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以前読んだ本の感想「50億年の孤独(宇宙に生命を探す天文学者たち)」

本書を手にとったのは、「第2の地球はあるか」というこの本の書評を読んだのがきっかけだった。読む前のおおよその内容予測としては、遠い場所にある地球サイズの惑星で、恒星からほどよい距離にある惑星探査の話かとおもっていた。たしかにその予想した内容も含まれているものの、もっと複雑であり、科学者たちの熱烈な思いが語られていた。
 著者によると「50億年」とは、地球上に生命が出現してから、現在までがおよそ45億年、太陽系が崩壊し、地球上の生命が消えてなくなるまでが5億年、あわせて50億年の地球上生命の孤独という意味なのだそうだ。
 まず、1961年11月に開催されたグリーンバンク会議での「ドレイクの式」が紹介されている。この式は下記のようなもの。
N=RfpneflfifcL

正しい表記はこちら

N=我々の銀河系に存在し人類とコンタクトする可能性のある地球外文明の数
R=人類がいる銀河系の中で1年間に誕生する星(恒星)の数
fp=ひとつの恒星が惑星系を持つ割合(確率)
ne=ひとつの恒星系が持つ、生命の存在が可能となる状態の惑星の平均数
fl=生命の存在が可能となる状態の惑星において、生命が実際に発生する割合(確率)
fi=発生した生命が知的なレベルまで進化する割合(確率)
fc=知的なレベルになった生命体が星間通信を行う割合
L=知的生命体による技術文明が通信をする状態にある期間(技術文明の存続期間)

 この本では、グリーンバンク会議での結論として、R×~×fc=1となり、Lを10,000と予測したとしている。つまり、10,000の恒星系をしらべれば、なにかしらが見つかるのではないかと。大きな隕石落下がなく全面核戦争の回避などで、この文明をながく存続すれば希望がもてる
 つぎには、太陽系外惑星(以降、系外惑星)探査の手法が紹介されている。視線速度(RV)分光法。これは、周回する惑星の重力によってその中心星である恒星がふらつく様子を観測するというもの。惑星の公転周期にあわせて観測できる。これは音の場合、よくわかる(救急車のサイレンがとおりすぎたあと音程が低くなる現象とほぼ同じ理屈)。このほかに、恒星を惑星が横切る影を測定するトランジット。
 7章「平衡からの逸脱」は、エキサイティングな内容となっている。ハビタビリティーの権威、カスティング教授とのインタビューからはじまるが、地球の温度、圧力プロファイルが、自然の状態とかけ離れていること、それは生命があるからにほかならない。また、「炭酸=ケイ酸塩循環という「サーモスタット」」についてもその理論を展開している。当初、金星、地球、火星は同じような状況だったと推測されているが、金星は、大きさが、たりなかったことで、水をうしないこのサーモスタットがきかなくなった火星も同様に小さかったことで地熱を使い果たし、炭酸塩をリサイクルするのに必要な火山活動を維持できなくなり、水は地中で凍っている。また、この章では、化石燃料を使い尽くしたら、地球の気候がどうなるかも書かれているが、興味のある方は本書をお読みいただきたい
 次に系外惑星を観測するための道具の話。道具といっても巨大な宇宙望遠鏡のことで、その方式は3つある。TPF(地球型惑星ファインダー)の分類として、TPF-I、TPF-C、TPF-O
 TPF-Iは、木星軌道の外側に基線75メートルの直ブームに1.5メートルの極低温冷却鏡を4枚設置するもの。TPF-Cは、観測する惑星の中心星の光を遮断するのに、コロナグラフを使用するもの。TPF-Oは、おなじく中心星の光を、星よけ(スターシェード)で遮るもの。
 このようにいろいろな案がでてきたのには、訳があり、政府の予算が緊縮化してきたこと、当初想定されていたTPF-Iが、予想よりおおきな開発費が必要とわかったことなどで、代替案としてでてきたような印象。国家予算が潤沢にあったクリントン政権時代には、宇宙望遠鏡などにも十分な予算があてがわれていたが、ブッシュ政権時には、それが削減されていった。
 惑星探査、地球外生命の探査という特殊な領域の研究には、それだけでは人類世界に実利をおよぼさないことから、予算が削られることになる。そこで、科学者は、できるだけコストをかけずに宇宙空間に望遠鏡をあげる方法についても研究していくことになる。
 「系外惑星の今後40年」と題された会議をおもいついたサラ・シーガーは、その会議を2011年5月に開催した。この会議を開いたのは、アメリカ政府の財政危機と系外惑星ブームがしぼむ気配をふまえて、この分野における発見の波を途切れさせないようにする筋道を描くためであり、未来の人たちが振り返ることができるように、会議の様子を動画におさめた。この会議に招かれたのは、下記のメンバーのほか、科学者、技術者、ジャーナリスト多数。
トローブ:JPLを弁護するため
マット・マウンテン:TPF-Oをアピール
ジョン・グランズフェルド:宇宙望遠鏡の運用に関して
ディヴィッド・シャルボノー:TPFの追求は誤り
ジェフ・マーシー:惑星ハンターの草分け(TPF-Iを主張するも、民間へのアウトソーシングを提案)

