どこか

駐車場からながめる花火は
今日もきれいだった。

この街はこの時期になると、毎日、花火の打ち上げがある。

まあ、この街というよりかは、とある区切られたスペースのために打ち上げられていて、僕らは、そのおこぼれにあずかっているようなものなのだけれど。

少し、お酒によわされて、まどろみながらふっとながめるのが、いちばんすきだ。あるいは、何もかもがいやになって、さみしくてさみしくてしかたがないときに、思わず見上げた空の先にある、あと少しで消え入りそうな花びら、あるいは、火花の一片が。

だから、花火を思い出すと、決まってそこには、果実を含んだアルコールのにおいと、なんとなく、故郷の電柱のかげににたような、物悲しさとやるせなさ、さみしさがただよっている。そこはかとなく。

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