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Kaiserreich進捗リポート116 ジャバル・シャンマル、シリア、イラク
(原文はこちらから↓)https://www.reddit.com/r/Kaiserreich/comments/jl1i8l/progress_report_116_jabal_shammar_iraq_and_syria/
どうも皆さん、新しい中東の進捗リポートにようこそ。新バージョンのリリースが間近に迫っていることを願って、今日はいくつか国家タグとそのNFツリーを紹介します。これらの国家はアップデート後にプレイ可能となりますが、(ジャバル・シャンマルを除いて)次回のアップデートでは一部のコンテンツをカットし、より魅力的で面白い国家タグにする作業は今後に委ねることにしました。
エジプトが民族自決を推し進め、サウジアラビアがヒジャーズ征服に失敗した場合の中東。ヒジャーズやシリアの存在の有無、リビアが統一されるかなどに合わせて、いくつかのパターンが存在します。
ジャバル・シャンマル
ハーイルの大首長たちは第二次サウード王国の滅亡後にラシード王国を建設した。しかし1904年にイブン・サウードが台頭すると、この王国も終わりを迎えた。だがシャンマル族がナジュドの人々に残忍な治世を敷いたことで、アラブ人や経済の大部分が傲慢なラシード家から遠ざかったことを考えれば、この状況は必然だったと言える。
だが他のアラブの部族とは異なり、ハーイルの首長たちはオスマン政府との緊密な関係を維持した。オスマン側はジャバル・シャンマルを南部の干渉地帯として利用した。両者の関係は世界大戦勃発時にも健在で、ハーシム家がイギリスに、サウード家が独立を貫く中、ジャバル・シャンマルの首長たちはオスマン帝国に全てを賭け、彼らが劣勢の中にあっても忠誠を貫き通した。戦後はこの忠誠が報われたものの、ラシード家はオスマン帝国の傀儡、アラブの理想を裏切った者として強く非難された。
世界大戦での「勝利」にもかかわらず、ジャバル・シャンマルはトルコ人と手を組むことで得られるはずだった利益を獲得できず、コンスタンティニエとの関係は微妙なままだった。産業革命が中東にも伝播したことで、ただでさえ脆弱なシャンマル経済はさらなる打撃を受けた。古代から続く交易ルートであり、重要な収入源だったアラブ内陸部からメッカへ向かう巡礼者たちも、蒸気船や車、何よりもオスマン帝国の鉄道網によって、大打撃を受けた。
繁栄を続けながらも無関心なオスマン、拡張を図るサウード王国に挟まれる中、ハーイルの首長たちは国内を改革し、新たな収入源を模索し、残った支持者たちの忠誠心を保たなければならない。さもなくば歴史の中へと完全に消え去ってしまう。
ジャバル・シャンマル初期の政体。
・政治力とナジュドへの攻撃ボーナスと引き換えに安定度や他の部族からの不満が高まる”Shammars Chauvinism“
・オスマンの支援を得ることができる代わりに政治力と戦争協力度が下がる”Ottoman Lapdogs“
の二つの国家精神を所有している。
バグダッド知事のヤーシーン・アル=ハーシミーが、サウード家をブライダから追放し、自らのイラク県政府、並びにラシード家に忠実な新たな部族を据えるという一大計画が、オスマン帝国の予算削減の影響で土壇場で取り消されると、サウード家とラシード家は再び対立を激化させる。しかし、限られた残り時間の中で勢力を整えようとしても、多くのアラブ部族勢力から疎まれるラシード家は、かなり危うい状態に置かれてしまう。加えて、すべての部族が一蓮托生という訳でもなく、中にはハーイルの旗の下で決戦に臨む前に、やっかいな改革や約束を要求してくる部族がいるかもしれない。
一定期間内に政治力を消費して各部族と交渉し、戦力を整えるディシジョン。味方にした部族の数でナジュドとの戦争中に配備される師団数が増減するようだ。
たとえハーイルが勝利しても、ワッハーブ派のネットワークに支えられたサウード派が抵抗を続けるため、ナジュド地域の支配権がいきなり転がり込むことはない。シャンマル部族たちの傲慢な態度はこの問題をより複雑にしてしまう……
カーシムで税金の遅延を求める住民が徴税官と対立。傲慢な態度を取って住民に抵抗された徴税官は追い返されたものの、王子の一人が報復隊を率いて襲撃と略奪を働き、問題が一層こじれてしまう。
しかしラシード家最大の問題は、一族内の不和と、サウード・ビン・アブドゥルアズィーズが死去した場合に明確かつ正当な後継者が存在しない点だ。しかし一部の王子たちはこうした贅沢な問題に悩む暇すら与えてくれない。彼らは前々から計略を練り続けており、権力の空白が生まれた場合ば先を争って王座に登ろうとするだろう。
サウード・ビン・アブドゥルアズィーズが殺害され、シャンマル首長の座を巡って骨肉の争いが始まる。
息子や縁戚、兄弟が次々と殺害される。
しかもイブン・ラシードの息子たち以外にも警戒すべき脅威がいる。有力な部族が影から推移を見守り、自らがハーイルを統べる姿を思い浮かべている。こうした部族の中で最も強力なのがサブハーン家だ。彼らはラシード家に次ぐ勢力を誇り、二番手の地位に飽き飽きしている。ハーイルの部族たちの間で十分な支持を得ることができれば、サブハーン家はあからさまに干渉し、自分たちだけで王位を独占する。だがオスマン帝国はこの新たな展開を認めないだろう。
元摂政のサウード・アル=サブハーンの王位簒奪。事績は不明。閣僚欄が目新しい。
