ルイアゲハ -涙を食べる蝶- その8
追憶の羽の色
とある病院の一室に赤ん坊の泣き声が響いていた。白いベッドには母親になったばかりの女性が横たわっていた。きれいな長い黒髪が枕もとから少し垂れている。
父親になったばかりの青年は赤ん坊を抱いていた。生まれたばかりの赤ん坊は、産声をあげてないていた。
ただただ、ないていた。
赤ん坊の目から雫がこぼれた。それは涙だったのか、目にたまっていた母親の羊水だったのか。
青年は足元に置いてあったグリーンの屋根の虫かごを開けた。自分のうれし涙がこぼれないように慎重に、そっと。中からふわり、と蝶が出てきて赤ん坊のほほにとまる。
そして、蝶は赤ん坊の涙を食べた。羽の色が変わっていく…。
それを見て青年が妻のほうを向いた。
ごらんよ、この色を。
そう言いかけて、妻の様子がおかしいことに気づいた。苦しそうに胸を押さえて喘いでいる。青年は赤ん坊を抱いたまま、病室を飛び出して看護師を呼びに行った。
蝶は驚いてどこかに飛んで行ってしまった。
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