ルイアゲハ -涙を食べる蝶- その9
老人と少女5
「ちょうちょさん、帰ってこないね」
少女は椅子に座って足をぶらぶらさせ、クレヨンで蝶の絵を描いていた。窓から見る夕暮れの空はオレンジ色だった。
「そうだね。涙を流している人が見つからないのかな」
老人は少女の黒い髪を優しく撫でながら言った。少女は妻に似ていた。
妻は娘、つまりは今、頭を撫でいているこの少女の母親を生んだ後、すぐに死んでしまった。あのとき、生まれたばかりの赤ん坊の……産声をあげてないている涙を蝶に食べさせるとどうなるか、自分の研究に目がくらんだ自分を老人になった今でも恥じていた。
赤ん坊の涙を食べた蝶の羽の色……妻の容態が急変し、それからあっという間に他界してしまった悲しみに、そんなものはとうに忘れてしまっていた。
もう少し早く気づいてあげて入れば、妻は助かったかもしれない。少女が生まれるときにもう一度やろうなどとは思わなかった。
しかし、死が少しづつ近づいてきた今になって思う。人がなきながら生まれてくる理由はなんなのか。悲しみのせいなのか。
もし許されるのであれば、もう一度見てみたい。
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