 シーガーの講演は、予定内容をはぶき、シャルボノーとマーシーのコメントからはじまった議論をとりあげた。そして、「最近傍の恒星地図をつくりたい」と話した。
 彼女は、それでもTPFが夢ではあるが、3つの道筋を考えている。「一つは、NASA(政府機関)、二つは、民間活力利用、三つ目は、自分が大金持ちになること」この二つ目に注力していくため、「系外惑星の今後40年」会議後に、その分野へあまり出席できなくなる。目的のためには、いろいろな手段を準備しておくというものだった。一つ目、二つ目ともに、いずれそのときがきたら、自分が主任研究者になれるような立場に身をおいておく。
 そういうことができる理由として、彼女は、終身在職権をもつMIT教授という立場のおかげで、ハイリスク、ハイリターンの研究に取り組む機会があたえられていると語っている。
(注)TPF-Iは当初見積もりで、15億ドル(その後、増額)

 彼女は、惑星さがしのために精力的に活動しているが、2011年春には、夫が、がんのために、最後のときを迎えようとしていた。ちょうど「系外惑星の今後40年」を開催したころにあたる。私生活では、毎晩ベッドで夫に寄り添い、支えていた。
 そして、シーガー40歳の誕生日の2日後に、夫は彼女に看取られながら、安らかな眠りについた

 著者は、シーガーの自宅で話しをできるほどになっており、子供たちとあそんだあと、シーガーから昔の写真をみせてもらっている。翌日、MITでの彼女に密着するが、講義、会議、学院生との議論、学部生への助言指導と次々と用事を片付けていく。ついている著者のほうが、つかれてしまっている。その後、彼女は、通信衛星がらみの興味から、アマチュア無線の試験をうけ、その後、二人で夕食となった。彼女が自分のオフィスにバッグをわすれたとのことで、オフィスに戻るが、そのときの会話が最終部分に載っている。17階のオフィスからの夜景をみながら語っている。
「日が落ちて夜になり、夜が明けて昼になる。これは自然が決めた道筋ですが、私たちは少しばかり制御できます。私たちは、数百万年かけた進化の産物ですが、無駄にしていい時間は、ありません。それが私が死から学んだことです。」声が乱れて震えたが、涙ながらも力強さを取り戻した。「死というもののおかげで気づきました。たいていの物事には価値はありません。死はほかの何をも超越します。最近、無意味な物事へのこらえ性(ショウ)がなくなりました。そのための時間はありません。わかります?」
 そのとき著者は、昨晩の写真を思い出していた。夫と彼女が二人だけで、カナダのツンドラ地帯を旅したときに、夫が撮った写真。彼女が、荒野のなかで重いカヌーを黙々と運んでいる姿だった。

 広大な宇宙を相手にするとき、人間の寿命はあまりに短い。遠く何光年、何十光年、それ以上さきにあるはずの系外惑星探査。系外惑星探査という目的は、多くの科学者の間で一致した目的となっているが、その手段となると、さまざまな提案がある。また、政府予算がきびしいことから、TPFの実現はだいぶ先のことになりそうで、それ待ちでは、何の進歩もないことから代替手段が模索されている。そうした状況で、シーガーが、その大きな目的のために日々邁進している姿に感銘を覚えた
 この本では、シーガーだけをとりあげているわけではなく、多くの科学者の研究成果を紹介しているが、その多くの研究が今後どうなっていくのか、どうすればいいのかというところで、コーディネーターのような立場で彼女が登場している。何十年にもわたる数々の科学者が積み上げてきたことを踏まえて、かたっているからこそ、最後の言葉には、重みがある。
 ひさびさの感動作でした。

 TEDでの彼女の講演を、閲覧できます(下記)。彼女の脳は、いつもオーバークロックと著者にいわしめた彼女の語りにも注目です。彼女は、TPF-Oを押しているようですね。
(注)TPF-OのO=Occulter(遮蔽物)→スターシェードのことです
(注)オーバークロック=CPUを定格より高いクロックで動作させること

<著者>リー・ビリングズ 氏
<訳者>松井 信彦 氏
<発行所>(株)早川書房



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