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取材前の下取材で大切なこと

企画が動き出すと編集者も取材・撮影に動き出す。取材・撮影といっても、『Hanako(ハナコ)』の店取材、『anan(アンアン)』のタレント取材、『Tarzan(ターザン)』のトレーニング取材、『POPEYE(ポパイ)』のファッション撮影、『Casa BRUTUS(カーサブルータス)』の建築撮影…、やることはけっこう違う。ただすべての取材・撮影に必要なのは、下取材、取材の前の準備だ。

『Hanako』のエリア特集は、そのエリアをくまなく歩いてレストランのトレンドを調べ試食するロケハン(ロケーション・ハンティング)が下取材にあたる。特集の方向性も、取材する店もロケハンで決める。

90年代の『Hanako』で、誰からも優秀だと一目置かれるAさんという編集者がいた。カメラマンからも人気があり、編集長も文才を褒め重用し、それなのに本人はいたって飄々としているユニークな存在だった。その優秀さの理由がすべてロケハンにあったという話をしたい。

当時『Hanako』では、ほぼ2週間にわたるロケハンとブレストの末、特集の方向性、テーマと担当が決まると、編集者ごとにライターやカメラマンを手配する。1人の編集者が3テーマほど担当し、うち1テーマは自分で取材し原稿を書くのが常だった。取材はカメラマンとライターと2人1組で回るのだが、つまり自分もカメラマンと組んで取材することになる。別働のライターと打ち合わせをしテーマを振ったら、自分が取材するレストランのリストアップを完成させ、次は“アポとり”の作業だ。店に電話で取材のお願いをし、日程を決める。

アポとりの電話は、ランチ営業とディナー営業の間、14時30分から17時30分ぐらい、 いわゆるアイドルタイムに限る。取材自体も、アイドルタイムが中心になるのだが、「来週取材したいのですが、いつがいいですか」などと聞こうものなら、ほとんどの店が「水曜日3時で」と同じ時間帯を指定してくる。週明けや週末は忙しいから週半ば、ランチ営業後スタッフの食事が終わった時間、というわけだ。

なので、アポとり戦略としては、リストアップが完全に終わった段階で、営業時間、店の場所を注意深く眺め、効率よく回る順番をあらかじめ決め、その順を崩さないように「この日の、この時間にお願いできませんか」とやる。だいたいはランチ営業が14時までで「まだお客さんが残っているので…」と言われるが、「14時少し前に伺いますが、お客さんの邪魔にならないよう外観から撮影しますので…」とごり押しすることもある。

1軒のレストランで撮影するのは、外観、内観、料理、+α、が基本。特集の切り口によって、+αがシェフの写真だったり、ドリンクや個室だったりする。取材に行き、挨拶を済ませると、さっそく料理にとりかかっていただき、その間に外観、内観を撮り、一方、メニューを見ながら、メニュー名と値段をメモする。撮影用の料理を出してもらうと、カメラマンが撮影している間に取材。作っていただいた料理は、必ず試食し、その料金を支払って店を出るまで、合計1時間が目安だ。

14時から15時で1軒め、10分で移動できる2軒めのアポは15時15分から16時15分ごろ、16時30分から17時30分までに3軒めを入れられれば、アポとりは、まずまず成功。「テイクアウトランチ」、「夜景のきれいなバー」などテーマを組み合わせれば、午前中や夜の撮影も入れられて、効率がいい。10数軒を1週間ほどで回った。

こんなふうに取材を1週間ぐらいでまとめるのも理由はあって、ほとんどのカメラマンはフリーランスでギャラはページ数で決まるため、1日1軒だったり、スケジュールをキープしておいて取材が入らなかったなんていうのは、申し訳ないからだ。Aさんはアポとりも上手で、アイドルタイムに4、5軒ねじ込む時もあった。

ある時、一緒に回っていたベテランカメラマンが教えてくれた。「Aなんて、ほとんど取材しないからなあ。料理作ってもらって僕が撮り終えたら即おしまいだよ」。だから1軒1時間もかからず、アイドルタイムに4、5軒の取材も可能だという。「それにひきかえ、BとかCは1軒が長いんだ。撮影が全部終わってから、ゆっくり試食して、試食の後、さあこれから取材ですって、メニュー名から聞き始めるから。丁寧なんだけど時間がもったいないんだよ」。例えば1テーマ4ページ10数軒を撮影するのにBやCが1週間で終わらないところAならば3日で効率よく撮影ができる。Aさんがカメラマンから人気があるのも当然だ。

Aさんがほとんど取材しない理由。それは、ロケハンの時点で、あるいは、その店を取材すると選んだ時点で、書くことを決めているからだ。その店を選んだ理由があるわけで、その理由を本文に書く。例えばロケハンで何品か試食している時に、「美味しい! このオムライスのチキンライス、何か違う!」と感動し、その時点で(『Hanako』とは明かさず)お店の人に「チキンライス、すごくコクがあるんですね。何が入っているんですか」と声をかけ、トマトケチャップではなくトマトカレーをベースにしていることを聞き出している。「◯◯オムライス」というメニュー名も値段も控え、ショップカードももらってある。なので、取材当日は、「ベースにするトマトカレーはどれぐらい煮込むんですか。トマトカレーそのものはメニューに出さないんですか」程度の補足取材で充分なのだ。

それを聞いてAさんの原稿を読むと確かに、自分が見たこと、食べたこと、その印象を中心に、実によく、店や料理を表現している。「不思議とスパイシーな香りが漂うチキンライス。上に乗ったオムレツにナイフを入れると湯気が立ち込め半熟の卵がツルツルっとライスを覆う。スプーンで一角を崩して口に運ぶと、ふわとろ卵の優しさとライスのコクが絶妙なハーモニーを生む。それもそのはず、チキンライスはケチャップではなく前日に煮込んだトマトカレーをベースにしているという」といった具合。視覚、嗅覚、味覚、聴覚、触覚、五感をフルに使っていることがわかる。下取材で大切なことは、五感をフルに使って何を取材するか決めることだ。五感で感じたことをそのまま原稿に書けばいい。Aさんが編集長から文才を褒められる理由でもある。

ロケハンで何を書くかイメージせずに取材に臨むと、メニュー、内装、客層など漫然と表層的な取材になりがちだ。「味の秘訣はなんですか」 「お店のこだわりはありますか」的な陳腐な質問には当然、通りいっぺんな答えになる。「素材選びからこだわって丁寧に調理しています」「くつろげる空間を演出しています」と聞いても原稿にはならない。そんな取材メモを見て、原稿を書くときに泣くほど困ったこともある。しかし、五感をフルに使って下取材をするというのは、そうと知れば誰にでも今日からできることだ。実際、当時の私も、Aさんの下取材を知って以来、ずいぶん、アポとりも取材や原稿書きも早く上手になった。

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