(間)
渡辺、着替えてスマホをいじりだす。

永沢  今日稽古あんの?
渡辺  え?
永沢  いつだっけ本番?
渡辺  五月だけどなあ、稽古が来週からだけど、俺の本が間に合うかどうか・・・
永沢  そっか、観に行けるかなあ・・・
谷   うおおお!いいぞ。
渡辺  なんか今日あいつちゃんとしてるな。
   いや、いつもちゃんとしてますよ。
渡辺  (笑いながら)いやいやちゃんとしてないって。
   ああ・・・耐えてくれよ・・・

渡辺、ノートパソコンを開いて何か書き始める。多分脚本。
やや沈黙(野球中継の音は変わらず断続的に聞こえてる)があって、

永沢  また日程決まったら教えてくれれば観に行くからさ。
渡辺  ああ。
永沢  でも、あれだな、俺の会社の研修とか入っちゃうと厳しいなあ・・
谷   ああああ!行け!行け!
渡辺  うるさいなああいつ
永沢  ちょっと、あ、トイレ行くわ。

永沢、舞台からいなくなる。

【3】

やや長い沈黙の後、野球中継はグラウンド整備に入り中断される。

   演劇やってる人ってなんで走るんですか?
渡辺  なんでって・・・きっとね、見える世界が変わるんだよ。
   (めんどくさいことを訊いてしまったなあと思いながら)なんすか
    それ。
渡辺  走るとさ、こう視界がぱあってひらけるっていうかさ、なんかこう、変わる気がするんだよ。
谷   フーン

(間)

谷   永沢さんは、もういいんですかねじゃあ。

渡辺キーボードをたたき続ける。

谷   もう見たくないんですかね、違う世界。


響くキーボードの音。
響く週間天気予報。


渡辺  いや、それは俺がそう思ってるだけで別にあいつが俺といつも走ってる、ああいや、走ってたのは体力を付けたいとか筋力をつけたいとかそういう理由しかなくて
谷   なんか気持ち悪いんすよ。
渡辺  ・・・
谷   この部屋の空気っていうか。僕は部外者だから偉そうに言えないですけど、なんか、すっきりしないんすよ。
渡辺  その話はさんざん飲み屋でしたんだよ。いやあ、学生演劇から世にでるっていうのは、難しくないわけないって。うん。あいつもかなり思い悩んでたと思う。最初にやろうって声かけたのが永沢だったから。でも、お互いの選択が違ったって話で、俺はこれからも芝居作り続けるし、あいつはあいつで・・・別れ際ってのは、いつだってすっきりしないんだよ。

【4】
永沢、トイレから帰還する。

永沢    なにそれ?セリフ?
渡辺    え?
永沢    見つかったよ。
オバちゃん この財布あんたの?
渡辺    え、ああ、そうです。
オバちゃん 個室のタンクの上に乗ってたよ。もう気を付けなさいよぉ。
渡辺    ああ、すいません。
オバちゃん あら今日退寮?
永沢    そうです。
オバちゃん 今年から四年生?
谷     はい、そうですね。
渡辺    そうっすねえ・・・
永沢    あ、こいつはあの、ちがうんですけど。
オバちゃん え?
渡辺    いやあの・・・
永沢    五年生なんすよね。
オバちゃん フーン
渡辺    いやフーンって(笑う)
二人笑う
オバちゃん あまって、ここ何号室?
永沢    203です
オバちゃん なんかさっき女の子が来て、203号室の慎太郎君ていますかあて言ってきたけど。
渡辺    うわっ
谷     え、まだ十時・・・ええ、
永沢    お前マジかあ
オバちゃん じゃああたし掃除戻るから、がんばれ五年生~(颯爽と去る)
渡辺    おまえまじかあ、だからどうりでそんあちゃんとしてるなって思ったのよ。
     ちゃんとってなんすか笑
永沢    そんな甲子園とかでごまかしちゃってさあ。
     別にごまかしてはないですよ。
渡辺    いやんなっちゃうわ~

谷、テレビを消して出かけようとする。

永沢  もういいの、結果観なくて。
谷   いやもうどうでもいいっす。(笑う)
渡辺  (笑いながら)うわ、さいてーだな。
谷   じゃ、〝いってきます〟

谷、消える
二人笑う。が、各々の作業になり部屋は静かに。

しばらく沈黙が続き

渡辺  お前さ、
永沢  え?

(間)

渡辺  頑張れよ。
永沢  ・・・お前もな。
渡辺  うん。

二人笑いだす。

渡辺  なんだこれ
永沢  しらねえよ、早く書けよ
渡辺  今の気持ち悪かったあ、まじで
永沢  なんだよ「うん。」って

二人笑う。

― 幕 —

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