カイロ条約との戦争中、ラシード家であればほとんどの確率でオスマン帝国を支援するが、プレイヤーや様々なリーダーによっては、同盟を破ってアラブ民族主義者に鞍替えすることもできる、メッカとメディナの両聖都を確保すれば、ラシード家は中央アラブ人としての伝統を維持するか、一世紀前に宣言された統一アラブを建国するかを選ぶことになる。後者はベドウィンであるシャンマル族にとっては文化を破壊する行為だ。
メッカを抑えるヒジャーズを同君連合下位の傀儡国にするか、それとも併合して統一するかの選択肢。前者はベドウィンが怒り、後者はヒジャーズで分離独立主義が芽生えてデバフとなる。
メディナの住人を「退廃的」としてベドウィンが威圧的な行動を行う。オスマン帝国下で近代的生活を送っていたメディナ住人と、中央アラブのベドウィンの溝は深い。
ジャバル・シャンマルの国家方針ツリーの全体図。
シリア
オスマン帝国に革命の炎が広がる中で建国しされた大シリア国家は、オスマン帝国に次いで様々な民族や宗教が複雑に入り混じっており、まさに見る者を驚嘆させるような国家だ。ダマスカス政府が第一次シリア共和国を建設した場合、その状況は理想的とは言えない。飢餓や飢饉、盗賊団がシリア国民を蝕み、明確な指導部が欠如しているため、シリア各地に跋扈する様々な軍閥への対策を打ち出せずにいる。サイード・アル=ジャザーイリーが制憲議会のかじ取りを担うが、その地位は最初から不安定だ。アレッポの盟友と協力して人民党が勝利するかもしれない。あるいはハーシム・アル=アタースィー率いる国民ブロックが勢力を拡大してシリアを完全に掌握するかもしれないし、シリア社会民族党と社会主義者のアル=ホーラーニー派などは、生まれたばかりの民主主義を執拗に転覆させようとするだろう。
シリアの初期の国民精神。スンニ派の優位やそれに反対するレバノン山脈のゲリラやアラヴィー派、トルコ人等々の内紛によって徴兵人口に45%、安定度に75%のデバフが掛かっている。おまけに陸軍も分断されている。
シリア共和国建国。しかしエジプト=オスマン戦争の主戦地だったこともあって国内は混乱を極めており、エジプトも傀儡政権をダマスカスに設置するだけで精一杯だったようだ。
シリア革命の共和制精神が生き延びるのか。それとも自らの重みに耐えきれずに自壊し、いつ果てるとも知れない独裁者たちの栄枯盛衰が延々と続くのか。それはまだ分からない。
シリアの政治ツリー。現状維持と共和制強化、軍部独裁の三ルートがあるようだ。
軍事ツリー。第三インターナショナルや帝国協定との同盟や、右端のアラビスタン建国などが目玉か。
イラク
イラクの初期国家精神。社会主義者のアジテーションや腐敗、貧困や宗教対立など、やはりデバフが多い。
シーア派とスンニ派の思想や信徒たちの間で引き裂かれたイラク国家が成り立っているのは、ほとんどヤーシーン・アル=ハーシミーのおかげだ。大戦の英雄であり、後にオスマン帝国最初のアラブ人将軍となったヤーシーンは、自らの名声とオスマン政府からの意向を利用し、かつてのバスラ県、バグダッド県、モスル県に至るイラク国家を建国した。長年の末に築き上げたヤーシーンの地位はしかし、レバント戦争によってアラブ人民族主義とオスマン帝国支援(そして自らの地位の保全)の間で揺れ動き、試練を迎えた。侵略者イランからイラクを守るために抵抗したものの、それでもヤーシーンは権力を維持し、アラブとオスマンの問題を先送りにした。宗主国オスマンが戦争から撤退し、イラン人が下メソポタミアのシーア派部族を扇動する中で、イラクは現状を維持するか、あるいはイランの衛星国となるだろう。
都市部では新たな闘争が巻き起こっている。社会主義のアル=アハリ会は改革を要求し、深く分断された国内をさらに引き裂こうとしている。所得格差は深刻化し、、土地所有の問題は再燃し、そして東西に革命の火の手が広がるイラクでは、社会民主主義者に譲歩するしかないかもしれない。
イラクのツリー全体図。オスマン帝国との同盟も存在している。エジプトとの戦争に負けても存続するのだろうか?
イラクとシリアは、どちらもエジプトと同じくアラブ世界の完全統一という野望を共有しており、もしそう望むのであれば、マシュリク地域におけるエジプトの影響力拡大に対抗する運動を立ち上げることができる。この運動はアラブ諸国連盟の結成によって最高潮に達し、エジプト側のアラブ連盟と対抗し、真の連邦制統一アラブの設立に向けた足掛かりとなるだろう。
アラブ諸国連合ディシジョン。各地域を加盟させるには説得する必要があるらしい。
シリアとイラクに実装されるアラブ連盟ツリー。経済や軍事、政府の統合を目指す。
Ver0.15について
公式Discordでのコメントによると、以下の国が更新されるとのこと(製作状況によって変更される可能性があることには留意)
1.国粋派フランス
2.オスマン帝国
3.ジャバル・シャンマル
4.ジョージア
5.シリア
6.リビア(キレナイカ)
7.イラク
8.トリポニタニア
9.ヒジャーズ
10.Mutasarrifate of Jerusalem(新国家。Wikiによると世界大戦の終戦協定でアレンビー・ラインから紅海までのパレスチナ地域に設立された国際委任統治領で、ドイツ・イギリス・オーストリア・アメリカ・オスマンの共同統治下にある地域。1925年のイギリス革命後に何らかの再編があったらしい。)
若干の変更
1.エジプト
2.サウジアラビア
エジプト攻撃機によるベイルートのオスマン艦隊襲撃。イギリス連合が支援しているようだ。