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知らないはずなのに知っている。かるがも団地『なんとなく幸せだった2022』
知らないのに知っている気がすることがある。
そういうことを久しぶりに感じたのが、かるがも団地の『なんとなく幸せだった2022』を観たときだ。
辛いシーンの稽古を見て
— かるがも団地 (@karugamodanchi) March 20, 2022
「無い思い出」( byセキユさん )が疼いているシーンに出ていない役者たち pic.twitter.com/fPl8uvybM3
出演者の一人である岡本セキユさんが「無い思い出」と表現していて、本当にそうだなぁと思った。セキユさんが演じる渋沢くんも、そういう表現をするだろうなと思う。
配信での観劇となったのだが、劇場は「北とぴあ カナリアホール」。
舞台は、少しだけ客席より高くなるように設置されている台があって、その上に机とイスが最低限の数置かれている。その台の上は教室になったりカラオケになったり誰かの部屋になったりして、台から降りると外になる。台に腰かければベランダにもなる。
必ずその物でなければいけないセットは1つもなくて、だから多分私たちは、各々の記憶の中にある教室やカラオケをそこに投影できるのだ。
私は女子校だったから、いわゆるティーンエイジャーの女の子が同級生の男子とどういう話をするのか知らない。
カラオケに行くのも校則で禁止されていたから、あんなにナチュラルに集団でカラオケに行くというのも知らない。
学校を途中でやめたから、高校の卒業式のあとのあの解散が、あっけないのかどうなのかも知らない。
知らないのに知っている気がする、という感覚は、デジャヴとも少し違う。デジャヴはもっとくっきりしている。それよりも薄い、ぼやっとした、そういうこともあったかもしれないね、という、思い出しながら推測するようなあの感じ。あったかもしれないし、なかったかもしれない、可能性は50:50のあの感じ。
私は彼らではないのに、観ている途中で瞬間的に彼らの中に入ることがあった。特定の1人には留まらない。ここはこの人、ここはこの人、知ってる知ってる、分かる分かる。ない体験なのに知っている。
そうやって観終わって、こういうところが面白かったな、ということを一旦つぶやいてからお風呂に入ったときに、ふと気付いた。
町田くんだけ何もなかった。
あの高校生たちは、卒業したあと、何かしら自分の興味関心のあるものに関わっていた。ラジオ、演劇、文学、研究、音楽。ミカドは飲食店やってたけど、それも含めてすべてが今の時代、「不要不急」とされそうなものたちに。
とはいえ、彼らは悩みながらもその興味関心に向き合っている。何故かというと、それがシンプルに好きだからなんじゃないかなと思う。好きだから悩むし、好きだから離れがたい。
じゃあ、町田くんは?
高校生のとき、梅子は町田くんに対して「自分の中に軸がある人は、特定のグループに所属しなくてもいいんだ、身軽だな」というようなことを思っていたし、私もそう思っていたけど、違った。多分、彼の中にあるのは軸ではなく空洞だ。
「なるべく楽したいってだけだよ」と言うのは、怠惰から出る言葉ではない。どちらかと言えば諦念だろう。
未来のために何かをする、ということを彼は避けているように見えるが、それは劇の後半に出てくる「10万円貯金」のところでなんとなく分かる。
提出物を出さないのは、学校の評価に興味がないから。大学も行かないと言っていたし、思い返してみると、彼は高校を卒業してから何をしていたんだっけ?他の人のことは思い出せるのに、町田くんだけ思い出せない。なかったのかもしれない。
高校を卒業して、大学を越えて大人になって、各々のやりたいことをやっている梅子を含む同級生たちは、卒業後も何かと会っているようだが、そのような場に町田くんがいたことはたった一度だけ。ミカドの結婚式に、司会として。その時彼は「書かれていたことを読んだだけだよ」と言っていた気がする。
彼らが高校生のときは2014年。既に高校生がスマホを持つのも当たり前のような時期だと思うけれど、町田くんは持っていなくて連絡が取れなかった。
Twitterに載っていた役ごとのプロフィールに「交友関係広い」と書いていたけれど、本当に広かったのか?知り合い程度の交友関係は広いけど、卒業後の集まりに来るほどの親密さを誰とも持ってはいなかったのでは?
🎶 なんとなく幸せだった2022 🏫
— かるがも団地 (@karugamodanchi) March 16, 2022
《 登場人物&役者紹介 No.1 》
町田瑶樹( 演:北原州真 )
「なるべく楽したいってだけだよ。」
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【北原州真扱い予約フォーム】https://t.co/Am1k6K1OSv https://t.co/DeJjfIFxVt pic.twitter.com/xD4yIGsQ4Z
大人になってからの町田くんは、梅子とだけ接していたように見えた。梅子が町田くんと世界をつなぐ、最後のパイプに見えた。
そんな梅子が、同棲している家に仕事を持って帰ってくると、町田くんは文句を言う。
それはあなたがする仕事なのか?ラジオを家で流しているのも勉強するためなんだろ?
どう考えても言いがかりなのだけど、町田くんにとっては本気なのだと思う。彼は、本当に全部諦めていたわけではなくて、でも諦めたほうが楽だから、全部を諦めているように見せていただけで、本当は、梅子たち同級生がうらやましかったんじゃないだろうか。だから、無意識のうちに梅子にやっかみを言ってしまう。
25歳というのは、ちょうど大人になってからの人生の分岐が始まっている時期な気がする。高校時代の友人と集まっても、まだ共通の話題があるけど、だんだんそれぞれの生き方に違いが見えてくる時期。終わらせることは終わらせて、また違う選択肢を取る、だからどんどん選択をしていくうちに、かつては沢山重なっていた部分が少なくなっていく。寂しいけれど、仕方のないことだ。
大人には「卒業」という区切りがないから自分で終わらせないといけないというツイートを見て、ラストシーンの多くの区切りを思い出した。
町田くんはどうしているだろうと思う。
観劇中、あんなに色んな人の中に入って知ってる知ってるを繰り返していた私は、唯一町田くんの中にだけ入らなかった。彼が掴めなかったからだ。
でも、無事に配信で観終わって、配信期間も終わって、体調不良者も出なくて、完全に『なんとなく幸せだった2022』が幕を降ろした今でも、町田くんのことだけが気にかかる。どこかで生きててくれよ。