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アカデミー賞ノミネート発表/これは新解釈!?『ダイアナ:ザ・ミュージカル』/時が癒してくれる

2022年2月14日

先日各賞のノミネートが発表された第94回アカデミー賞。

話題はなんといっても日本映画『ドライブ・マイ・カー』が作品賞ほか4部門にノミネートされたことでしょう。村上春樹原作、ほぼ3時間の長尺、西島秀俊主演、と個人的にはそそられるものはないけれど、日本映画初のノミネートは嬉しい。

本命は11部門12ノミネート(助演男優賞にジェシー・プレモンスとコディ・スミット=マクフィー の2名がノミネート)の『パワー・オブ・ザ・ドック』

が、この映画、普段映画を見ない人が「アカデミー賞候補だからー」「ベネディクト・カンバーバッチだからー」と思って見たものの「なんじゃこりゃ!?」となる典型的な作品。決して大衆ウケするものではない。

近年かなり娯楽寄りになったとはいえ、まだまだアカデミー賞では冷遇される娯楽大作。一時期そうしたヒット作を対象にした「ポピュラー映画部門」の新設も提案されたが、結局見送りに。それでも今年は『ドント・ルック・アップ』という超娯楽大作もノミネートされ、バラエティ豊かな選出で楽しい。

激推しの『ロスト・ドーター』が作品賞にも監督賞(マギー・ギレンホール)にもノミネートされなかったのは残念。こうなったらジェシー・バックリーの助演だけでも! 授賞式は3月27日(英国アカデミー賞は3月13日)です。


こちらも忘れてはいけないゴールデンラズベリー賞(ラジー賞)。

今年は常連のブルース・ウィリスに対し専門部門を設けたことが話題に。ま、それができるほど出演作品が多い(2021年に公開された8作品がノミネート)ということは映画俳優として名誉なことに違いない。そういうことにしておきましょう。

こちらの注目は、最多ノミネートの映画『ダイアナ:ザ・ミュージカル』 
あの故ダイアナの婚約から死去までをミュージカルにしたもので、ブロードウェイでの公開に先駆けて舞台の映像作品として映画化。まぁこれが、最多ノミネートの誉れに違わぬデキでお見事。

なんでミュージカルに?なんでそれを映画に? という謎は尽きぬものの、もしかしたらダイアナ妃に関する新しい解釈なり切り口があるのかな、と思い興味本位で見てみた。世の中が名作『ウエスト・サイド・ストーリー』のスピルバーグ版の公開で賑わうなか、ホントにもの好きよね、ワタシ。

映画はダイアナの婚約時からスタート。が、どう見てもダイアナがオバサン。ミュージカルなので当然踊るわけですが、これがズンドコズンドコで爆笑もの。誰かに似てるなー、と思ったらヒラリーよ!ヒラリー・クリントン。

結婚したもののチャールズには結婚前からの「運命の女」カミラ(←こっちのほうが断然見栄えがイイ)がいて、ドロ沼離婚へー。そしてダイアナは非業の死を迎えるという、みーんなが知ってるストーリー。どこにもひねりはありゃしない。しかもメインはドロ沼離婚のところ。離婚後にダイアナが尽力した慈善活動なんて、まるで売名行為のような扱い。

あっ!そういうことっスね。ダイアナを下げて、チャールズ、カミラを上げるという新解釈! そうか、そうだったのか!

興味のある方は、ぜひNetflixで。


話題は変わってオリンピック。まったくスポーツをやらない私にとって、ウィンタースポーツはまさに超人の世界。たっぷり楽しませていただいております。

が、この話題に触れざるを得ないジャンプ団体の高梨沙羅選手の失格判定。判定の云々もさることながら、その後の高梨選手の落ち込みようは見ていて辛いものがあった。

直後の心境を綴ったインスタ。ああでもしないと心がどうにかなってしまいそうだったのだろう。外野は騒ぐべからず。時が解決してくれる。

映画『ベルリン・天使の詩』(C)Wim Wenders Stiftung – Argos Films

映画『ベルリン・天使の詩』(ヴィム・ヴェンダース 1987年)に「時が癒す?時が病気だったらどうするの? 」 という言葉が登場する。(ありがちな名言サイトにも載っている言葉。どこがどう名言なのかは解説されていない。つまり映画を見ていないのだろう。)

これは廃業に追い込まれるサーカスのブランコ乗りの女性の独り言。そばで聞いているのは人間になりたい天使(のオジサン) というシーン。

この映画、全編に渡って詩的なモノローグだらけ。この「どうするの?」にも明確に答えてはくれない。

主人公のオジサンは「天使」として永遠の時間を生きるよりも、戦争とか病気とかナンダカンダあるけれど、限りある時間を生きる「人間」のほうがいい、という選択をする。

たとえ時が病気(戦争や現在のコロナ禍のような)であっても永遠ではない。常に移り変わっていく。こういうときに「時が解決してくれる」というと無責任だとか無慈悲だとか言う人もいるけれど、私はこういうときだからこそ、永遠ではない「時間」の力を信じたいと思う。


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